第90話『準備』
土饅頭から掘り起こして、景色の良さそうな所へと運んで埋めてやった。
内臓があらかた喰い尽くされて空っぽになっていたから血も滴らなくて異様に軽かったのが変な感じだった。
近くに生えていた植物と、残ったミントを振り掛けて土を盛る。
これで、残った肉を食い荒らされるのを少しでも防げるはずだ。
にしても土を彫る魔法があるなんてな。
近くの石を敷き詰めて蓋をして、ボアベアがへし折った木のちょうど良さそうな板になった部分を突き刺した。
その板に被害にあった彼の冒険者タグを確認しながら板に彫り込みをいれていく。
「何してるの?」
「墓標を彫ってる」
といっても名前と、ここでの
「これで良し」
あとは手を合わせる。
俺の仕草をターリャが真似て一緒に手を合わせてお祈りを捧げた。
この世界には天国なんてものは存在しない。
死んだあとは世界の一部になって巡り、新たな命として生まれるというが、本当のところは分からない。
でも手を合わせられて困る奴はいないだろう。
「このタグは近くのギルドに届けてやらないとな」
せめてタグだけでも親族の元に帰してやりたいところだ。
ルシーとゼウイの元へと戻ってきた。
「ただいまー!」
ターリャが二頭に抱きついた。
尻尾を振りながら二頭ともターリャに頭を擦り付けている所を見ると、ゼウイも普通に慣れたなと感じる。
あとはドラゴンの咆哮にも慣れてくれれば満点だ。
「帰ろうか」
「うん」
ギルドに依頼達成の報告と一緒に彼の事も伝えた。
タグを手渡し、職員が報告ありがとうございますと頭を下げる。
冒険者のこういった死は珍しくない。
珍しくはないが、やっぱり送り出す職員からすればそれなりにクるものがあるのだろう。
ターリャが出来上がった服を広げて仰いでいる。
「わぁー!すごい、新品みたい…!」
「すげーな」
俺も思わず感心してしまったほどだ。
店主がテレテレと照れながらターリャに色々説明をしている。
この部分がどの服のどの生地を使ったとか、アクセントに使った技術云々。
俺は良く分からなかったが、ターリャは真剣にフンフン頷きながら聞いていた。
さすがは女の子って感じだ。
その他にも色々ターリャが訊ねているのを俺はアクビを噛み殺しながら見ていた。
さて、早くも一週間が過ぎた。
ターリャの依頼をいくつかこなし、旅の準備が整う。
しかし、初めての砂漠越えで準備に手間取ってしまった。
サンダルにターバンに水と砂が入らないようにするゴーグル。
馬具も砂漠用のものを購入した。
足が沈まないようにする魔法具に、体の周囲の温度を調整する魔法具。
砂漠というのは暑いイメージだけど、夜になると途端に極寒になる。
熱を保つものがないから全部空に逃げるんだとか。
「よし、こんなもんか」
水はターリャと、占い師から貰った水筒が頼りだ。
一応砂漠の中にオアシスもあると言うけど、道がないからたどり着けるかどうか分からない。
「ねぇ、トキ。こんな感じ?」
ためしにターリャが砂漠用の装備に変えてみた。
「キツくはないか?」
「大丈夫だけど…、砂漠って暑いって聞くのに、なんでこんな上着とか長いの?半袖とかの方が涼しいじゃん」
「確かに涼しいけどな、それだと日焼けしてあっという間にダウンする。それに昼は暑くても夜はすごく寒くなるんだ」
「なんで?」
キョトンとするターリャ。
気持ちは分かる。
俺も砂漠越えの説明を聞いたとき同じように「なんで?」って訊ねた。
「普通は雲や湿気で太陽からの熱が地上に留められるんだが、砂漠だと乾燥しすぎて留められずに全部空に逃げるらしい」
「変なの。逃げるのなら捕まれられれば良いのにね」
「本当にな」
そんな感じで繰り返し確認をし終え、残るは食料のみ。
「干し肉と干果実にパン。あとはなんだ?」
「砂漠に町とか無いの?」
「あるにはあるが、4日掛かる」
「4日?近いよね?」
ターリャが首をかしげた。
それに俺は首を軽く横に振った。
「あのなぁ、砂漠の4日はキツいぞ…。俺も体験はまだだが、普通の地面とはわけが違う」
「ああ、そっか。砂だもんね」
「そうだ。ああそうだ、後で地図と方位磁石も買っておかないとな」
「方位磁石持ってなかったっけ?」
ほらいつも鞄に下げている奴と指差した。
「買うのは砂漠用だ。砂漠にいる妖魔に磁石を狂わせる奴がいるらしくてな、普通の方位磁石はあてになら無くなるらしい」
「砂漠怖いな」
「でも行かないと聖域に辿り着けないからな」
「がんばろ」
キャラバンに合流出来れば迷子の心配はないんだが、あいにくこの時期は出ていないらしい。
タイミングが悪かった。
「さて、ターリャ。買い出しついでに食べに行くか」
「え!いいの?」
「ああ。明日にはここを発つからな」
「わかった!ちょっとおめかししてくるね!」
「え、なんで?」
俺の質問に答える間もなくターリャは着替えるために別室へと走っていってしまった。
「なんなんだ、いったい…」
買い出しを終えてターリャと食べに来た。
ターリャは始終ニコニコしてて、楽しそうだ。
「そんなにこの店嬉しかったのか」
来てすぐにターリャが羨ましそうにしていた二階建てのテラス付きのカフェだ。
明日発つから、今回ターリャも依頼を頑張ったご褒美として選んだのだけど、飛び上がるほど喜んでいた。
ターリャが楽しそうなら俺も楽しい。一石二鳥だ。
料理を摘まみつつ果実水を飲む。
酒は我慢。
「ふふふ」
「どうした?」
「なんでもな~い」
おめかししたターリャはだいぶ大人びていて、大きくなったなぁと心のなかで呟いた。
多分だけど、現代に例えるならば中学、いや、高校生くらいだろうか。
思い返してみれば、俺の人生は17で転換期を迎えた。
穏やかな平穏な日々は一気に遠ざかり、気を抜けば死を覗き込んでいたなんて洒落にならん日常で這いずり回っていた。
願うなら、ターリャにはそんな思いはさせたくない。
今の俺にとっての“大切なもの”だ。
宝物だ。
だからこそ今でも思う。
聖域に辿り着けるように全力で手助けする。
だが、もし聖域でターリャが嫌な目に遭うようなら全力で連れて逃げてやる。
逃げるのは得意だ。
だからこそ生き残っている。
夕焼けに染まる町並みをターリャが見つめている。
幸せになって貰いたい。
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