二度目の別れ
「……あいてて。ったく、何なんだよ」
えーっと、何があったんだっけ。本が光って気付いたら意識失ってたのか。立ちくらみみたいなものか?
頭でも打ったのか後頭部が痛い。というか全身が痛い。
気絶とか初めての経験だった。……あ、小学生の頃、木から落ちてしたことがあったか。
そういえば、気絶と失神ってどう違うんだろ? 症状は似てるよな。
ふと思い浮かんだ疑問について考える。
超常現象からのブラックアウトという謎については放置。まだ答えは出せなさそうだからだ。
…………。
「だぁぁぁああああああッ! ここはどこなんだよーーーッ!」
あまり我慢強くない俺は耐えきれず叫ぶ。
あたりを見回すと、そこは木、木、木。人の手が加わったものなど何もない空間。
なんでこんなところにいるんだよ!? あれか、気絶させたのは宇宙人で俺をへんぴな山奥にでもつれてきたとかか? って、そんなありえないことが起きる前提で考えるなら、ある意味心あたりがあるじゃねえか。
「は、ははは、ま、まさかな、ここが異世界とか、そんなわけないですよね!」
暑くもないのに汗が流れる。汗っかきだからであって動揺しているわけではない。
思わず敬語になっているけど、決して動揺しているわけではない。
懸命に現実から逃避するが、眼の前の風景は変わることなく悠然とたたずんでいる。
「ぬ、ぬぬぬぬぬ! ……はぁ、諦めよう」
早く現実に戻れと念を込めて視線を送っていたが、内心無駄だとわかっていたためすぐに白旗をあげる。
となると、ここは本当に異世界? んなわけあるかと否定するのは簡単だが、これまでの流れを考えると一番しっくりくるのも事実。
とりあえず周りを見渡す。道らしきものなどなく、どこに行けば良いとの指標になるものはない。
まじかよ……。手詰まりじゃねえか。
「あ、そうだ! あの本!」
ここに来るはめになった元凶であるかもしれない物。
あの本によって移動したとするなら何か書いているかもしれない。
だが、自分が寝ていたところ、その周辺を見ても本らしきものは見つけることができなかった。
つ、つんだ。始まる前から試合が終了しちまった……!
「俺にどうしろって言うんだよ……」
愚痴をこぼし、一旦座りこむ。立っているのが億劫になったからだ。
「はあ……」
自然とため息をついてしまう。まだため息をつくだけの体力があると考えるべきか。
後ろ向きに考えても事態は好転しない。とりあえず、近くに何かないか探して見る。
できる限り何も考えないようにしながら比較的木々の間が広いところを歩いていく。
本来、遭難などした場合は動かない方が良いのだろうが、食糧や暖をとるものなど生きていくために必要になるであろう最低限の道具さえないのだ。
ここが日本だとしても今の季節は春であるため深夜は冷える。異世界だとしたら夜だけ日本でいう冬並みに寒いとかもありえるかもしれない。
食糧にしたってカップ麺を食べたばかりなのですぐに空腹におそわれることはないだろうが、飲料水がないのは辛い。
優先順位としては、飲料水≧暖をとれる場所(寝床)>食糧、と言ったところか。
登山でもしていれば良かった。そうしたら、もっと良いアイディアが浮かんだかもしれないのに。
「ここが日本、もしくは日本での知識が使える場所ならの話だけどな……」
あまり考えたくはないが、周りの木や草は今までみたことのないような形をしている。……まあ、俺の知識など小学生時代の遠足レベルなので知らないだけかもしれないが。
ただ、異世界だと思って行動したほうが、地球だと想定し、違った時よりショックが小さくて済む。もし地球だったら笑い話にすれば良いだけだ。
とは言えどんな心構えであろうとも、これといった発見もなく歩き続けるのは体力以上に精神的にくる。
人一人が通るには十分な隙間が途切れなくあることは不幸中の幸いだった。どこに行けば良いか悩まなければいけない状況はさけたい。
整備された道などない自然の中を歩くのは体力を消耗するというが、体力には結構自信があるし、身体の調子が良いのか足並みはまだ軽やかだ。
木々の隙間からこぼれてくる光から見るに、日が落ちるまではまだ時間があるだろう。ここから一、二時間が勝負になる。
決意新たに少しだけ力強く地面をける。
だが、そんな俺をあざわらうかのように異世界はおそいかかってきた。
異世界と理解せざるを得なくなったと言ってもいい。
「え……あ…………っ」
開けた空間。眼前の光景に言葉を失う。
叶うことならこのまま意識を失って現実逃避したいぐらいだ。
何故なら――。
「ば……ばけもの…………!」
――グルルルルルッ!!――
動物園でライオンを見たことがある。
子供心にたてがみや百獣の王というフレーズに興奮した。
だが、あんなのは所詮人に管理された獣だ。
少なくとも、このライオンに似た存在に比べれば赤ん坊のようなもの。
喰われる。
動物としての本能が警告を告げるが、恐怖にのまれている体は震えることしかできない。
弱肉強食。ふと頭に浮かんだ。
――人間だって他の動物を食べてるだから逆の立場になっても文句言えないよな。友人が昔言ってた言葉だ。
当時はわからないではない、と思っていたが、そんな考えは微塵も浮かばない。
嫌だ! 嫌だ! 死にたくない!
