第5話 超人撃退
「さーて、今日もお散歩しますか」
ジャージにマスクの正装(?)で、俺は今日も外に出る。
と、ここで俺は玄関先に人影が居るのに気づいた。
「やべっ、シノンだ」
「どこに行くつもりですか夜内さん。夜逃げだったら絶対許しませんよ」
今日のシノンは手に木刀を持っている。
修学旅行で買えそうな安っぽいやつではなく、ヒノキの木を削って作った本格的な木刀を持って玄関先に立っている。ヤンキーが振り回す程度ならそれほど脅威にはならないかもしれない、でもシノンが使うなら話は別だ。
「い、いや、ちょっと外を出歩くだけだって」
「覆面マスクして出歩くなんて不審者ですよ」
「俺は日が沈んだらマスクしないと生きていけない体なんだよ。シノンだって、木刀を持ってないと落ち着かないだろ?」
「そんなことないですっ! 全く、夜内さんはいつもいつも⋯⋯」
するとシノンは急に俺の横に立った。
「家賃を踏み倒して脱走しないように、お母さんに見張るよう言われてるんです。だから私も一緒についていきます」
「ええ⋯⋯俺が行くの風俗だぜ?」
「ふ、ふう!? いいです! それでも行きます!」
顔を真っ赤にするシノン。内心、彼女はモテるだろうなあと思う。
正統派の黒髪ロングにすらりとした体形。足も長くてスタイルもいい。
確かシノンは今年で19歳。きっと彼氏の一人や二人はいるだろう。こんな強くて可愛い子を捕まえるとか羨ましいぞこん畜生め。
「嘘言って悪かったよ。俺は別に風俗なんか行かねえ。金もないしな」
「お金があったら行ったんですか?」
「⋯⋯⋯」
「そこは否定してくださいよもう!!」
そんなことを言いながら俺とシノンはいつもの歓楽街に行く。
別に何処かに行くわけでもなく、トラブルがないか見張るだけだ。それ以外にすることもないし、それに今日はいつもよりも平和だ。
「ようナイトメアの兄貴! 今日は彼女さん連れかい?」
「彼女じゃねえよ。まあ、知り合いってとこだ」
この歓楽街では、俺の存在は暗黙の了解みたいになっている。
その代わりに俺がたむろしていることは警察にも報告しないのが決まりだ。トラブルを解決する代わりに俺のことは話さない。それはここの掟だ。
俺はここで知り合いを見つけると、ふと話しかける。
「よう、ガンさん。最近トラブルとかは聞いてないか?」
「ナイトメアか。そうだな、最近はあまり聞かないな。大きなトラブルはお前が片付けてしまったしなあ」
ガンさんはホームレスで、この辺りのことに詳しい情報屋だ。
するとガンさんは俺に言う。
「そうだな、そう言えば最近「超人」って名乗る奴らがお前のことを必死に探しているって聞いたぞ」
「超人組織ってやつだろ? 俺も知ってるけど、逆にボコボコにしてやったよ。俺は一匹オオカミだからな、組織の中で動くとか性に合わねえ」
「まあそんなところだと思ったよ。それよりも、お前は逃げなくていいのか?」
逃げる? すると、後ろから誰かの声が聞こえて来た。
「貴様がナイトメアだな!! シグマランキング第343位の『粘着超人』であるこのベッタがお前を捕獲してやる!!」
見るとそこには、黒い服を着て体の正面が妙にテカテカしている男が居た。
何となくゴキブリの具現化みたいな奴だな、と思う。
「粘着超人?」
「そうだ! 俺の放つ粘着物質に触れた者は、ベタベタになって身動きが取れなくなるのだ!! これで貴様を捕獲して⋯⋯!!」
ガンさんに目を向けると、少しだけ肩を竦める。
取り敢えず話を聞いて、何となく思った。
「お前、雑魚だろ?」
「ざ、雑魚だと!? 貴様俺をバカにして⋯⋯!!」
うるせえよ。
俺はグーパンチをそいつに叩き込んだ。
「ガボオオオオボボボオオオッッ!!!」
「引っ込んでろ雑魚。俺の街掃除の邪魔すんな」
吹っ飛んでく粘着超人とやらを見送る俺。
しかしその時、俺は背後に気配を感じた。
「何だ? ガンさんか?」
「ワシがどうかしたか?」
「いや、少し気配を感じたんでな」
すると、その時だった。
『ほう、この空気超人である私の存在に気付いたか』
その瞬間、突然ガンさんが苦しみだした。
ウウッと声を漏らすと、その場で蹲るガンさん。
「どうしたガンさん!?」
『私はシグマランキング第23位の空気超人、エアだ。この老人の体の酸素を乗っ取り、ここで窒息死させてやろう』
「何だと!?」
青紫色になるガンさんの顔。これは明らかに酸欠の症状だ。
空気超人だと!? つまり空気を操るってことか!?
