一方その頃、騎士団に尾行されてた黒髪さんはと言うと、の話

 時間を少し遡る。

 いや、この男の話なのだから、時間を止めたのかもしれない。

 ともかく時間は、楓太と桔梗がエヴァンジェリスタと戦っていた時間と同時刻。


 場所はとある街の商店街。

 昔から住まう人々の応援を受け、かれこれ八代続いている老舗の肉屋で、男は発する気迫にて他の主婦を押し退ける形で真っ直ぐレジに歩いて行く。

 買う物は毎回決まっているため、他と違って迷う事がない。


「おぉ、カブ坊。また来たか」

「おぉ、親父。いつものをくれ」

「おぉよ。今度は何処で暴れて来たんだ? 最近あまり噂を聞かねぇが」

「もうここらで歯向かって来る奴もいねぇんでなぁ。そろそろ地方に出るのもいいかもしれねぇ。ま、最近面白い奴を見つけはしたんだが」

「そいつぁ良かったな。ほれ、特別揚げたてだ。一個サービスしといたぜ」

「おぉ、すまねぇな。また来る」


 中身は決まって、じゃがいもと牛肉のコロッケが五個。キャベツ多めのメンチカツが五個。分厚くカットされたハムカツが五個となっている。

 今回はそれに男の――嘉鳥兜の大好物であるコロッケが一個、追加されていた。


「ホラよ」

「っとと……良いのかい?」

「親父が一個追加してくれたんだ。問題はねぇ」


 揚げたてのコロッケを受け取りつつ、青年は右に左に抛りながら冷ます。

 軽く揚げられた茶色の衣の中、ホクホクとした芋の感触に食欲をそそられる。

 胃の腑の奥がきゅぅ、と鳴って、今にもかぶり付きたかったが、青年の耳に届いた風の知らせが憚らせた。


「嘉鳥くん」

「あ? 何か見つけたのか」

「君、随分前から尾行されていたみたいだね。相当な手練れだ……って、ここではやらないでよ?」

「何故だ」

「何故だ、じゃなくて……ここは公園だよ? 子供だっているんだから、騒ぎになったら今後怖いって。モンスターペアレント集団が色々言って来るかも」

「良いじゃねぇか。それも面白ぇ」

「このコロッケ食べられなくなるかもよ」


 そんな事知った事か、とでも言うかと思ったが、初めて兜が渋る。

 肉屋の店主とやけに親し気だったから、幼少期から慣れ親しんだ味なのかもしれない。それが奪われるのは、さすがの兜も嫌な様だった。


「ここは戦域に入るのが確実だと思うけれど……それは君の流儀に反する、のかな?」

「当然だ。どっか暴れられる場所はねぇか」

「ちょっと待ってねぇっと……」


 月詠学園二年。嘉鳥兜監視役、横須賀よこすか光星こうせい


 風の流れから周囲の環境を、風を伝う音から状況を探る事が出来る捜索系能力者。

 風を操る能力者と思われがちだが、自身の肌と酷似した髪色をしている光星に、風を生じさせる力はない。あくまで鋭敏な感覚で、周囲を探るだけの能力だ。


「ここから先に、丁度良さげな駐車場がある。値段設定が高過ぎて、一台の車も停まっていないから、騒ぎにもならないだろう」

「なら、行くか。案内しろ」

「コロッケ食べないのか? せっかく揚げたてを貰ったのに」

「そこらのコロッケと一緒にするな。冷めたところで不味くなる事ぁねぇよ」


 などと言いながらも、やはり揚げたては惜しかったのだろう。

 移動中にコロッケとメンチカツ、ハムカツをそれぞれ一つずつ堪能していた。


  *  *  *  *  *


 一時間0円。

 なるほど、確かに高い値段設定だ。

 タダより高い物はないと言うのだから、これ以上なく高い値段設定もあるまい。


 まぁ、ただ看板の一部が剥げて、残っている部分だけを読むとそうなるだけなのだが。


「さて……おい、いつまで隠れてやがる! こっちはとっくに気付いてるんだぜ。さっさと出て来いよ!」


(気付いたのは俺なんだけどなぁ……)