気持ちとは裏腹に足は地面にはりつき離れない。
獣はそんな俺をあざわらうかのように近づいてくる。
悟った。相手も俺を脅威ではなく、ただの獲物としか見ていない。
だから、警戒することもなく歩いてくるのだ。
そのことが何故か腹立たしかった。
家系なのか感情的になりやすいところは祖父と似ている。
今回はそれがプラスに働いた。
「な、なめるなよ……!」
足元にあった木の棒を拾って構える。
剣道なんてやったことはないが素手よりはましだろう。
それにチャンバラごっこなら得意だ。
武器を手にしたことか、それとも俺の空気が変わったとでも思ったのか、獣は歩みをとめ、俺を見てくる。
勝てないことなんて百も承知だ。でも、一矢報いたい。
先手をうたれれば並みの身体能力しかもたない俺は反撃なんてできないだろう。
なら、やることは一つ!
「先手必勝だぁぁぁあああああッ!!!!!」
震える心に活をいれ、声が裏返りながらも走りだす。
だが――。
「ぐっ!?」
せめて一撃でもという俺の思いは獣の異様に長い尻尾によって砕かれた。
「……っ!」
はらわれる瞬間、とっさに木の棒でガードしたのだが、まったく意味はなかった。
くそ! 我ながら良く反応したと思ったのに!
調子が良ければそんなことでも思っただろう。
だが、吹き飛ばされたことで全身が痛む。何より攻撃をうけた脇腹が酷い。
これ、確実に骨おれてるな……。息ができない…………。
平和な日本で平凡に生きてきた俺は殴りあいの喧嘩すら本気でしたことがない。
そんな俺が大型トラックにでも衝突したかのような衝撃に耐えれるわけもなく意識を失いかけていた。
「俺、死ぬのかな……」
ぼんやりと化け物が迫ってくるを視界におさめながら、かすれた声で呟く。
限界を越えてしまったのか、もはや恐怖はない。
ただ、悔しさだけが込み上げてきた。
勝ちたい。
心に生まれた欲望。
自分のことながら笑えてくる。
こんな状況で勝ちたいって、普通なら生きたいだろ。
そういえば最初からどう逃げるとか、一矢報いたいとか勝てないって決めつけていたな。
まあ、相手はこんな化け物だし当たり前か。
でも――。
「……勝ちたい」
ただ純粋に思う。
「……こいつを」
ただ純粋に願う。
「――越えたい」
瞬間、世界が凍りついた。
今まさに喰わんとなかりに大きく口を開いた化け物も、先ほどまで吹いていた風も、木々の間から差し込んでいた光も――全て。
動けるのは自分だけ。
「これ……」
目の前にはあの本が浮いていた。
青白い空気をまとったそれは俺の声に反応するかのようにあるページを開く。
藤堂龍之介のページだ。
「……っ!」
痛む身体に鞭をうち、上半身を起こし、本の前へと移動する。
名前の所が青白く光っていた。
「《救世主》藤堂龍之介」
――条件は揃った。
“藤堂龍之介”の記憶が解放される。
「ッ!?」
光の粒子となった本が襲いかかってきたため、とっさに眼を閉じて顔をそらす。
だが、何も起きない。むしろ、力がわいてくる。
おそるおそる眼を開き、自分の手が視界に映り、驚く。
手が先ほどの本のように青白く光っていたからだ。
「な、なんだ!?」
立ちあがって全身を見てみると、同じように光っていた。
同時にあれだけ苦しかった呼吸がスムーズなことに気づく。
「あれ? 全然痛くない……」
ずきずきと痛んでいた脇腹もまるで何もなかったかのように快調だ。
軽く身体をひねったり、屈伸してみる。
やっぱり、痛くない……。俺にそんな回復能力があったなんて。