しかしそれらしい姿が見えない。もしや実体がない超人か?
『この老人を救いたくば、私と共にシグマの本部まで来い。断るなら、勿論老人はその場で殺す。そして、そこにいる娘もだ』
すると、突然後ろに控えていたシノンも片膝をついた。
「シノン!!」
『ハッハッハ!! さあ、今すぐに選べ! この二人を見殺しにするか、我等の本部まで来るか!!』
いや、違うんだよ。
実はシノンはな⋯⋯
「御殿場式剣術奥義、『真空』」
シノンは立ち上がった。まあ、シノンの力を知っている俺からすれば当然だ。
『な、な、何故だ!? その娘の体内の酸素はほぼ全て抜き取ったのだぞ!?』
「御殿場式剣術の奥義の一つ、真空。水中でも剣を使うために編み出された奥義で、これを極めたシノンは酸素無しで二時間動けるんだよ」
『そ、そんなふざけた話があるかッ!!』
あるんだよ。シノンをただの可愛い女子大生だと思ってると痛い目見るぜ。
何せ彼女は本来極めるまでに半世紀かかると言われる御殿場式剣術をたったの10年で極めた、正真正銘の大剣豪だ。
『御殿場式剣術奥義、『浅霧』』
シノンが動いた。
彼女が持つ木刀が目にも止まらぬ速さで動く。
『アブアアアアアッッ!!』
どうやらエアは、空気中に溶け込んでいたらしい。
それがシノンの剣戟で徐々に一カ所に集まっていく。まるで床一面に広がったビー玉が一カ所に集められていくように、少しずつ俺の目の前に実体として現れてくる。
「つ、ま、り、俺の仕事はコイツを⋯⋯」
『待て!! お前たちのことは見逃すから助けて⋯⋯!!』
「じゃあ、見逃さなくていいから殴らせろ!!」
そして、俺は霞がかったエアの実体にパンチを叩きこんだ。
『アアアアアアアアッッッ!!!!』
空の彼方、成層圏の更に奥まで吹っ飛んだ感覚があった。
まあ自力では一生帰ってこられない位の所までは行っただろうな。
「ゲホッ!! ゲホッ!!」
「大丈夫かガンさん!!」
「ああ、助かったよナイトメア。それに、お嬢ちゃんも有難う」
見るとシノンはようやく集中が切れたらしく、彼女本来の柔らかい笑顔が戻ってきた。剣士モードになっている時のシノンは怖いくらい全く笑わないからな。
ガンさんもエアの支配から逃れて無事に生きて帰ってこられたようだ。
「ところで、ようちさ⋯⋯」
「いやあ!! 体動かしたら腹減ったなあ!! ほら、行こうぜ!!」
シノンが俺の名前を出しかけたところで、慌ててシノンの口を塞ぐとその場から立ち去る。そして、いつものアパートまで慌てて戻る。
「バカ!! あの状況で俺の名前を出すんじゃねえよ!!」
「そんなこと言ったって、まさか夜内さんがナイトメアだって知らなかったんですから仕方ないじゃないですかっ!!」
「それでどうすんだ!? 俺のことを警察に突き出すんだったら抵抗するぞ!?」
すると、プクッと頬を膨らませるシノン。
「警察に突き出したら家賃回収できないですし! だから見逃してあげますよ。けど⋯⋯」
けど?
何か、凄い嫌な予感がする。
「秘密にする代わりに⋯⋯」
「代わりに?」
すると、シノンは言った。
「勉強教えてください!!」
「は!?」
「夜内さんみたいなクズ野郎でも一応東大出てるんですよね? 分かんない大学の課題が多すぎて⋯⋯それに剣の修業が大変で時間もないし」
こんなクズ野郎とは、随分はっきり言ってくれるな。
否定も出来ない事実なんだけど。
「それで見逃してくれるんだったらいいぜ」
「やった!! 課題すっごく溜まってるんですよ!」
「超人モードの俺ならそう難しいことじゃねえよ。まっ、とっとと片付けてやるよ」
と、軽々しく言った俺は後に、想像の100倍の量のシノンの大学の課題と対決する羽目になり、やっと終わった時には夜が明けていたことだけ伝えておく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます