第27話 断罪
「なんですか、お話って」
「うん……まあ、家に着いたら話すよ」
放課後、話があると伝えて琴梨ちゃんを家に連れていく。
どんな勘違いをしているのか、琴梨ちゃんはさっきから頬を赤らめてそわそわしていた。
「あの、先輩。コンビニとか寄らなくて大丈夫ですか?」
「別に買い物とかないけど?」
「その、私トイレに行きますんで、その隙にお会計済ませて頂いても……」
もしかして薄皮のゴム製品の心配をしているのだろうか?
まさに身も心も捧げる決意があるのだろう。
そんな琴梨ちゃんをこれ以上騙すことはできない。
家に到着し、ひとまず琴梨ちゃんを俺の部屋に連れていく。
いつもは明るく陽気な琴梨ちゃんだが、さっきからずっとカチコチに固まってしまっている。
「あの、琴梨ちゃん」
「ふぁっ、ふぁい!」
「これから隠していたことを、話したいと思う。それを聞いて琴梨ちゃんが僕のことを嫌っても、そのときは仕方ないと覚悟している」
琴梨ちゃんはぽかんとした顔で頷いた。
「はぁ……先輩のことを嫌いになるとは思えませんが、分かりました」
もうあとには戻れない。
緊張しながら俺はパソコンを立ち上げ、YouTubeチャンネルを開いた。
「『こっぴどくフラれてみた』? なんですか、このチャンネル?」
「これは俺が開設しているYouTubeチャンネルだよ」
「先輩が!? うそ、知りませんでした! そんなことしてたんですか!? フォロワー二万人いるじゃないですか! すごいです!」
「色んな女性に告白して嫌われる様子を投稿しているんだ。琴梨ちゃん。君はその五十番目の女性になる予定だったんだよ」
「えっ……?」
琴梨ちゃんの瞳孔が怯えるように揺らいだ。
「じゃ、じゃあ私と付き合ってるのは嘘ってことですか?」
「それは違う。いまはちゃんと琴梨ちゃんのことが好きだ。それは嘘じゃない」
「ワケわかりません。そもそもなんでそんなフラれるYouTubeなんてしてるんですか?」
琴梨ちゃんはかなり頭が混乱している様子だった。
説明したところで納得はしてもらえないだろうが、事情はきちんと伝えるべきだ。
「俺は小さい頃からちやほやされて生きてきた。それが普通で、世界というのは自分以外にも優しいものだと思っていた。ところがある日──」
キモオタコスプレをして当時の彼女に罵倒されたエピソードを聞かせた。
琴梨ちゃんは悲しそうに、そして悔しそうに眉を歪めて聞いてくれた。
「それ以来俺は女性アレルギーになった。女の子と仲良くなるはおろか、話をするだけで胸がモヤモヤして鬱な気持ちになるんだ」
「……それって、その、もしかして私にも?」
震える瞳の琴梨ちゃんに、静かに頷く。
「そんなっ……私が先輩を苦しめてたなんて……」
「それは違う。苦しんでなんていない。むしろ琴梨ちゃんのお陰でこのアレルギーを直そうと前向きに思うことが出来るようになったんだ」
それは嘘偽りのない、本当の気持ちだった。
「わざと女性から嫌われる生活は楽で快適だった。ただでさえ疎まれている存在なのに告白するとさらに嫌われる。それが喜びに変わっていったんだ」
「女性アレルギーだから嫌われることで安心が得られたってことですか?」
「そういうことかな。痒いところを掻きむしり血を滲ませるような感覚に近いのかもしれない」
なんの解決にもならなくてもせずにはいられない。
そんな自滅的で刹那の喜びだ。
「キモがられることに喜びを感じて動画をアップし始めた。それで視聴者にも気味悪がられようとしてね。今に思えばどうかしちゃってたと思うけど……」
「なんで続けたんですか?」
「はじめてみると確かに気味悪がられたけど、意外と賛同してくれる人も多くてね。そしたら今度は別の喜びに浸ってしまった。まあ自己顕示欲みたいなものかな。それから仲良くしてくれる人も現れて、辞めるに辞められなくなった」