「ってそんなわけないし! もう変なことありすぎて頭がパンクしそうだ……!」
異世界(仮)に飛ばされ、変な化け物と出会い、攻撃をくらって死にかける。そうしたら世界が止まって、何か漫画であるような覚醒モード状態になる。
「よくわかんねえけど、漫画とかなら勝てる流れだよな」
どれだけのものかはわからないが、力がみなぎってくる。
「あっ、今あいつ動けないんだから勝てるじゃん! ……って動いてらっしゃる!?」
振り向くと化け物の牙がそこまでせまっていた。
とっさに後ろに飛びずさる。間一髪でかわすことができた。
俺と化け物の距離が10mほどに広がる。
「……いやいやいやいや飛びすぎだろ!?」
あと少し飛んでいたら背中を木に強打していたところだった。
「そういうことでもないよね!? いつの間に俺超人化してるんだよ!」
思わず自分にツッコミを入れてしまう。
短時間の内に色々とあったが、自分の身体がいつの間にか改造手術を受けたと言わんばかりの能力を獲得していたことが、一番信じられない。
今までのはある意味「世界は広いな……」との感じで遠い眼をしていれば良かったが、謎の身体能力アップは眼をそらすことができないよ!
確かに覚醒した感じだったけど! 本当に漫画的アニメ的覚醒状態なのか!?
「わ、わかんねえけど、これなら勝てる!」
腰を落とし、化け物に向かって走り出す。
速い。だが、動体視力もあがっているのか、しっかりと見えている。
「はぁぁぁあああああッ!!!!!」
人間の限界を越えた速度のまま化け物へと体当たりをしかける。
手をクロスさせ、頭をさげ、今まさに激突しようとした瞬間――。
「ぐふっ!?」
――再び尻尾にはじき飛ばされた。
「……いってて」
木に打ちつけた後頭部をさすりながら立ち上がる。
なんだこの詐欺! こういう時って普通は勝つ流れだろ! 何であっさりやられにゃならんのだ!!
「ん?」
そこで気付く。
確かに打ちつけた後頭部は痛い。だけどもう痛みはひいているし、そもそもそんなに痛くなかった。
「おー!」
思わず歓喜の声がでる。
この程度なら喰らっても怖くない! つまり……。
「ここからは俺のターンってことだ!」
恐怖がなければ身体もスムーズに動く。
「うぉぉぉおおおおおッ!!」
少し離れた距離から飛びかかる。ドロップキックだ。
だが、従来のそれとは違い。高い身体能力をつかってのドロップキックは相手を貫く。
「ぐへあ!!?」
――当たればの話だが。
再び尻尾に弾き飛ばされる。今日三度目の光景だ。
「ば、馬鹿か俺は……。正面からいったらこうなるってわかるだろ……」
痛みはないが自分の馬鹿さ加減にちょっと落ち込む。
俺からしたら眼にも見えない速度を手に入れたつもりだったが、相手は捉えられるのだ。
いくら威力があったところで薙ぎ払われたら意味はない。吹き飛ばされないほどの体重もない。
「うーん、襲い掛かってきてくれたら楽なんだけどな」
最初の時ですら襲い掛かってこず、俺が攻撃するまで待っていた。典型的なカウンタータイプなのかもしれない。
あの長い尻尾をあれだけ巧みに操れるのだったら攻めるリスクをおかす必要はないか。
「さて、どうするか……」
俺が考え込むふりをしても相手はジッと待っている。
警戒しているのがばれているのか。やり方を一つしか知らないのか。どちらにせよ困った。
もう少し格闘技とか見ていれば良かった。……見てて役に立つかどうかはおいといて。
状況はこう着状態に陥ろうとしていた。
『雄也』
「え?」
突如聞えた懐かしい声に驚く。
今の声って、まさか……!
