第98話『キニーニ』

「ふんふふー、るるるー」


 ターリャの髪が左右に揺れている。

 あれからターリャはシュシュがお気に入りで、毎日この髪型だ。

 ちなみに初めだけと言っていたくせに、まだ俺がターリャの髪を結わいている。

 まぁ、まだターリャがまともに出来ないってのが原因だが。

 お陰さまで俺の編み込み技術が上達していっている。


「おはようさん!攻略者さん達!」

「お嬢さん今日も綺麗だね」


 今日もヨゥダとクラゥゲ(宿代金の人)はご機嫌だ。

 ご機嫌に朝から酔っぱらっている。

 いつ二日酔いから脱却するのか甚だ疑問だが、毎日楽しそうだから放って置いている。


「でしょ!トキにやってもらったんだー!」


 違うそうじゃないと突っ込もうと思ったが、あえて黙っておく。

 理由は二人が緩んだ笑顔で「そーかそーか良かったなぁー」とターリャを言っているからだ。


 ヨゥダが俺の方を向く。


「攻略者さんはターバン巻くのも上手そうだよなぁ、いっそのこと店開いちまえば良いんじゃないか?」

「まぁ、考えておくさ」









 そうこうしている内に3日経ち、砂船に乗れる日が来た。


「おおおー。本当に船が砂を走ってきてる!」


 ターリャが爪先立ちで地平線からやってくる帆船、砂船を眺めている。

 凄いな、本当に砂上を掛けている。

 見た目は街にあった模型そっくりだけど、違う点もある。

 船底の異様に長い突起物がそれだ。

 それがまるでスケート靴のエッジみたいになって滑ってきている。


「結構大きいな」


 船が港に近付き、海では不可能なその場旋回をして停泊する。

 沸き上がる歓声。


「   お待たせいたしました!!   」


 船の上から声が降ってきた。

 見てみると船の上にフック船長みたいな服装の男性がこちらを見下ろしながら拡張器を手にしていた。


「我らが誇りの砂船キニーニ、皆様に最高の旅をお届けいたします!!」









 チケットを見せて船に乗り込んでいく。

 馬は船の下の方。人間は上。

 階段を上がり部屋を確認。

 うん、部屋はあの帆船と大差ない。


「何日間だっけ?船旅」

「5日だな」

「私ね、ヨゥダさんにこの砂船キニーニの事とか、周辺の衣装妖魔の事を纏めた本もらったの。ほら、見て!格好いいよ!」


 言いながらバッグからやたらごつい本を取り出した。

 一瞬図鑑かと思った。


 それをパラパラ捲って、船の説明の所を開く。


「この船って、キニーニっていうでしょ?」

「そうだな」

「キニーニってなんだか知ってる?」

「さあ、何かの精霊の名前とか?」


 海の船は女性の名前をつけるのが多いと聞くが、名前の感じからして人名ではない気がした。


「お!正解!あのね、意味は《先駆け》の精霊の名前なんだって」

「へぇ、先駆け。何の先駆けなんだ?」

「えっと、生まれたての砂嵐の中を泳ぐ魚みたいな?その気配に

 敏感な猫が人に知らせたりするんだってさ」

「魚みたいな……」


 砂嵐の中でゆったり泳ぐ謎の影を見たが、もしかしてあれがそのキニーニだったんだきょだいなろうか。


「ところでなんでそんな精霊の名前を付けてるんだ」

「これによると、砂流を産み出しているヴヴィーア・ウプーとかいう大きな虫が嫌いなんだって」


 ヴヴィーア・ウプーは鯨ほどもあるアリジゴクだ。

 てか、は?


「え?古代文明が産み出した流砂発生装置が原因と聞いたけど」

「その説もあるけど、今学者の間だとこっちのが有力なんだってさ」

「そうなのか」


 つか、なんつーものを利用してんだよ。

 呑まれたら一貫の終わりだぞ。


 ゴゴンと船がゆっくり動き出した。
















 砂船は進む。

 風を受けて進む。

 砂の流れに沿って進む。


 ターリャが甲板から砂漠を見詰めていると、いくつもの変な魚みたいなのが飛んだと教えてくれた。

 キニーニじゃないっぽいが、あればなかなか面白い姿だからもう一度みたくもある。

 いや、別に砂嵐に遇いたくはないけど。


「お前さん達キニーニに遇ったのか!!


「よく助かったな!?」


「……ええ、まぁ何とか…」


 ひょんなことからターリャ伝いに俺がキニーニらしきものに遭遇した話が広がってしまった。

 それが船員にも伝わり、何故か嬉しそうな顔して部屋に突撃して来たのだ。


 俺が肯定の返事をするや船員達は飛び上がり喜んだ。

 何事かと動揺していれば、船員の一人がご丁寧に説明をしてくれた。

 要は、

 “キニーニに遭遇して助かった人が乗っている船は祝福を受けて、砂の災害に遭わない。”

 と言うことらしい。


 いや本当かなぁ。


 疑う気持ちはあるものの、本当にこの砂船での旅は穏やかで平和で、なんの問題もなく運行を続け。


「ほら!見てみて!壁が見えるよ!!」


 ターリャが身を乗り出して指し示す方向に、街が見えてきたのだった。



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