え、ここでおまえも来るの、って言う話
イタリアの黒き天使、ヴィルジーリオの秋葉原散策中。
同時刻、日本は羽田空港国際線ターミナル。
日本へとやって来た人々の目を引くのは、黒い肌でもアルビノの体でもない。
男の下心は歩くたびに揺れる豊満な胸部を持つ双子へと向けられていたが、そんな目は二人の間を歩く男の黒い髪が一蹴し、すぐさま目を逸らさせた。
絶滅危惧種と呼ばれる黒髪は大きな胸以上に興味をそそられる代物であったが、同時に多くの人間が理解出来ない異能を操る怪物のような存在。
迂闊に近付いて、機嫌を損ねれば最後、どうなるかわかったものじゃない。
故に男達はだらしなく伸びていた鼻の下をすぐさま引き締めて、そそくさと逃げる様に退散していく。
その様を目の端で捉えていた男は、詰まらなさそうに舌を打った。
「
「
「
「……
ゆっくりと伸びた手が頬を抱いて、女の唇に吸い付く。
舌を絡め、唾液を交わし、胸を揉みしだきながらする濃厚な口付けは、行き交う人々の方が恥ずかしそうに視線を逸らし、親は子供の視線から外そうと必死になる。
エラストのテクニックの前に
唇に絡まった甘い唾液を舐め啜るエラストの後ろで、双子の姉がモジモジと脚をくねらせる。
すると気付かれたエラストに抱き寄せられ、唇を、舌を食まれて、絡められて、唾液を交わらせられる。結果二分と持たず、妹同様に座り込んでしまった。
「
「……
「
「
甘ったるく、刺激的な空間。
誰の侵入も許さない三人だけの世界に、土足で侵入する不届き者がいた。
「
「
十字が描かれたマント。
先に吠えた男の眼鏡の淵にも十字が模られ、続いた青年の両手の甲にも十字の刺青が入っていた。
「……イタリアか? 噂に聞くイタリアの騎士団か」
「知ってるのなら話は早い。我らはイタリア、ローマのマルタ騎士団。
「同じく、
「……あぁ、そぉいぅ事か。なるほどなるほど」
ルシフェラ姉妹を下げ、自ら前へ。
ヘラヘラと嘲るような笑い方が、目の前に並び立つ騎士の機嫌を逆撫でる。
が、エラストにとってこの程度の事は些事にも数えないとばかりに、相手の機嫌を逆撫でしている事も構わず、笑う事を止めなかった。
「聞いたぜ。てめぇら日本の黒髪に喧嘩売って、返り討ちにされたんだろ? それでおめおめ帰るところなんだロ? 知ってるゼェ」
「貴様っ……!」
「我々を愚弄するか!」
「ぐろぉしてねぇし馬鹿にもしてねぇ、ただの事実だろ? イライラしてるからって他人にあれこれ文句言ってるんじゃあねぇよ。そんなんじゃモテねぇぞ? いや、そもそもモテた事ねぇんだろうなぁ。人の恋路を妬むような連ちゅぅだもんナァ」
「貴様ぁぁぁ!!!」
ヴァレリアーノが仕掛けた。
凝固した大気が銃弾の如く叩き出され、エラストへと襲い掛かる。
が、エラストは微動だにせぬまま放たれた大気の散弾を受け入れたかと思った時、エラストの目の前で全ての弾が弾けて霧散。元の無害な大気へと戻された。
ヴァレリアーノは次々に繰り出すが、全てエラストの前で弾けて消え、一発も届かない。
そして毎度の如く、黒髪故に能力の詳細が把握出来ず、対抗策が思い付かない結果、一方的な展開が異常な長さで続く。
攻め続けている方が疲弊し、攻めさせている方が悠々と敵の消耗を待つ。黒髪の戦いにおける典型的楽勝パターンである。
「まったく……戦域にも入らんまま始めるとぁ、騎士どーせーしんの欠片もねぇ奴らだ。こいつぁ、ちょっとキツめの仕置きが必よーかなぁ」
「舐めるな!」
アレッシオが続く。
振り払って伸びた警棒に雷電を纏い、高く跳び込んで振り下ろして来た。
が、当たる寸前で見えない何かに弾かれ、吹き飛ばされる。
態勢を立て直して再度攻撃を試みるが、今度は警棒を振るより前に何かに思い切りぶつかって、額から血を流しながら意識を失い、倒れてしまった。
「
「おいおい、このてーどか? 噂じゃあとんでもない怪物がいるとかって話だったが、これじゃあひょーし抜けだぜ」
「このっ……!」
大気の弾丸の数が増える。
が、ただ数を増やしただけでは意味はない。
先程までと同じ結果が、増えた数だけ起きるだけの事だ。
唯一起こせる変化はと言えば、単純に攻撃回数と攻撃範囲が増えた事で、散弾の向かう先が双子の姉妹にまで届き、攻撃を捻じ伏せたエラストの機嫌を逆撫でた事くらいであった。
「本当に……騎士道精神の欠片もねえ連中だなあ……俺の女に、手ぇ出してんじゃねぇよ!」
「何?!」
今まで潰されていた大気の散弾が全て、ヴァレリアーノへと返っていく。
大気の散弾にも攻撃力はあるものの、本物の銃弾ほどの殺傷能力はない。受けてもせいぜい、打撲程度の傷を受けるだけだ。
無論、幾度も重ねれば話は別。何度も受ければ骨に亀裂も生じるし、内臓だってダメージを受ける。
故に散弾を受けたヴァレリアーノは死んでこそいなかったが、全身内出血と骨折間近の惨状で、最早見ていられなかった。
「女に銃口向けるたぁいー度胸してるじゃあねえか。こいつらに手を出したらどうなるか、思い知らせて――」
直感。
他に何とも言い表せない感覚で、咄嗟に飛び退く。
目の前を通り過ぎていく銀の波から得体の知れない物を感じて、双子の元まで一挙に下がった。
「いやぁ、申し訳ない……血の気の多い後輩が絡んでしまって。私の、監督不行き届きだ」
納得した。
噂ではマルタ騎士団そのものが強い組織みたいな言い方だったが、そうではない。
この男、エヴァンジェリスタ・トルリチェッリがヤバいのだ。彼の後ろにも何人かいるが、目の前にいる男が頭一つ抜けて異質で、異常で、イカレてる。
力の正体こそわからないものの、黒髪を相手にするのと似た威圧感。
場数と経験値からしても、今の二人など比較対象にすらなるまい。
「ロシアのエラスト・セルギィ氏、ですね? 二人には後で言っておきますので、ここはこの、エヴァンジェリスタの顔を、立てて頂けませんでしょぅお、か」
「……あぁ、いーぞ。わかった。何となくだが、おまえと事を構えるのは避けたほぉが良さそおだ。そろそろ騒ぎを聞きつけた日本の連中が来るだろお。事態のせつめえとしうそくを頼んだ」
「は……任せれ、ました、ぁぁ……」
不気味な男。
そして彼と確かに対面した事で、彼を討ち負かしたという黒髪に対する危険度が、エラストの中で跳ね上がった。
単なる興味で来たものの、どうやらなかなかの案件に手を出そうとしているらしい。
せめて戦域に入る常識が通じる相手であればいいが。
などと考えながら、エラストは双子と共に事件の当事者として現場に残りながら、イタリアから派遣された黒髪の存在も知らぬまま、混沌に足を踏み入れようとしていた。
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