『ワシじゃ』
「じいちゃん!?」
辺りを見回すが姿は見えない。
声が聞えた方向を、と考えたところで気付いた。声は脳に直接話しかけているように聞えるのだ。
『今のワシは魂だけの存在じゃ。正確に言えば英雄の記憶に残された魂の一部みたいなもの』
「じい『敵から視線を外すな!』っ!」
じいちゃんの声に反応して化け物へと視線を向けると、何かが視界をかすめたため転がってかわす。
正体は尻尾だった。薙ぎ払うのでなく、振り下ろした一撃は俺がいた地面を抉る。
「あぶね……!」
『全く、戦っている最中に集中を切らす馬鹿ものがおるか』
「仕方がないだろ! いきなりじいちゃんの声が聞こえたんだから!」
脳内で聞える声に言い返す。傍からみたら危ない人だ。
「それよりなんなんだよ、ここは!」
『異世界じゃ。まだ気づいておらんかったのか?』
「気づいてるっての! あんな化け物日本にいたらビビるわ!」
『じゃあ、聞く必要なかろう?』
「詳しい説明を求めているんだよ!」
マイペースにもほどがある。
だが、そんなところも懐かしくて語気をあらげてはいるけど少し楽しい。
まあ、腹はたっているけどな!
『んー、めんど……あまり時間がないのでな。それより今はあいつを倒すのが先決じゃ!』
「今、確実に面倒って言おうとしたよな!」
『魔法はまだ難しいじゃろうから、剣を召喚するんじゃ』
「いや、聞けよ! ……そもそも、剣の召喚とかできねーよ!!」
『大丈夫じゃ。今の雄也は剣を呼ぶことができる』
“今の”ってどういうことだ?
『お前は剣を知っているはずじゃ』
「知っているって言わ……」
言葉は途中でとまった。
脳裏にひと振りの剣が浮かびあがったからだ。
「これ……」
『それじゃ。それを呼ぶんじゃ』
「どうやって」
『名前を呼ぶんじゃ』
名前……。この剣の名前…………。
知らないはず。でも知っている剣。
『雄也!』
「えっ!?」
じいちゃんの声に視線をあげると化け物の額に角が生えてきた。
それにともない元々でかかった図体が更に大きくなる。
『しまった! 角持ちじゃったか!!』
祖父の焦った声。先ほどまであった余裕はない。
『雄也! はやく剣を呼ぶのじゃ!! 角が三本生えたら終わりじゃ!!!』
「ちょ!? まじかよ!!?」
既に一本目の角が生えてしまった。
くそ! 時間がねぇ! はやく! はやく!!
「名前……! 名前…………!!」
『雄也ッ!!』
祖父の焦った声。二本目の角が生えてしまった。
しかし、焦りもむなしく、おぼろげな姿がチラつくばかり。
「あっ……」
不意に、焦点が合ったかの様に白銀に輝く一振りの剣がくっきりと浮かび上がった。
『くっ! 間に合わぬか!?』
「…………」
『三本目がッ!』
三本目の角が生え終わってしまう。
瞬間、化け物の圧力が膨れ上がった。秘めたる力を解放する、その衝撃だけで強風が起こる。
ギロリッと血走った眼が俺へと向け、おたけびをあげた。
自分の力を誇示するのが目的か、俺を威嚇するのが目的か。
そんなことはもはやどうでも良かった。
『雄也!? 何をする気じゃ!!』
突如、化け物に向かって歩き出した俺に祖父が驚きの声をあげる。
それを無視し、俺はどんどんと近づいて行く。
――グォォォオオオオオッ!!!!!――
相手の射程範囲内に入った瞬間、切れ味鋭そうな爪が俺を斬り裂かんとばかりに襲い掛かってくる。
「白桜しろざくら」
だが、その爪は俺に届く寸前で力を失い地面へと落ちる。
俺の声に呼応するように現れた「白桜」の一閃。
化け物の身体は真っ二つに切り裂かれた。
「…………」
振り返ると化け物の身体は光の粒子となって天に飛んでいった。
化け物がいた場所に目を向けると、卓球のボールほどの宝石らしきものが落ちている。
ドロップアイテムというやつだろうか。
「これって何? ドロップアイテム?」
『あ、ああ。それは魔晶石じゃ。』
「なんか聞いたことがある名前だな」
