第16話 これぞ漢メシ、その名も醬油マーガリンごはん
翌日、9時に目覚めた俺は日曜ならではの緩みきった朝を満喫。その際、一道には10時頃にそっちに着くよう向かうという旨を伝えてあったが、既読は中々つかなかった。
『今起きた。お昼ごろに来てちょうだい』
返信があったのは11時過ぎだった。この点からも彼女のだらしなさが
ったく、午前中であらかた終わらせて午後はゆっくりしようと思ってたのに、いきなり予定を狂わしてきやがってチキショウ。
お世話係などというふざけた役を与えられた俺は初日から不満を
――――――――――――。
指定された通りお昼を少し回った頃に一道の住むアパートに到着し、102号室の前に。
ピンポーン。
インターホンを鳴らして待つこと数十秒、ガチャと開錠する音が。
「おはよう、ではなくこんにちは、かしらね。上がって」
「…………」
どう見ても寝間着のままな一道が姿を現わし俺は言葉を失う。普段のイメージとまったく合致しないモコモコしたキャラ物の、いわゆる着ぐるみパジャマを身に
なにこの子、いつもは新品の消しゴムの角みたいに尖ってんのに寝る時はこんなに丸いの? ファンシーなの?
「ジロジロとなに?」
「あ、いや……随分と可愛いもん着てんなと思って」
「ああこれね、あなたも深間市の人間なら知っているでしょ? 〝ふっまちゃん〟よふっまちゃん」
説明しよう、ふっまちゃんとは俗に言うゆるキャラってやつで、深間市の宣伝役を担うマスコットキャラクターだ。特徴的な一本角が地元名産の深間ネギってあたり、ちゃっかりしてる。
「そりゃ知ってるけど……え、一道って深間市の回し者かなにか?」
「馬鹿言わないで。単純に好きだからよ。ちなみこれ、ふっまちゃんになりきれるのよ」
そう言って一道はフードを被り、猫なんだかウサギなんだかよくわからん〝ふっまちゃん〟に変身。
「どう?」
「いやどうって聞かれても反応に困るんだけど……まぁ可愛いですねとだけ」
「でしょ?」
満足げに返してきた彼女は変身を解いてそのまま何事もなかったかのように中へ。会話の終わらせ方がこの上なく雑!
内心で一道にツッコミを入れつつ、俺も中へ上がる。
あぁ、やっぱ変化はねーよなぁ。
当然と言うべきか、部屋の中は残念な状態のまま。一道が心入れ替えて綺麗になんて淡い期待は
「早速だけど木塚君、朝食兼昼食を作ってくれるかしら? 昨日の夜から何も口にしていないから、今にもお腹と背中がくっつきそうだわ」
ベッドにダイブした一道から早くもファーストミッションが課せられ、俺は「はいはい」と適当に返事してキッチンへと向かった。
キッチン周りが割かし保たれているのも、良いように見えて実はだらしなさの表れなんだろうな。
明らかに箱から出しただけで一度も使われた形跡のない炊飯器の中は、当たり前のように米が炊かれてはおらず、冷蔵庫の中は飲料と調味料だけで肝心の食材が一切ない。冗談じゃなくマジで。
これでどうしろと…………ん?
途方に暮れてるところに一筋の光。
あれは〝サイトウさんのごはん〟か。
もしもの時に真価を発揮するパックごはんを見つけた俺は、再び冷蔵庫の中に視線を戻す。
マーガリンはあるし、醬油もある……決まりだ。
***
俺は完成した料理とスプーンをトレイに載せて一道の元に戻った。
「できたぞ」
「早いわね。ちょっと待って」
そう言って一道はテーブルの上に放置したままの空き缶や空の弁当箱を手で払いのけ、強引にスペースを確保。豪快にも程があるだろ。
「さぁお嬢様、たんと召し上がってくださいな」
「……なにかしら? これ」
置かれた料理を目にした途端、一道の表情は見る見るうちに険しいものへと変わっていった。
「〝醤油マーガリンごはん〟だ」
「なんの
食べる前からケチをつけてきた一道。食材なしの状態でなにを高望みしてたのやら。
「まぁ騙されたと思って一口いってみ? きっと驚くから」
「……まずどうやって食べるのよこれ」
「ああそれはだな――こうやって」
「ちょっと何やってるの木塚君ッ⁉ 行儀悪いから今すぐ止めなさい!」
彼女の制止を呼びかける声を無視し、俺はスプーンで醬油マーガリンごはんをかき混ぜる。
「これこそが醬油マーガリンごはんの完成形だ。見ようによっちゃリゾットだろ?」
「なにがリゾットよ。まるで結果にコミットできないカロリーの化物じゃない」
「そう警戒してないで食ってみ? 味は保証するから」
「嫌よ。絶対に嫌――」
否定の言葉と同時にぐぅ~とお腹の音が。
「腹、減ってんだろ?」
「…………」
僅かに頬を赤らめ俺を睨んでくる一道だったが、観念したのかやがてスプーンを手に取って醬油マーガリンごはんを口元に運んだ。
「なッ⁉」
口に含んだ瞬間、全身に電流走る……なんてナレーションが今の一道にはよく似合う。
「美味いだろ?」
目を丸くしている彼女に俺は感想を求めたが、返事はなかった。
……聞くまでもなかったか。
再び手を動かして黙々と醬油マーガリンごはんを食べだした一道。その姿こそが感想そのものだと、俺は理解するのだった。
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