失われたページ

「『フィオ(さん)ー!』」

「っ!?」


 フィオの部屋に雪崩れ込む俺とルー。

 突然の来訪に紅茶を飲んでいたフィオは目を白黒する。


「ふ、二人とも突然どうしたんだい?」

「『もう聞いてくれよ(ください)!』」

「わかったわかった。聞くから落ち着いてくれ」

「やってられませんわ」

『まったくです』


 珍しくルーもご立腹である。

 当然か。


「えっと、それで?」

「兎にも角にもこれを見てくださいな」


 そう言って名前のない本をフィオへと渡す。

 見覚えがあるのかフィオが目を数度パチクリさせる。


「懐かしい‥‥‥。よく見つけたね」

「フィオも読んだことがあるのか?」

「うん。小さい頃、何度も読んだよ。そっか、ルーが見つけたんだね」

『はい! 奥の棚にありました!』


 俺が見つけた可能性はないと言わんばかりにルーへと微笑むフィオ。

 その通りなのだが釈然としない。


「すっかり忘れていたよ‥‥‥。ふふっ、本当に懐かしいな」


 ページをぺらぺらと巡りながら思い出に耽るフィオに、


「それじゃあ、この本の作者って知っているか?」

「作者?」

『作者の方に聞きたいことがあるのです!』

「そ、そうなんだ。‥‥‥この本は出版されたものではなくて誰かが趣味で書いたものらしく」

「作者はわからない、と」


 こくりと頷く。

 がっくし。俺とルーは肩を落とす。


「そんなに聞きたいことなのかい?」

『聞きたいというか』

「フィオも読んだことがあるならわかるだろ」

「うーん」


 ピンと来ていない様子。

 俺は本を受け取ると最後の方を開く。


「いきなり二人が離れ離れになったと思いきや、それで終わりってどういうことだよ」

『そういう可能性はあるとは思いますが、少し展開が強引かと』


 平和な日々を過ごしていた二人だったが、突如として世界は闇に包まれ、少年は少女に何も告げずに姿を消してしまう。

 少女は少年のことを探すため森を抜け、国へとたどり着いたところで終わってしまった。

 最後の挿絵で少女が何かを思い出した様子が描かれているからまた気になる。

 未完かと思いきや次のページにFINの文字が。


『いくらなんでも気になることが多すぎます!』

「そうだそうだ」


 横で同意しながらも、俺は仕方がないのかもと思い始めていた。

 仕事として書いたものならともかく趣味となると‥‥‥。


「離れ離れ? 終わり?」


 だが、フィオの反応は予想外のものだった。

 眉を顰め、最後の章を読み始める。

 俺とルーは顔を見合わせ、静かにフィオ待つことに。


「ページがなくなっている‥‥‥」


 めくる手を止めたフィオがポツリと呟く。


『どういうことですか?』

「僕の記憶が正しいならこの続きがあったはずだ」

「え、でもページが切り取られた跡なんてないぞ」

「それが不思議なんだ。でも、確かに次のーー最後の章があったはず」


 話の流れ的には妥当だ。

 フィオの記憶を疑う理由もない。

 ただ、そうなると痕跡も残さずページを抜き取った奴が存在することに。


「‥‥‥続きは別の本とか」

「うーん、一冊だったはず」

『誰かが続きを教えてくれたとか』

「寝物語に聞いたってやつか」

「それは‥‥‥あるかもしれない」


 思い当たることがあったのか、口元に手をやり、何かを考えるフィオ。


「母にこの本の話をしたことがある」


 未だ会ったことのないフィオのお母さん。

 挨拶に伺わないとと思いつつ、先延ばしになってしまっている。

 生誕祭の時にでも会えば良いだろうとはフェルさん。


「母上も子供の頃に読んだことがあるらしく、寝物語にと朗読してもらったこともあってね。もしかしたら、その時に聞いただけかもしれない」


 時間が経つと伝聞だったのか、目で見たことなのか曖昧になることがある。