『一般的な魔物は落とさんのじゃが、特別力が強いもののみ落とす』
更に魔晶石は魔力がこめられているため高く売れる、と続ける。
高く売れるのか。それは嬉しい情報だ。
「じゃあ、とりあえず食いっぱぐれることはなさそうだな。良かった良かった!」
『……のう、雄也』
「何、じいちゃん?」
『……いや、気のせいだったみたいじゃ。すまぬの』
「まあ、良いけど。もしかしてボケが始まった? って、もう死んでるんだっけ」
『ワシを年寄り扱いするなど百年はやいわ!』
けらけらと笑う俺にツッコミを入れてくる。
微妙な空気になった時はどちらかがボケて、もう一方がツッコミをいれて流す。そんな暗黙の了解があるのだ。
「ごめんごめん。それで、説明してもらえる?」
『そうじゃな。時間もないし、軽く説明してやるかの。まずはこの世界は――』
祖父は説明があまり上手くない。
慣れていない人だと三割も理解できないだろう。だが、そこは孫、大方理解できた。
「簡単にまとめると――」
1・ここは地球とは根本的に違う世界。
2・じいちゃんは昔この世界に召喚されて、世界を救った。
3・召喚された理由は過去の勇者の血筋だったから。
4・“英雄の記憶”は家系に伝わる能力である。
5・効力は条件を揃えると過去の英雄たちの能力が使える(全部引き出せるとは限らない)
6・今回、俺がここに来てしまった理由はこちらの世界にいることが自然だから。
7・魔王復活してるんでね?(確証なし)
8・召喚されたわけではないから俺が魔王倒す必要はない。
「――ってな感じであってる? ってか多いな」
『まあ、そんな感じじゃ。王国名とかが入っておらぬが』
「いきなり地理や歴史の話をされても覚えられないっての」
地球よりは覚えることが少なそうではあるが、パッと記憶できるなら俺の社会の成績はもっと良かったはずだ。
しかし、与太話にしか思えない。話を盛る癖があるから話半分に聞いておくべきだろう。
「んで、もう重要な情報ってないの?」
『うーん、後はあまりないの。精々、英雄の記憶で得た力は基本本に返るが多少身体に残るとか雄也がこっちにいるのが自然な理由は生まれがここだから、ぐらいかの』
「十分重要だからな!? これからの俺に必要な情報だよ!」
後者の情報に至ってはゲームとかだと後々知ることなのでは……。
「それじゃあ、両親の記憶がないのって」
『こっちでの記憶は封印したからの』
「だから、さらっと大切な事を言うなよ!」
『隠す必要ないじゃろうて。言おうと言わなかろうと時が経てば記憶は戻るじゃろうしな』
「…………」
こういう時って記憶探しをしたりするものじゃないのか? しても無駄みたいなことを言われたんですけど。
「え、じゃあ、俺は何をしたら良いわけ? あっちに戻って良いの? ってか戻りたいんだけど」
『簡単に戻れるわけなかろう。あれは王国の秘術じゃ』
「まじかよ!?」
『まじまじ。おおまじじゃ』
「じゃあ、本当にどうしたら良いんだよ……」
気ままにこの世界を楽しんだら良いのか? ……楽しむ前に死にそうだけど。
この力って常に出せるみたいではないし、何かあったら条件なんて揃う前に殺されるだろ。
それに幼馴染の事も気にかかる。
いきなり、消えたとなると心配させてしまう。
『そうじゃの。学校でも行くのが良いじゃろう』
「は? 学校?」
『この近くに大陸随一の学校があるのじゃ。学費はかからない分、入学試験があるのだが大丈夫じゃろ』
……この人は何を言っているんだ?
異世界の住人である俺が試験に受かるわけないだろ。本当にボケたのか?
「じいちゃん。俺、こっちの世界の知識なんて何もないんだぜ? 受かるわけないって」
『あー、試験と言っても潜在能力を測るだけだから知識はいらん』
「……潜在、能力?」
『そうじゃ。ローランス学園は才能で合否を決めるのじゃ』
地球でいうスポーツ推薦で入学する感じか?
とりあえず筆記でないなら何とかなるかも。
「どうやって才能を判断すんの?」
『確か魔法だと魔力をはかるんじゃったな。鍛えにくいものじゃからな。武術だったら試験管との模擬戦で判断する、みたいな感じじゃ』
「はー、魔法の方と違って武術の判断はあいまいなんだな」
『潜在能力が測り辛いからの。よっぽどでない限りは技量より、腕力が凄いとか足が早いで判断するらしい』
「あー、まあ、それなら分かりやすいな」
いわゆる身体能力というやつで判断するんだな。
さて、そうなると今の俺って合格するレベルにあるのか? 身体能力は上がってはいるけど……。
『心配いらんよ。落ちはせん』
俺の不安に気づいたのか、祖父が自信満々に断言する。
「うーん、俺はこっちの世界の基準がわからないからな」
『まあ、それは行ってみればわかるじゃろ』
ただ、びっくりするじゃろうがな、と続ける。
びっくりするってことは、凄い奴がいっぱいいるってことだろうか。今の俺だって地球基準だと変な身体能力を持っているけど、あんな化け物がいる世界だし。
三本の角をはやしたあいつを思いだしたせいで背筋がゾッする。
あの時は白桜に気を取られており、他のことが眼に入りにくかったから良かったが、普通の精神状況だったら腰がぬけていただろう。
「じゃあ、とりあえずローランス学園、だっけ。そこに行ってみるか」
『そうじゃな。ローランス学園に行くには、この道を真っ直ぐじゃ』
「いや、わからないから」
道らしきものなんてないし、“この”とか言われても声だけだからわからない。
『そうじゃったそうじゃった。今の雄也から見て斜め前の、あの岩の右側の木の間を真っ直ぐじゃ』
「ここを真っ直ぐでオーケー?」
『オーケーじゃ』
「うし、じゃあ行くか」
最初の時と違い、多少なりとも状況を理解したことや、あんな化け物に襲われながらも生き残ったことで、恐怖が薄れたのか少しだけわくわくしている自分がいる。
不安もあるが、やはり男としては剣と魔法の世界は夢の一つだ。
だが、意気揚々と第一歩を踏み出そうとした俺の脚は力なく地面に落ちる。
「……今、なんて?」
『そろそろワシの魂は消える』
テレパシーみたいに直接声を届くのだから聞えなかったはずがない。理解したくなかっただけだ。
だから、再び問うた。答えは変わらなかった。
『言ったじゃろ。本に残った魂の一部みたいなものじゃと。英雄の記憶の効力がきれれば消える』
「……あ、あー! そうだったな! じいちゃん死んでるんだもんな!」
ということは、また条件とやらを揃えないといけないのか。
「やれやれ、めんどくさいな。じゃあ、また条件とやらを揃えないといけないのかよ」
『無理じゃ』
必死に現実から目をそむける俺に祖父は冷静に言葉を紡ぐ。
『一度発動してしまったページは二度と使えないのじゃ。……雄也とて気づいておったじゃろ』
「…………」
わかっていた。そんな上手い話があるわけがないのだ。
自分を覆ってる力がゆっくりと消えていく。それが意味することも漠然と理解していた。
「じいちゃん……」
『雄也……』
段々と祖父の存在が遠ざかっていく。
今度こそ一生の別れだ。
「そうだよな……。普通は一回で終わりなんだよな」
魔法という超常現象があったからこそ、もう一度話すことができた。それは凄く運の良いことだ。
「死んだ人ともう一回話す機会をもらえたなんてラッキーだよな。落ち込んでいたらもったいないか!」
『……そうじゃな。そうじゃろうな! いやー、これもワシの行いが良かったおかげじゃの!!』
「馬鹿言え。行いが良かったのは俺! オ・レ!! じいちゃんが行い良いとか神様が怒るっての!」
『なんじゃと! どう考えたって雄也よりワシの方が世のため人のためにつくしておったわ!! ワシがどれだけ人助けをしたかはお前が一番知っておろう』
「なーにが人助けだ! そのあとナンパしていただろうが!! ただのエロジジイだっつーの!!」
『言うにことかいてエロジジイじゃと! エロはまだしもジジイはじいちゃんに訂正しろ!!』
「いやいやいや、そこかよ!? 言い方の問題かよ!」
『じいちゃんの方がぷりてぃーな感じがするじゃろ!』
「ぷ、ぷりてぃー? はははっ、に、似合わねー!」
『わ、笑いおったな! お前にはじいちゃんを尊敬する気持ちがないのか!?』
「はははははっ! 必死! じいちゃん必死すぎ!」
『ぐぬぬぬっ!』
「あー、もう笑いすぎてお腹痛いっての!」
笑いすぎてお腹が痛くなったため木に寄りかかる。
こんなに笑ったのは久方ぶりだった。
薄暗い森の中だが、俺の心は晴れ晴れしている。それほどまでに久しぶりの祖父との馬鹿な会話は楽しかったのだ。
「……あー、やっとおさまった。腹がよじれるかと思ったぜ」
何度か深呼吸し、息を整える。
「さて、行くか!」
そして、ローランス学園へ向かって歩みだす。
声はもう、聞えなかった。
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