第81話『多分、奴は途中で忘れてる』
ドタンバタンと激しい音がして、静かになった。
なんだ?なにがあった?
相変わらず景色がグルグルでなにが起こっているのかが分からない。
かろうじて音だけが聞こえているが、残念ながらそちらも少しくぐもっている感じに聞こえている。
だが、その人物が俺を見てなにか話し掛けて頬を叩いているのだけ分かる。
「───ぇ、─ふ───ゃな──! ぉ─、────ょぶ─?」
いかん。
耳までおかしい。
多分大丈夫か?とかそんな質問されている気がするが、声さえ出ない。
ほんとなんだこの魔法。
時間が経てば経つほど酷くなってるぞ。
吐き気は無いのがマシではあるけど。
さっきの注射も気になるけど、この眩暈はいつ治るんだ。
しばらく気配が消えて、また戻ってきた。
さっきの人か?
「──────」
なにかを話し掛けられて体が持ち上げられた。
どうしよう、これカラスの仲間とかじゃないよな。
ガクンガクンと体が揺れて移動している。
しばらく揺らされているとようやく景色が正常に戻ってきた。
そこでようやく誰が俺を運んでいるのかわかった。
オーモダズィだった。
音も戻ってきてしきりに俺に「しっかりしろ」と話し掛けているのが聞こえてきた。
良かった。
魔法が切れてきたらしい。
「……ぉ……もだ…ずぃさん……」
よし、声も出てきた。
そこでようやくオーモダズィがこちらを見てホッとしたような顔をした。
俺を背負っているのに歩く速度が上がった。
「安心しろ。さっきの奴らは応援呼んで捕縛してもらった。今診療所に向かってるから、後少し頑張れ」
「……わか…た」
診療所に着き診察を受ける頃には、だいぶ体の調子も戻っていた。
若干の違和感があるものの大したことではない。
強いて言うなら、注入された薬がとても気になるくらいか。
しかしそれもすでにその場面を目撃しているオーモダズィによって医者に報告され、早々に血液を抜かれて調べられている。
「……油断したなぁ」
いけると思ったんだけど、甘かったな。
トイレから戻ってきたオーモダズィが俺の隣にどっかりと腰掛けた。
「ったく、心配させやがって。
たまたまオレが騒ぎを聞き付けて駆け抜けたから良かったものの、あのままお前さん人間として終わってたかもしれないぞ」
「それはどういう…」
ガチャリと扉からお怒りの医者がやってきた。
「全くなんてものを注入するんだ」
手には解析結果の紙。
そこから医者が説明を始めた。
俺が打たれたのは中毒性の高い薬(わりとヤバイ)で、アイリスの奴隷商人がよく使うものらしい。
最初の一本だけなら効果が切れた際にとても具合が悪くなるくらいだが、定期的に打たれることで薬がないとまともに動けなくなるらしい。
さらに一気に大量摂取だと下手したら廃人になっていた可能性もあると。
話を聞いてゾッとした。
「あとこれはめんどくさい効能もついておってな。手を出してみ」
「はい」
手を出す。
医者がオーモダズィに何かを耳打ちし、オーモダズィが「は?」という顔を医者に向けた。
医者が俺に向き直り、ナイフのようなものを渡す
「それで腕を刺しなさい」
「わかりました」
え?と思う間もなく口が勝手に返事。
そのままナイフを医者に向けた手に振り下ろす。
だが、ナイフの刃は刺さる前にオーモダズィの羽交い締めによって止められた。
オーモダズィが医者に困惑しながらも叫んだ。
「おい!先生これはどういうことだ!?」
それを医者が軽く肩をしかめてみせ、俺の手に握られたナイフを掴んだ。
「手を離しなさい」
「はい」
またしても勝手に従う体。
ナイフは医者の手に渡り、刃先を弾いた。
コンと軽い音がする。木製か?
「偽物だよ。気付かなかったろ?それに体が勝手に動かなかったかい?」
「……動きました…」
先生はナイフを机に置いた。
「ビグナルという名前の薬だ。アイリスではビーニャルという名前らしい」
「
なるほど、文字通りにする薬ってわけか。
恐らくこれでターリャの居場所を聞き出すか、言うこと聞かせて連れてこさせ、最終的には廃人か自殺を装って殺す気だったのだろう。
胸くそ悪いという顔でオーモダズィが吐き捨てるように言う。
「……そんな効果もあったとはな。けしからん没収して正解だった」
「ところで俺は大丈夫なのですか?」
一本打たれてしまったけど。
「なに、三日程度で効果は消える。その際に相当気持ち悪くなるだろうけど、鎮静剤を処方しておくから飲みなさい。多少楽にはなるでしょう」
「わかりました」
良かった。
「とするとその三日間は閉じ籠った方が良さそうだな。自分の意に反して体が動くなんて怖すぎる」
「わかりました」
じゃない。
「いや、明日には街を出ようかと思ってまして。それならターリャと馬だけですし、心配は要らないと思います」
「そうだったのか!ならそれまでオレがサポートしてやろう」
「いえ、悪いです」
「遠慮するな!これも何かの縁だからな!」
「わかりました」
ああああ!!!薬の効果が!!!
「よし!まずは旅支度だな!幸いオレはもう仕事は終わりだ!」
魔術師複数人と戦う時の注意点なんかを道すがら教え込まれた。
あとついでに俺に魔力が無いのがバレた。
「嘘だろ!!!?魔力も無いのになんであの攻撃を???」
「あー、この盾の能力だよ。俺のじゃねぇ」
あーあーあー、勝手にペラペラ喋りやがる。
「そうか。ならお前さんはしっかり魔力対策をしないといかんぞ。魔力が無いなら最低限の魔力防御膜すら無いんだからな」
魔力膜とは、魔力がある人間が体外に放出している魔力でできた膜みたいなもので、これが不可視の鎧になって魔法攻撃の効果を弱めてくれる。
特に精神攻撃系。
しかし俺は全く無いので、抵抗もできずに直撃したらしい。
ちなみに膜があると攻撃されているのに気が付くとか。
羨ましい。
「そっすね」
「金あるならオレが良いの紹介してやるか?身に付けているだけでもだいぶ違うぞ」
「そっすね」
もう勝手にしてくれ。
そうしてオーモダズィの護衛(と本人は言い張っている)のもと、買い物を済ませ宿へと戻ることができた。
明日出発の途中まで着いてくるとのこと。
本当に好き勝手してるな!!
支度を終えて、のんびりしていたターリャが帰ってきた俺に気が付いて駆け寄ってきた。
「お帰り!遅かったね、なにかあった?」
「まぁ色々とな」
「ふーん」
詳細な言葉で言われなければ俺の体は反応しないらしい。
ターリャはそうなんだ、と興味を無くしてベットに戻ろうとしたとき、俺が持っている袋に気が付いて目を輝かせた。
「わあ!!!タッキー(肉の揚焼き)?? 最後の日だから奮発したの?」
「そうだな。薦められるままに買ってしまった」
オーモダズィめ。
薬の効果聞いてただろ、忘れたのか。
袋の中を覗き込んでターリャが嬉しそうに笑う。
「ターリャこれ好き!ありがとう!!」
「……ああ、どういたしまして」
ま、ターリャが嬉しそうだから良しとするか。
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