 幼い頃となると余計に起こりうるだろう。


「仕方がないわな。しかし、本当に続きがあるなら気になるぜ」

『ですです』

「フィオは覚えていないのか?」

「それがまったく覚えていないんだ」


 面目ないと気を落とすフィオの頭をルーが撫でる。

 子供の頃の記憶はどうしても曖昧なものだ。


「この本自体、今の今まで忘れていたぐらいで‥‥‥好きだったんだけどなあ」


 よほどショックだったのか目尻は落ち、口を窄めるフィオの姿は可愛らしく、思わずドキッとしてしまう。

 視線を逸らすとルーと目があった。

 見られていたようだ。めざとい奴め。

 気のせいかルーの視線が痛い気がする。


「な、何か」

『何でもないです』


 うーむ、女心はいと難しい。

 感情の機微が薄いルーだと尚のこと。

 ‥‥‥よく考えればフィオ(同性)の心もわからないではないか。

 ただ単に俺が鈍いだけのようだ。少し泣ける。


『今更です』

「もう嫌っ!」


 俺の周りは鋭い人が多すぎる!


『フィオさんのお母様なら何か知っていますかね』

「知っているとしたら母上しかいない。父上はあまり本を読まないからね」

「フェルさんに読者は似合わないな、確かに」


 隙あらば身体を動かそうとする人だ。

 フィオが母親似だからか稽古をしたことはあまりないらしく、代わりに俺は随分としごかれている。


「まあ、否定はしないよ。ただ座学の成績は良かったらしいけどね」

「うぐっ」


 ユーヤと違ってねとの幻聴が聞こえる。

 英雄の記憶のおかげで随分と楽できているが、まだまだ平均点には及ばない。

 フェルさんは団長をやっているだけあって文武両道のようだ。


「今度会う際にでも聞いてみるよ」

『ありがとうございます』

「仮に続きがあったとしても、そうなるとページはどこに消えたって話になるよな」

「そこなんだよね」

『消えたページを追え!』


 ルーの文字には興奮が感じ取れた。謎にわくわくしているようだ。


「ミステリーは苦手なんだよな。頭が痛くなる」

「そんなわかりやすい症状が出るのか」

「キャパシティオーバーで回路がショートするんだよ」

『お兄さんの言い回しは時に不思議です』

「適当な言葉を並べてるだけとみた」


 失礼な。

 概ね間違っていないはずだ。多分、きっと‥‥‥。


「東方にはカラクリといった仕掛けがあるらしいから、それにかけた物だとは思うけどね」


 不服そうな態度を感じ取ったのかフォローしてくれる。

 こっちにもカラクリがあるのか。

 魔法や魔力を源にしているが、家庭用品など近いものが揃っているし、あってもおかしくはないか。

 カラクリロボット(魔法式)とはこれ如何に。なかなかロマンがあるではないか。


『カラクリ! 本で見たことがあります!』


 別荘の書籍の中に混じっていたらしい。

 さまざまな技術を調べていたとのことなので当たり前か。


『見てみたいです。お兄さんは見たことがありますか?』

「うーん、どうだったかな。子供の頃にあったとは思うのだけど‥‥‥」


 小学校の校外学習か何かで見に行ったことがあるような。

 やはり、子供の頃の記憶は曖昧だ。


「あっ」

「ユーヤ?」

『どうかしましたか?』


 小学生の時の記憶を遡っていたらある事に気がついた。ある事を思い出したの方が正しいか。


「ちょっと本を見せてくれ」


 本のページをめくり、少年と少女が描かれた挿絵を探す。

 引いた図ではなく、二人が大きく描かれた絵は‥‥‥、


「やっぱり」


 二人が背中合わせに立っている挿絵、少年がいなくなる直前のものだ。

 その絵には見覚えがあった。


「空の絵だ‥‥‥」


 小学生の時、空が絵画コンクールで金賞を取った絵とまったく同じものだった。


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