そして、勧誘を受ける
髪を染めると能力は付与されるのか、という実験が過去に行われた。
もしも成功すれば、黒髪の宿す特異な能力を付与する事が可能だからだったが、結果から言うと、髪を染めたところで能力の付与はされないと言う結論に至った。
その代わり、生まれ持って髪に二色以上の色を持つ人間は、その色と同じ数だけの能力を持って生まれる事がわかった。
が、本来一色の色を持って生まれる人の中でも、二色持つだけでも珍しい。レア度で言えば、黒髪の次くらいだ。
故に、黒園桔梗はレア度で言えばSSSランクのレアだ。
彼女はただでさえ黒髪の持ち主であると言うのに――
* * * * *
「“
広がった曇天を、桔梗の黒髪を舞い上げる上昇気流が突き破り、わずかに出来た裂け目を開いて、現れ
左の後背部から、淡い紫色で輝く宝石の片翼が雄々しく広がり、全身を白銀の甲冑で覆った重量感のある巨体が、ゆっくりと降り立つ。
腰に下げた大剣をゆっくりと鞘から抜き、天を衝くように掲げて振り払った。
甲冑の中、暗闇の中で赤い単眼が敵である男子生徒を見下ろして光る。
(使い魔、式神……? とにかく規格が違い過ぎるだろ……!? それに、その能力は――)
* * * * *
「使い魔や式神は、藍色の能力のはずですが……」
黒髪の能力が如何に異質でも、他の色が持つ能力を使えると言う事はない。
それこそ髪の着色による能力付加実験によりわかった事だが、生まれ持った髪と共に付与された能力以外には、生まれ持つ事はもちろん、後から付与する事も出来ない。
つまり、桔梗が他の色が持つべき異能を持っていると言う事は、該当する色を、髪の中に持っていると言う事である。
(逆位置……あの人、不運だな……)
周囲から解説を求める視線を向けられるが、楓太は無視する。
味方でもないのに教える
明かしたところでそう簡単に攻略される力ではないのだが、二人だけの秘密と言う事で、例え仲間であろうと本人の許可なしに語れない。
そういう、約束なのだ。
ただ、彼女の能力と髪の色との関係は、桔梗の髪をよく観察してみればわかるだろうが。
* * * * *
「おまえのその髪……」
パッと見ただけでは、ただの黒髪にしか見えない。
だが、長く伸ばしたストレートの内側。桔梗の首筋辺りから背中にかけて、黒から紺、藍色と段階的に色彩が分かれている。
他の部分は紛れもない黒であり、周囲から見ると単調な黒髪にしか見えないが、傍からは見えない背中側の髪色が、熱帯の海水魚のような独特な色彩で輝いている。
丁度、彼女の目の前が輝いているからわかったものの、今の今まで気付けなかった。
桔梗はそもそも低身長で、周囲からは見下ろされている。
周囲の視線だと、彼女の髪の黒い部分しか見えないため、彼女を単なる黒髪と見るのはおかしくなく、むしろ自然な流れだ。
さらに言えば、色の違う部分は彼女の背中と丁度被るため、真正面からでも気付きにくい。
彼女の髪がさらに長く伸びれば気付けるやもしれぬが、そうさせないよう、二日に一度の頻度で楓太によって整えられている。
更に、色が違うと言っても紺と藍色。
黒とそこまでの差が生じる色彩でもないため、注意していないと見逃してしまう。
ただでさえ珍しい黒ばかりに皆視線を向けて、他の色にわざわざ向ける注意がない。
結果、皆が決まって墓穴を掘る。
黒園桔梗に戦いを挑むのなら、相対した瞬間から戦いは始まっているものと考えるべきだ。
「これは珍しい……! 世にも珍しい
「
命令を受け、女教皇と呼ばれた鋼鉄の騎士は剣を掲げる。
高々と振り上げた剣だけでも、対峙する高身長の男子生徒の体躯を優に超える。
振り下ろされた剣はもはや、抵抗する気力さえも失った男の体躯を真っ直ぐ縦に両断して、戦いを終わりに導いた。
「
* * * * *
戦域から帰って来た桔梗は、真っ先に楓太へと飛び込む。
前以てわかっていた楓太は椅子から立ち上がり、最初から迎え入れる姿勢で受け止めた。
