第21話 突然の親バレ

『雨降って地固まる』なんて言葉があるが、まさにそれだった。

 水族館デートは失敗したが、そのことにより俺と琴梨ちゃんの絆は強まった気がする。


 付き合い始めてはや一ヶ月。

 まだアレルギーは治る気配もないが、それはゆっくり気長にやっていくしかないだろう。



「さて、いただきましょう!」


 完成した料理をテーブルに並べて席に着く。

 今日のメニューは真鯛のアクアパッツァと生ハムサラダだ。

 相変わらず手が込んでるし、洒落ている。

 味も当然いつも通りおいしいのだろう。

 こんな出来る子が俺の彼女だなんて相変わらず理解できない。


 取り分けようとしたそのとき、ドアが空く音が聞こえた。


「おーい、拓海。元気ぃー?」


 やばいっ!

 そう思ったときにはもうリビングのドアが開いていた。

 やって来たのはうちの母、女優の篠宮玲子だ。


「あれー? 一人じゃなかったんだ?」

「突然どうしたんだよ、お母さん!」

「お、お母様っ!?」


 琴梨ちゃんは慌てて立ち上がって深々と頭を下げる。


「は、はじめましてっ! ももも桃山琴梨と申しますっ! 拓海さんとお付き合いさせていただいております!」

「あら? まさかの彼女ちゃん?」


 二つ降りになるくらい頭を下げた琴梨ちゃんにお母さんが微笑む。

 この状況はまずい。

 以前琴梨ちゃんは篠宮玲子のファンだと言っていた。

 顔を見られたら間違いなくバレてしまうだろう。


「勝手にお邪魔してすいません。せ、先輩の、拓海さんのご飯を作りに来ておりました」

「ありがとう! この子の好きにさせていたら病気になっちゃうもんね」

「差し出がましいことをすいません」

「いいのよ。感謝するわ。ほら、顔を上げて」

「ちょっ、お母さん。一回ちょっと待って」


 俺の制止もむなしく、琴梨ちゃんは顔を上げてしまった。


「きちんとご挨拶する前にお邪魔するなん、て…………ええっー! し、篠宮玲子っ……さん……っ!?」

「あら、もしかして拓海から聞いてなかったの?」

「そ、そんなっ……え? な、なんですか? もしかしてドッキリですか!?」


 琴梨ちゃんはキョロキョロとカメラがないか探している。


「落ち着いて、琴梨ちゃん」

「無理ですっ。この状況で落ち着くとか、そんなの無理です!」



 興奮状態の琴梨ちゃんをなんとか落ち着かせ、ようやくドッキリとかではなく篠宮玲子が俺の母親だということを説明できた。


「先輩のお母様が、あの篠宮玲子さんだったなんて……」

「隠しててごめん」

「ごめんじゃないですよ! 心臓止まるかと思いました」

「ごめんね、琴梨ちゃん。うちのバカ拓海のせいで」

「い、いえ。その、わたし篠宮さんの大ファンです!」


 琴梨ちゃんは興奮で火照った頬を冷まそうと、手の甲でぽっぺたを何度もペタペタ拭っていた。


「若いのにわたしのファンなの?」

「はい! 元々母がファンでして、その影響で。昔の映画とかも観させてもらいました!」


 琴梨ちゃんは興奮しながらいくつかのタイトルを挙げた。

 中にはお母さんがまだ主演してない頃の作品もあり、そのガチ勢振りにお母さんも喜んでいた。


「明るくて可愛くて料理も上手。こんないい子、うちの息子にはもったいないわ」

「そんな、お母様。先輩はすごく素敵な方です」

「こんなだらしない髪型の息子が?」


 お母さんはもちろん俺が女性アレルギーなのも、そのためわざと小汚ない格好をしていることも知っている。


「そこは確かに変えて欲しいんですけど……でも見た目がよくなってモテちゃっても困るんでこのままでもいいかなーって」

「まあ。なんていじらしくて可愛い子なの。大切にしてあげなさいよ、拓海」

「言われなくてもそうしてるよ」


 女性とまともに接することが出来ない俺に彼女が出来たということで、お母さんもずいぶんと嬉しそうだ。


「それにしても篠宮さんがお母様だったなんて。まだ信じられなくてドキドキしてます」

「そのことなんですけど」

「もちろん分かってます! このことは誰にも言いませんから!」

「あ、うん。それは助かるけど、それよりまず、私は拓海の母だと思って普通に接してね。女優だとか思わなくて、普通でいいから」


 そう言われてもなかなか難しいだろう。

 ましてや琴梨ちゃんはファンなのだから。


「分かりました。意識しないようにしてみます」

「じゃあご飯にしましょうか」

「おい。なんでお母さんも食べることになってるんだよ?」

「いいじゃない。ねー、琴梨ちゃん」

「はい!」


 琴梨ちゃんは満面の笑みで頷く。


「そもそもなにしに来たわけ?」

「母親が息子に会うのに理由がいるわけ?」

「いつも忙しいとか言って来ないだろ?」

「拗ねてるの?」

「メッセージの一つくらいしてから来て欲しいって言ってんの!」

「まあ、反抗期かしら?」


 俺達親子のやり取りを見て琴梨ちゃんは笑っていた。

 なんだか親の前で彼女といるというのは独特の気恥ずかしさがある。


「あ!? ちょっと待ってください!」

「どうしたの、琴梨ちゃん?」


 琴梨ちゃんはなにか重大なことに気付いた顔で震えだした。


「篠宮玲子さんがお母さまということは、お父様は……」

「藤堂和哉よ」

「ふぇえええっ!」


 琴梨ちゃんは奇声をあげる。


「知ってるの?」

「し、知ってるもなにも、藤堂和哉さんも大ファンなんです! そもそも先輩のことも、同じ藤堂って苗字なのが気になるきっかけの一つでしたし。そういえば先輩ってどことなく藤堂和哉に似てますよね! わー、やばい!」

「ちょっ……落ち着いてよ。琴梨ちゃん」

「和哉さんと拓海、似てるかしら? 和哉さんの方が百倍かっこいいけど」

「お母さんももう少し気を遣えよ」


 お父さんは昔から大人気のスターだ。

 俳優業だけでなく、歌手としても高い人気で、常に一線で活躍している。

 父と比べられるというのが最大のコンプレックスだった。


 琴梨ちゃんは伏し目がちにチラッと俺を盗み見る。

 篠宮玲子と藤堂和哉の遺伝子を受け継いだ俺の素顔が気になったのだろう。

 俺は俯いて眼鏡をキュッと押し上げ、顔を隠した。


「是非今度うちにも遊びに来てね」

「い、いいんですか!?」

「もちろん」

「行きます! 絶対行きます! ありがとうございます!」


 琴梨ちゃんは身を乗り出してお礼をしている。

 完全に俺の親としてでなく芸能人としてみてるだろ、これ。

 まあファンならそれも仕方ないことだろうけど。

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