ショート・ストーリーズ
@Saki_
笑顔
「私だって楽しいことがあれば笑いますよ」
彼女は作業から目を離さずにそう答えた。相変わらずそっけない。
私はため息をつき、頭をポリポリと掻いた。
「そうは言っているけどね、僕たちにはその君にとっての楽しいことがさっぱりなんだよ。」
彼女が作業に集中してそれ以上何も言わなかったので、私はすごすごと自分の持ち場に戻った。
と、突然ある男がズカズカと入ってきた。
僕たちは思わずみんな目をそむけた。
ドガッと乱暴な音や暴言を吐く声がする。彼女を殴ったり蹴ったりしている音だ。
彼は彼女の新しい父親で、私達の上司だ。
普段からキレていて、少しでも反論したり反抗しようものなら誰しも構わず殴り、蹴り飛ばす。最近は特に彼女への当たりが強く見ていられない程だが、誰も止められないでいた。
やがて満足したのか上司は帰ってった。
私達はいつものように「ごめん…」と口々に言いながら彼女を抱き起こした。
彼女は口の中に溜まった血を吐き出しながら
「大丈夫ですよ。実はもうすぐ楽しいことがおきるので。」
と、頬を少し上げながら言った。
いよいよ祭りが近づいてきた。
僕たちの花火制作会社は忙しさを増してきた。
それに比例して、最近彼女がどんどん生き生きとした表情になっていく。
私はもちろん、会社仲間たちみんなが口々に
「どうしたの、なにか良いことがあったの?」
と彼女に問う。すると彼女は決まって、
「もうすぐ楽しいことが起きるので」と言う。
楽しいことってなんだいと聞いても答えてくれなかったが、きっとお祭りが近いからだろうとみんな思っていた。
祭り当日。
日も暮れ、いよいよ花火を打ち上げる時間が近づいてきた。
最後の点検をしようと花火の種を置いてある場に向かうと、彼女の姿が見えない。
しかも、一番最後に上げる予定の一番大きいメインの花火が見つからない。
私達が慌てていると、会場の向こうから彼女が大きなそのメインの花火を抱えてやってきた。
今までに見たこともないくらい優しい笑顔で、
「実は不備を見つけてて、ずっと一人で直していたんです。」
私達は疑うこともせず彼女に感謝した。
私は彼女の服の裾に赤黒い何かが着いていたのを見つけたが、あとで教えてあげようとその場では聞かなかった。他の人は気づいていなかった。
会社仲間の一人が、
「そういえばあの上司昼辺りから見かけていないんだけど、誰か見た?」
みんなは首を振り、彼女は優しい笑顔のまま沈黙を守った。
「まあほっといても良いんじゃない?」
誰かがそう言いみんなそれに賛同した。
そして花火の時間になった。
スムーズな司会の声を引き継いで、一個目。二個目。
私達は順調に花火を打ち上げていく。
じつは今回の花火はここの県じゃ有名で、毎年多くの人が見に来る。
今年も沢山の人が来て、テレビなんかも来ていた。
順調に打ち上げ、最後の一個になった。
彼女が打ち上げるようだ。
種火を持ち、最高の笑顔で近づいていき着火した。
ヒュルヒュルとそれは上がっていき、いや、なにかおかしい。
あれは花火じゃなくて
ドン
鈍い音が空気に伝わる。
そこを支点に、液体や小さな固体のようなものが雨のように降り注ぐ。
私の横にボトリ、と鈍い音を立てて何かが落ちる。
それはこちらをじいっと見ていた。
眼球だ。
あれは花火なんじゃなくて、人の頭だ。
ゆっくりと彼女に目を向けると
「おとうさんバイバイ」
と満面の笑みで口元が動いた。
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