受け止められた桔梗は自ら跳び上がって抱きかかえられ、風紀委員室と言う事も忘れて楓太の首筋、耳の裏、頬、唇に吸い付く。
楓太も同じ順序に口付けし、周囲にお互い思い合う姿を見せ付けた。
「大丈夫ですか? 先輩」
「あぁ、あぁ……戦域で死ぬ事はねぇからな……だがもう、あいつの相手は御免だ。あいつとやってたら、心が折れる」
長身の先輩は大の字で寝転び、立ち上がろうとしない。
戦域は肉体的な損傷こそないが、精神的にはかなり来る。特に圧倒的戦力を前にすれば、猶更の事だ。
故に専門用語――と言う訳ではないが、戦域において死ぬとは、心の死を意味する。戦意。抗い、戦い抜く意思を失った事を意味する。
今この場で倒れる先輩で言えば、桔梗を相手にした場合に限り、死んだのだ。
例え実力を試すためであろうと、彼はもう、桔梗に挑むような真似をする事はないだろう。
役目はもう、果たされたのだから。
「お見事でした、黒園さん」
「実力……理解して、頂けました?」
「はい。その上で、ご提案があります。お二人共、風紀委員に入りませんか?」
「桔梗の力を、利用する……つもり、ですか?」
「むしろその逆、と言えば良いでしょうか。黒園さんの力を、他の部活が狙わないとは限りません。部活動同士の抗争にも戦域が利用されている以上、黒園さんの力は是が非でも欲される力となるでしょう。なので敢えて取り締まる側に回る事で、黒園さんが力を使わないようにする……というのが、今ここにはいない風紀委員長。そして、学園長の心配りなのです」
確かに、桔梗が今後どこの部活、委員会に入るかは、全員注目しているだろう。
一ヶ月間の試用期間をやり切って、さぁ退部しようとしたとしても、そうはさせまいとあれこれやって来るのはもはや必至。
当然、降り掛かる火の粉は払うのみだが、戦わなくて済むのならそれに越したことはない。
学園長の心配りは、確かに願ってもない申し出であったが――
「何故、恋城寺先輩が代弁するような真似を? 学園長はまだしも、風紀委員長が直接誘うべきなのでは?」
確かに夜神学園長なら、同じ黒髪の持ち主として同情し、そう言う提案をするかもしれない。
が、どんな人間ともわからない風紀委員長の提案だのと言われても、信じるのは難しい。せめて本人からの説明でなければ、信じるも信じないもないだろう。
せめて自分自身の口で、説明責任を果たすべきだろうに。
「これもまた、風紀委員長の心配り。あの方の能力は、自身の言の葉にて相手を操る、言霊による心理介入。ただ、制御が難しいらしく、本人の意図してないタイミングで発動する事もあるらしいので、大事な話ほど、あの方は自分の口では語らないのです。こういった場合、能力で従えても意味はありませんから」
かなり特異な能力。
もしかしたら、その風紀委員長と言うのも――生徒達を力で押さえる風紀委員の今の
だとすれば、学園長と同じ配慮が思い浮かぶのもわかる。
無論、未だ情報が欠如し過ぎている現状では、すべてが想像の域を出ない。
風紀委員長が他と同じように、桔梗の力を欲していないとも限らない事を考えると、やはり今ここで判断を下すのは難しかった。
人を疑ってばかりなのは悪い癖だとわかっているが、黒い髪に生まれたからにはそれくらい慎重でなければやっていけない。
善悪問わず、黒髪の異能を利用とする人間はそこら中にいて、ただの見世物として側に置きたいと考える人間は、もっといるのだから。
「……」
「ん」
考え込んでいると、桔梗が袖を引っ張って来た。
異能を使うとかなり疲れるらしいのだが、この時は顔色もまだ優れており、疲れた様子も見られない。少女の顔には、何か決意を固めたような様子が見て取れた。
何と言うのか想像は付くものの、一応、訊いてみる。
「どうした? 桔梗」
「……私、入る。風紀委員会」
寸分の狂いもなく、想像通りだった。
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