第89話『ターリャの狩り』
棍棒を振り回すボアベアがターリャに襲い掛かる。
大振りで力任せのその攻撃を、ターリャは一心不乱に避けまくった。
成長して歩幅が大きくなったお陰で、ターリャが容易に捕まることはなくなった。
だけど、相手は妖魔だ。
先回りされて棍棒による攻撃を盾で受け止めようとしたが、それを受けきる力が足りずに弾かれて地面を転がった。
ターリャは確かに強くなった。
強くなったが、まだまだ経験も浅いし、何より力がない。
それでもちょこまかと逃げ回りながらターリャは反撃の隙を窺っているのが分かった。
それに対し、ボアベアはすばやいターリャの動きに翻弄されてイライラが溜まりつつあったのか、しびれを切らしてあちこちの木に体当たりして木をへし折り始めた。
生木はしなるだろうに、そんなことはお構いなしと次々にへし折っていく。
やっぱり人を喰っているから更に凶悪になってるな。
人を食った妖魔は必然的に強くなる傾向があり、それは人間の魔力を食らうからだと言われている。
この世界の人間は多少なりとも魔力をもっている。
妖魔の中に魔石があるように、人間にも魔石があるからだ。
それを食って吸収すると増えるらしい。
ちなみに人間は石をそのままでは吸収できないらしいから魔石を売ったり買ったり加工したりして活用している。
まぁ、人間も魔力を補ったりするのにも魔石を使ってない訳じゃない。
水に長く浸して漏れ出る魔力を水に移らせたり、粉にして飲んだりとか。
しかし前者では本当にただの魔力補給しかできないし、後者は取り扱い危険らしく最高位の薬師しか持てない。
噂だとその人にあった魔石じゃないと毒になって、即死、もしくは腕が増えたり体が折れ曲がったりするって話がある。
あるが、それは素人が下手に手を出さないようにするためのデマで、本当は麻薬的な効果があるからと聞いた。
使えばもちろん魔力は上がるが、その代わりに人間としての何かが枯渇していって、最終的には廃人になるらしい。
俺は魔力ないし、溜めておく魔石も体内に存在しないから関係の無い話だけどな。
余談だが、ドラゴンは魔力が有り余っているからあまり人を食わない。
だってそもそもあいつらは魔力の塊の妖精が主食だから。
さて、話を戻すが人を食ったあのボアベアは力が通常個体よりも増している。
食った数は一人ほどだろうから見た目に変かはないけど、明らかにパワーがおかしい。
次々に木が折れていっているし、その際にできるであろう傷も見当たらない。
「うーん、結構固そうだな」
あの分だと急所を攻めるにしたって大変そうだ。
何せボアベアは毛が針金のように固いから。
隙を窺っていたターリャが音もなく木陰から滑り出て、ボアベアへと剣を振るう。
良い太刀筋だ。
だけど、ボアベアには効かない。
「むっ!?」
ギャリリと音を立てて剣が弾かれた。
『ブォオオオ!!!』
「!」
苛立ったボアベアが、ようやく姿を表したターリャに向かって棍棒を振り上げる。
さあどうする?
「ふっ!」
振り下ろされた棍棒が盾にぶつかった。
いや、正確には盾に張巡らされた厚い水の膜にぶつかった。
「ほう」
思わず感嘆の声が漏れる。
ターリャの方からドボンドボンと水面を殴るようなくぐもった音が響いてきた。
なるほど。確かにそれなら衝撃はだいぶ削られてターリャでも受けきれる。
それに水がクッションになるから盾も傷が付かない。
ダメージがターリャに通ってないことに気が付いたボアベアが激昂して更に攻撃を加えるが、ターリャはそれをうまく受け流していた。
というか、少し俺の動きに似ているな。
盾はあまり教えてなかったが、さすがに毎日見ていれば真似できるようになるか。
ガンゴンと強く叩き付ける度に棍棒にヒビが入っていく。
そしてそれが遂に砕けた。
バラバラと視界に広がる木片にボアベアが注意を向けた、その瞬間ターリャが動き、くるりと身を翻しながら狙いを定めた。
「たぁ!!」
ズドンと剣から水の玉が撃ち出された。
威力、大きさ、スピードに申し分無し。
水の玉がぶつかってボアベアが大きく仰け反った。
ダメージが浅い!!
「ふっ!!」
更に二発。
「とりゃあああ!!!」
最短距離を駆け抜ける為の水の帯を瞬時に生成し、ターリャは一気にそこを駆け抜けた。
勇ましく雄叫びを上げ、水の帯から跳躍する。
剣を構え、狙いを定める。
ドウッと、重い一撃が剣から放たれ、ボアベアはゆっくり仰向けに倒れた。
ボアベアの上に着地したターリャがボアベアの息を確認して、両腕を振り上げた。
「うおおおおお!!!勝ったああーーー!!トキ、勝ったよーーーー!!!」
「勝負じゃないんだがな」
苦笑しつつ、俺は隠れていた繁みから這い出て、ターリャの元へと向かった。
穴が開いたボアベアを解体して、討伐した証を回収する。
「なんというか、ターリャには剣よりも杖を買ってやった方が良かった気がする」
その方が更に威力も上がっていただろう。
「やだ。こっちのが慣れてるし、護身用にはこれの方が頼もしいもん」
「そうか」
初手大失敗かと思ったが、ターリャの言う通り、確かに剣を下げた女性に絡みにいこうとする輩は魔術師系の女性よりも少ない。
それに俺も近くにいるから今んところそう言った案件もない。
ただ、遠巻きに変な視線を寄越してくる奴は増えているようにも思う。
首から下げた魔法具のお陰でストーカーされることはないけど、俺の例もあるからこれからはもう少し気を付けないといけないな。
あらかた解体終わり、使えそうなものを回収し終えた。
「帰るか」
ズボンの土を叩いて立ち上がると、ターリャが「ねぇ」と声を掛けてきた。
「なんだ?」
「さっきの土饅頭には何があったの?」
「……」
さすがに誤魔化しきれないか。
「……ターリャにはまだ早いものだ」
そう言うと、ターリャはムッ!と眉間にシワを寄せた。
「トキ!もう私は子供じゃない!まだ一人前じゃないけど、冒険者なんだよ!守られてばかりじゃいけないでしょ!」
「だがな…」
「それにだいたい見当も付いてる……。…………人が食べられていたんでしょ?」
一瞬どうしようか思考を巡らせた。
だけど、ここで変に誤魔化せばダメな気がした。
「……そうだ」
「なら、埋めに行かないと。エサじゃなくて、人間として埋葬してあげなきゃ」
驚いた。
まさかそんな言葉が出てくるなんて思わなかった。
そうだよな。
俺はこの世界で死体を見すぎて、そういった考えが麻痺していたらしい。
「そうだな……。そうしてやろう」
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