冗談口調で伝えたものの、琴梨ちゃんは顔面蒼白でくすりとも笑わない。
まあ、そりゃそうだろう。
「なんで言ってくれなかったんですか! 私はそれが悔しいです」
「ごめん」
琴梨ちゃんは目に涙を溜めて本気で怒っている。
俺のために真剣に心を痛めてくれている証拠だ。
「まあ分かりました。ビックリしましたけど先輩が時おり遠い存在に感じられた理由もはっきりして安心しました」
琴梨ちゃんは涙を拭いながら笑う。
「いや、まだだよ。まだ言わなきゃいけないことがある」
「まだあるんですか!? ご両親が有名な芸能人で、悪趣味なYouTubeチャンネルを開設してて、実は女性アレルギーで、更にはフラれるために私に告白してきた。これ以上何を言われても驚かない自信があるから大丈夫です」
「そうだといいけれど」
俺は眼鏡を外し、眉や目を覆う前髪をかき上げて素顔を晒した。
「これが俺の素顔なんだ」
無理をして笑っていた琴梨ちゃんだったが、素顔を見せた途端、みるみる顔を強張らせていった。
「ス、スズキさんっ……先輩がスズキさんだったんですか?」
「ごめん」
「ひどい! 私を騙したんですね! 信じられません! その様子も撮影してYouTubeにアップしてたんですね!」
一度は引いていた涙が溢れ出す。
これまでとはレベルの違う怒りを放っているようだった。
「違う! あの様子はネットにアップしてない! 決して琴梨ちゃんを笑い者にするためとかじゃないんだ!」
「知らない! 先輩なんて大嫌いです!」
「琴梨ちゃんっ!」
激昂した琴梨ちゃんは俺の家を飛び出していく。
「待ってくれ!」
琴梨ちゃんはエレベーターを待ちきれず、階段で駆け降りていく。
ここで行かせてしまったら全て駄目になってしまう。
そう思った俺は急いで琴梨ちゃんを追い掛けていた。
「待って! お願いだから話を聞いて!」
一階に着く寸前でなんとか琴梨ちゃんの腕を捕まえた。
「私は話すことなんてありません……離してください」
「確かに俺は最低のことをした。反省している。もう二度とこんなことはしないから」
「痛いです、先輩」
「ごめん」
恐る恐る手を離す。
琴梨ちゃんは逃げ出さなかったけど、俺の顔も見ずに黙り込んでしまう。
ようやく追い付いたのに、さっきよりも遠いところに行ってしまったように感じた。
「はじめてスズキさんとして現れたとき、私をナンパしようとしてましたよね? 正直に教えてください」
「それは……その通りだ」
「なんでですか? 私が信用できなかったからですか?」
適当な嘘をついて誤魔化したら今度こそ本当におしまいだと感じた。
俺は静かに頷く。
「女の子はみんな見た目に惹かれ、簡単に裏切る。琴梨ちゃんもそうに違いないと思っていた」
「私が先輩の見た目を嫌いだって言ったことありましたか?」
「それはないけど……でもこんな俺みたいなどうしようもない奴と付き合うのは申し訳ないと思ったんだ。うまく別れようと思って、それで……」
「私が先輩と別れたいだなんて言いましたか?」
「それは……」
返す言葉もなくて奥歯を噛む。
「勝手に決めないでください! 私は先輩が好きで付き合ってるんです! 勝手に決めつけて、一人で突っ走らないでください!」
「ごめん……」
琴梨ちゃんは泣きながら俺にぎゅっと抱きついてきた。
その細い肩を恐る恐る抱き締める。
激しいアレルギー反応が身体をゾワゾワッと走るのを感じた。
それでも俺は琴梨ちゃんを離さなかった。
────────────────────
ついに全てを告白した藤堂くんと、それを受け止める琴梨ちゃん。
そしてYouTubeチャンネルはどうなるのか?
物語はまさにクライマックスです!
小説のクライマックスはいつも書いていてドキドキしてしまいます。
最後までよろしくお願いいたします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます