第103話『バーカ!!!』

 その後、淡々とターリャに水鉄砲連打を喰らわされたスーグは半べそ掻きながら敗けを認めた。

 そして、今、双方ともずぶ濡れになったので当初の予定どおりに銭湯に来ていた。

 といっても俺はもう上がって読書に勤しんでいた訳だが。


 ガラリと扉が開いてリーンがやってきた。

 体からホコホコと湯気が上がっているリーンが俺を見付けてやってきた。


「隣に座っても?」

「どうぞ」


 椅子に腰かけたリーンは髪を乾かしながら手に持っていた飲み物を飲み、何ともいえない顔をする。

 嫌いな味だったんだろうか。


 それでもチビチビ口を付けてホッと息を付くと、ようやくリーンが口を開く。


「本当に噂と違っていた」

「その、噂って何なんだ?」

「……」


 しばらくコップの中の液体を回し、リーンはようやくこっちを見た。


「どっちの噂からいきます?」


 一つじゃないのか。


「ちなみに、どっちの噂だ?」

「お二人の」

「……じゃあ貴方のから」


 どんな噂だと少しソワソワしながら待っていると、リーンからとんでもない言葉が飛び出した。


「ドラゴンを盾で殴り殺す変態」

「散々な言われようだなオイ」


 間違ってはいないが変態は余計だ。


「…ちなみにターリャの方は?」

「これはうちの堕猫からの情報なんだけど、冷酷で冷静で、まるで北の凍り付いた海のようだったってさ。でも、実際あってみたらどうだい。全然違うじゃん」

「それは、“前のターリャ”の話か?」

「んー、多分そう。“今回は”初めてあったもんね」


 そうか、と俺は納得した。

 ターリャは俺と出会った時からあんな感じに天真爛漫で明るい。冷酷なターリャなんか想像もつかない。


「ふーん。なるほど、納得いった。さっき一緒に湯に浸かってたんだけどさ、うちの堕猫と話している時なーんか違和感あったんだよねぇ。なんつーの?話が微妙に噛み合わないって言うか…、ターリャが何か言いたそうとしているのに遮るうちのバカ猫のせいなんだけど……。どゆこと?」


 本当はターリャ自身から話した方が良いんだろうけど。

 仕方ない。許してくれるだろう。


 俺はターリャが記憶を無くしていることを伝えた。

 何が原因かは知らないけど、性格が変わったのはおそらくそれのせいだと伝えたら、リーンは納得のいったような顔をした。


「そう、そうなの。まぁ、個人的には今の方がわりかし好みだから私は全然問題ないけど。堕猫も関係無さそうだったし」


 リーンが言い終える前に後ろの扉が開いてターリャとスーグがやってきた。


「ごめんよぉー!もうしないから許してぇええ!!!」

「許さない!あっちいけ!!バーカバーカ!!!」

「ギャオオオオオオンンン!!」


 なにやら喧嘩でもしたらしい。付きまとってきている半泣きスーグをターリャがウザったそうにあしらっている。


「……なんなんだ」


 思わずそんな言葉をこぼしたら、俺を見付けたターリャが俺を見付けるなり駆け寄ってきた。


「トキ帰ろ!!」

「いやああああ!!!ごめんなざいいいいい!!!!」

「まてまて何があったのか一応説明しろ」


 理由も無しに帰れないと説明を促すと、ターリャはスーグに向かって勢い良く指差し。


「こいつ!!いきなり私の胸を揉んだのよ!!!!!」


 と、言った。


 しばらく時間が止まったのかと思った。

 女の子同士でも。これはセクハラになるんだろう。


「あーっと、スー「こんのバカ猫三つ指着いて謝らんかい!!!!」


 俺が何か言う前に、向かいに居たリーンが大激怒し、ターリャに纏わりついていたスーグを引き剥がすや頭を鷲掴んで地面に叩き込んだ。

 ギニャアアアアアと情けない悲鳴を上げながらスーグはターリャに向かって大音量で謝罪したのだった。


 ちなみに、その時のリーンの顔と迫力、そしてスーグの額のデカイたん瘤にビビったターリャはスーグの事を許してあげたのだった。







「ひぐっ、えぐっ…ごめんよぉ…」

「もういいよ…」


 夜遅くまで説教されたのかスーグの目は腫れて、鼻も詰まっているのかしきりに啜っている。そんなスーグを見て、ターリャはもうめんどくさいと言いたげに「もういいよ」と一言。

 同情まではしてないけど、そんなに怒られたのならもう良いかって感じだ。

 昨日とは違う旅衣装に身を包んだリーンに訊ねる。


「もう次の街に行くのか」

「ええ。私達はドラゴンを倒すのも一苦労だから、他の娘よりも早く行動しないといけないから。貴方達はどうするの?」

「俺達はもう少しここで活動してから南の、イクラートにいく」

「そう。なら、これあげる」


 鞄から薄い本を取り出し、差し出された。見た感じイクラートの国内案内本。いわゆるパンフレットみたいな感じだ。


「私達もうそれ覚えたし、使わないから」

「ああ、ありがとう」


 開いてみると、びっしり書き込み。

 重宝してたんだな、これ。


 そこへスーグがにゅっと顔を出してパンフレットを指差した。


「ここに書いてある店は本当に旨いもんばっかだからさぁ、是非食べてくれぇ!」

「ほう?本当か?」

「リーンの舌は確かだぞぉ!」

「じゃあ楽しみだ。な、ターリャ」

「……、うん。そうだね」


 それから一言二言交わし、リーンとスーグはまた旅立っていった。


 去り際、スーグが「その性格もなかなか良いぞぉ!!!」と言って、ターリャに「バーカ!!!」と言い返されていた。仲悪いのかと思っていたけど、実は良いんだろうか。



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