 とは思ったものの、口答えしようものなら問答無用でボコられるので、もちろんしない。

 預かった揚げ物の袋を落とさぬよう、預かったまま黙っておく。


 と、吹き荒ぶ風に乗って、尾行者ストーカーが現れる。

 日本の銃刀法を知らないのか、両脚に短剣と拳銃を括りつけた白マントの男が、兜の前に飛び降りて来た。


「イタリアマルタ騎士団、第十団体所属。セルジョ・ラ・フェルリータ。日本の黒髪について調査中見つけたもので、つい尾行してしまった。他意はない――!?」


 バレてしまった以上は仕方ない。

 ここはそれらしい理由を付けて、とっとと退散するに限る。

 相手は黒髪。能力の上でも勝てるはずがないのだから、戦うなんて選択肢はない。


 そう考えたセルジョの選択は、本来であれば正しかった。

 騒ぎを起こすと色々と面倒なので、目立ちたがらないのが黒髪の基本的性格だ。

 彼らは世間からの注目に誰よりも敏感で、誰よりも注目されることを嫌う性質を持つ。


 が、彼に限っては不適切な対応だった。

 嘉鳥兜。世間体も何も気にする事無く、ただ新鮮な戦いを求める生きる暴力装置の前に現れる事は、開戦の合図と同義だった。


 他意はない。

 そう言い切るか言い切らないかのところで、兜の拳がセルジョの顔面を捉えたのは、まさに必然だったのだ。


 鼻血を噴き出しながらのけ反りつつ、踏ん張ったセルジョが態勢を立て直した直後、大きく振り下ろされた肘が背骨に落ちて、呼吸が止まる。

 目と口が大きく開いた状態で硬直し、両手両足を痙攣させたまま立ち尽くす。


 風を操作してすぐさまこの場を離脱せねばならないと言うのに、体がまるで言う事を聞かず、次に来た拳も顔面でまともに喰らって、後頭部から着地した。

 

 何度も何度も頭を踏み付けられ、折れ曲がった鼻から血が噴き出し、砕けた歯が飛び散り、切れた額から血が弾け飛ぶ。

 問答無用かつ躊躇のない暴力を前に、セルジョは一切の抵抗を許されず、停止を促す素振りさえ出来なかった。


「イタリアが何の用か知らねぇがなぁ……鬱陶しいんだよ! いつも、いつも! いつもいつもいつも! いつも! 俺がどこで何をしようが、てめぇらには関係ねぇだろうが! 尾行も監視も管理もうざってぇ! 日本だろうと外国だろうと、俺は縛られねぇ! そういう男だってことを、ちゃんと報告してくれよぉ、何とか騎士団!!!」


 最後に振り下ろした拳が、セルジョの顔面に深く沈む。

 ベットリとついた粘着質な赤い体液を、千切り取った白いマントで拭って捨てた兜は、光星の下に戻って揚げ物の入った袋を受け取った。


「殺してないよな……」

「さぁな。俺はそこまで面倒みるつもりはねぇ。死ねばそこまでだ」


 普通に考えれば、人を殺してしまったなら殺人だ。罪として罰せられる。

 が、日本政府は出来る限り事実を隠蔽し、彼を匿う事だろう。

 彼は罪人以前に、日本でも希少な絶滅危惧種くろかみなのだから。


「にしても、弱かったな。何とか騎士団って言うから、少しは期待してたのによぉ」

「まぁ、君に勝てる奴なんてそもそもそんないないだろうけどね。ただでさえ強いのに、時間操作そのちからだ。負けるどころか、対等に戦える時点で信じられない」

「だから、あのガキは見込みがある」


 綾辻楓太。

 嘉鳥兜に初めて土を付けた男。

 対等に戦っただけでも充分驚きだったのに、まさか勝つだなんて。当時の事を思い出すと、未だに驚きを禁じ得ない。


 ただし今後の課題として、またあいつと戦いたいと言う兜をどう言い聞かせるかだが――


「よし! あのガキ探してやり合うか! 探せ!」

「今日はもうダメだ。こんだけ盛大にやって、学園が情報を隠匿するのにどれだけ時間が掛かると思ってるんだ。これ以上暴れたら、学園の事後処理が追い付かなくなる。それに、イタリアの刺客がこの男だけとは思えない。おそらく他の奴らのところにも、このマルタ騎士団とやらが向かっている可能性も考えると、今日は撤退が得策だ」

「ごちゃごちゃうるせぇなぁ」

「それに、さすがにこれ以上放置したら、揚げたてでくれたおじさんに申し訳ないだろ?」

「……けっ」


 結局、コロッケを理由に、嘉鳥兜はそのまま帰宅した。

 学園の手のものによって、マルタ騎士団のセルジュは回収。イタリア政府との取引によって、マルタ騎士団は完全撤退を余儀なくされる事となるのだが、結果として、イタリア政府が新たな刺客を送り込む動機となってしまった事は言うまでもない。


 彼が日本に到着したのは、マルタ騎士団撤退からおよそ一週間後。

 月詠学園夏休み期間の中旬であった。

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