第5話 安心提供
話をまとめるとこうだ。速川は一道のことが好きで、二渡は速川のことが好き〝らしい〟。この〝らしい〟というのは清香自身も直接本人から云われてないからであって、つまりは憶測。
ただ清香曰く、ほぼ間違いなく二渡は速川に惚れてるとのこと。それは清香だけでなくクラスのほとんどが気付いているらしい。そのせいで「いーくんはどうしてわかんなかったの? 人に対して関心がないの? 自分にしか興味ないの? もうちょっと周りを見てッ!」と注意されてしまった。いやほんともうぐうの音も出ませんでしたよ。
取り敢えずそれらの情報を踏まえた上で改めて様子が見たいとだけ清香に伝え、その場は解散となったわけだ。
そんな現在は二時限目休み。隣では一道と清香、それから二渡が楽しそうにくっちゃべっている。
そして俺はといえば――、
「昨日のテレビ観た?」
「いや番組名を言ってくんないとわかんないんだけど。なに? ボケてんの?」
「ハハハッ、ちょっと何言ってるかわかんない」
「こっちのセリフだわッ!」
「ハハハッ、んで一昨日のテレビ観た?」
などと意味不明な供述をしており状態の速川を相手していた。
さっきからまるで会話にならない。だが会話にならない理由は確かにあって、というのもこの男、俺ではなく隣にいる一道の方ばかりに目が行ってしまってるのだ。これじゃ成り立たつはずがない。
対して二渡といえば…………こっちもこっちで隙あらばのペースで速川に視線を送っていた。
まさか、ここまで露骨とは…………。
今までの自分が如何にいじられることだけに専念していたかを思い知らされた。
でもまぁ、速川はともかく、チラ見が多いくらいで二渡が速川を好きって決め付けるのは些か早計な気もするが…………て、え?
「先週のテレビの話なんだけどさ、真っ暗な液晶に俺が映しだされててさ――」
「ちょ、速川君?」
「ん?」
「どこ、見て話してんの?」
「なにわけわかんねーことぬかしてんだよ伊代。今日のお前、ちょっと変だぞ」
変なのお前ええええッ!
見たままを言おう、速川は一道をガン見しながら俺と会話している。
「んで、なんだっけ? あ、そうそう先月のテレビなんだけどさ」
尚もテレビについて熱く語っている速川。大胆な攻め方をしていればバレるのも必至なわけでありまして、
「――なに?」
一道参戦。眉間にしわを寄せ速川を睨む彼女は、苛立ちを前面に押し出している。
「え? あ、べ、別に」
「別に? ということは速川君は用もないのに私の顔をまじまじ見つめていたの? だとしたら気持ちが悪いからやめてくれない?」
「き、気持ち、悪い」
そう繰り返した速川は、やはりというか嬉しそうだった。
同時に速川が罵られるのが許せないと動きを見せる一人の姿が視界の端に映った。
「速川に謝りな、真琴」
二渡だ。彼女が一道の元に詰め寄り、速川への謝罪を要求した。
「謝る? どうして私が速川君に謝らなきゃいけないの?」
「言葉で人を傷つけたから、それ以外になんかある?」
うんうん確かに、人を傷つけるためだけの言葉は使っちゃ駄目! でも、あれ? 昨日は誰も俺のこと助けてくれなかったけど、その辺について詳しく説明してもらってもよろしいでしょうか二渡さん?
「私は客観的事実を伝えただけであって、速川君を傷つけたつもりは一切ないわ」
「真琴に自覚がなくても、速川が傷ついてたら、それは真琴が傷つけたことになるんだよ」
「速川君が一人で勝手に傷ついた……そういう解釈だってできるじゃない?」
両者一歩も譲る気なし。たが、恐らくこのまま
事実だけを述べてる一道と、やや感情任せになってしまっている二渡。どちらが有利かは明白だ。
「まぁまぁ」と、清香が二人を宥めようとしてくれてるが、その声は届いていないようで。
「逆に聞くけど二渡さん、あなたが電車に乗っているとして、対面のシートに座る男性がじっと意味なく見つめてきたら、あなたはどう思う? 気持ち悪いと思うでしょ?」
「それは……まぁ……」
「それと同じよ、速川君は」
「ちがっ――」
「ここで否定の言葉が出てくるのなら、それはつまり速川君なら許容できると公言してるような――」
「――ストップ、ストップ、スト――――プッ!」
一道が核心に迫りかけたところで俺は二人の間に割って入った。
このまま二渡が丸裸にされたら、確実に面倒ごとに発展すると危惧したからだ。
「なに?」
座したまま俺を見上げる一道。
「さっきから聞いてればなんなんだよ一道さんッ! 速川ばかり気持ち悪い気持ち悪いってッ!」
「は?」
一道は意味不明を一文字に込め、
「一道さんからの気持ち悪いは俺のものでしょッ! 俺だけのものでしょッ!」
「だから意味が――」
「さぁ! 早く! 俺を気持ち悪いと罵ってくれッ!」
声を張り上げ俺は要求した。
訪れるは沈黙。それはこの場に居合わせている者達の視線を俺が独り占めしているという証拠。
さぁ言え、早く言え、今すぐに言え。そしたら俺が全部丸ごと〝台無しにしてやるから〟。
いじられ役の俺にできること、それは自分を殺して
例え笑える状況じゃないとしても、俺のやり方はかわらない。自分を犠牲にし、自分で安心してもらい、自分も安心する。誰からも嫌われず、ストレスフリーな学校生活を送る。
それが俺の理想、だからこそ邪魔なんだよ。〝事を荒立てるしかできない存在〟は。
真意を掴もうとでもしているのか、
「……木塚君。あなたは私が出会ってきた中で一番――気持ちが悪い人よ」
「ありがとう――――ございまあああああああああすッ!」
俺はその場でビシッと敬礼し、大袈裟すぎるほどの感謝を口にした。
どっと笑い声が上がる教室内。下品にも聴こえるその音が、俺の心を安らげる。
「き、木塚……」
と、後ろから名前を呼ばれて俺は振り返る。そこには元気なさそうに笑う二渡が。
「どうした?」
「あっと、その……ありがとう」
「いやいや、感謝される筋合いはないって。俺が気持ち悪いって証明されただけだしな」
ポカンとした表情で俺を見つめる二渡。
「ブフッ――なんだよそれッ!」
が、次の瞬間には吹き出し、笑いながら俺の肩を小突いてきた。
これでいい、これでいいんだ。
「いーくん」
…………これで、いいのか?
最後の最後で疑問形になってしまったのは、物悲しげに微笑む〝幼馴染〟の姿が、俺の瞳に映ったからだった。
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