第75話『腕試し大会④』

 ただいま舞台の修復作業を行っております。

 完了するまで少々お待ちください。


 と、ウグイス嬢がアナウンスしている。


 そして今、俺は会場を取り仕切る職員にしこたま怒られていた。

 いくら修復可能とは言え、限度と言うのがあるでしょうと。

 まさしくその通りだったので『はい。すみませんでした。』としか言えなかった。

 恥ずかしい。


 というか、よくよく冷静に考えてみれば、ドラゴンを負傷させるほどのダメージチャージを一気に解き放つんだから、あのくらいの衝撃になるんだよな。

 今までドラゴンにしか放ってこなかったし、地面に向けて放ったの初めてだったから失念していた。

 次から気を付けよう。

 少なくとも地面に放つのは止めよう。


 心底反省して待機室に戻ると、参加者からさらに距離を置かれてしまった。

 纏わりつかれるのも嫌だったけど、こう変に距離置かれるのも悲しいな。

 村生活をちょっぴり思い出してしまった。








 リヨンドは呆然と椅子に座り込んでいた。

 何あの攻撃。

 剣先を地面に着けた瞬間、舞台が割れるなんて誰が思うかよ。

 しかもこれが本当の氷魔法の使い方だと言わんばかりの威力。


 今は魔術師総動員で復旧作業にあたっているけど。


「ありゃ、どう逆立ちしてもドルマンが勝てる相手じゃなかったな」

「だな」


 俺の意見に友人が同意してくれた。









 儂はしがない修行者。

 名をソウギョと言う。

 遥か南のハーバード国からやってきた旅人だ。

 今回立ち寄ったこの国で面白い催し物があると聞いて参加してみたのだが、まぁなんと皆遅いものよ。

 遅すぎてアクビが止まらん。


 そんな儂の次の対戦相手は今目の前でしょぼくれておるこの角付きの武者。


 先の試合で舞台を破壊して職員に説教されたとい聞いた。

 どんな壊しかたをしたのか確認するために、わざわざ観客席まで上がって舞台を見て驚いた。

 いったいどんな技を繰り出せばこうできるのか。

 先の試合を下らないと見なかったことを今更ながらに悔やんでいる。


 今は全く覇気がないが、こやつは間違いなく強者だ。


「そこの者」

「? 俺ですか?」


 角付きが顔をあげる。

 ふむ。

 口元しか見えんが、凛々しい骨格だ。


「次の試合、互いに楽しもうぞ!」

「? ありがとうございます??」


 手を出すと握り返す。

 握力もなかなか。

 これは楽しめそうだ。


「ではな!」


 角付きに手を軽く振り、一足先に待機室を後にした。








 明らかに異国の人に話し掛けられたが何を言っているのか全然解らなかった。

 訛りどころじゃない。

 解読不能。

 明らかにアイリスやウンドラのある北方地方の言葉じゃなかった。

 というか、共通語じゃない。

 どこの言葉だ。

 というか、服もすごい。

 まるでジャングルの鳥のような派手な格好をしていた。


 よく解らないながらも返事をしていたら、その男がニカリと笑うと握手を求めてきた。

 困惑しながらもので応じたら、男は満足したのか一言残して去っていった。

 一体なんだったんだろうな、あの人。


「というか、何て言ってたんだろ???」












 舞台の修復が完了して、前の組が戦い終えるとすぐに呼ばれた。


「さて、来たか」


 角付き。ザウスが現れる。

 先ほど待機室で見た時は覇気の欠片もなかった男だが、みよ、今は猛者だ。

 儂には解る。

 こやつは恐らく地獄を知っているものだ。

 人を殺めたことのあるものだ。

 自身の死を覗き込んだことのあるものだ。


 自然と笑みが浮かぶ。


「今度こそ楽しめると良いのだがな」


 司会が「試合開始」と宣言し逃げた瞬間には、儂は小刀を放っていた。

 その数、6つ。


 一回戦目ではこれで相手が負傷して下らない試合になったが、ザウスは何事もないように弾いた。

 このくらいできてもらわなければ困る。

 舌舐めずりして、足に力を入れた。


 地面にヒビを残して景色が様変わりする。


 伸びる。

 歪む。

 消える。


 狙いを定めるザウスの姿だけがしっかりと風景に残されている。


 秘技、蜂鳥舞い。


 縦横無尽に駆け回り、相手を翻弄して疲労させ、止めを指す。

 幼い頃より鍛えたその足に、他国のものは追い付けぬ。


 クツクツ笑いながら、ソウギョは腰の刀を抜いて襲い掛かった。

 まずは背中。

 弾かれる。

 腕。

 弾かれる。

 ならば足。

 避けられる。

 頭上。

 受け流される。


 うむ。

 なかなかに反応が早い。

 ならば!


 さらに速度を上げた。


 するとどうだろう。

 さすがのザウスも盾が鈍り始めた。

 それもそうだ。

 そんな大盾、早く動かすのには向いていない。

 背中を蹴り飛ばしてみせると、ザウスは一瞬地面を転がったが、すぐに立ち上がり構えた。


 ……ん?


 その姿に違和感を覚えた。


 こやつ。

 盾を一体どこにやった??


 投げ捨てた様子もなければ、仕舞う動作もない。

 突然姿を消した盾に意識が持っていかれたが、そんなの些細な問題だとソウギョは考えるのを止めた。

 むしろ丸腰なら儂とやりあえると思ったのか??


「はぁ!!!」


 乱れ突き、切り刻み、回転蹴りに足払い。

 ありとあらゆる攻撃を仕掛けた。


「…おお?」


 並みの相手なら、付いてこられない速度。

 目が追い付けても体が反応しないこの速度で、ザウスは見事にソウギョの攻撃を受け流していた。

 刀の攻撃は腕の鎧で受け流している。

 そうか、竜種装備は刃物に強い。

 そこらの武器では薄い傷しかつけられない。


「ははっ!」


 ソウギョの体は歓喜で震えた。


「愉快だ!ザウスよ!さらに楽しませてくれ!!!」


 周りからみればソウギョとザウスは舞を舞っているかのように見えるだろう。

 ああ、楽しい。

 こんなにも心踊るのは初めてよ。


 ソウギョは思う。

 なるほど、そうか。

 熟練者同士の戦いが美しいのは、こういうことだったのか。


 ソウギョは感激した。

 初めてその域に達したことを喜んだ。


 このまま舞っていたくなる。


「これが儂が求めていた──」


 突如現れた黒い壁。


「──あ?」


 ズガンとしこたま頭を打った。

 目の前で火花が散っている。

 なんだ?今のは何が起きた???


 ぐるんと視界が空を向いていくなか、黒い壁の正体がかろうじて視認できた。

 それは、ザウスの消えていた盾であった。

 まさか、いきなり現れるとは。

 避ける暇も無かったではないか。


「油断してい……」


 た、まで言いきることのできぬままに、ソウギョの意識は吹き飛んだ。








 物凄い速度で戻した盾に顔面から突っ込んでいってしまい、内心焦った。

 衝撃だけなら、軽く自動車と事故っているレベルである。

 慌てて仰向けで白目を向いているソウギョの息を確認したら生きていた。


 恐る恐ると司会がやってきた。


 そしてソウギョの意識を確認して、俺のもとへ。


「勝者!ザウス!!」


 ワッ!と歓声が上がる。

 勝った。


 とうとうここまで勝ち上がった。

 次の試合が決勝戦だ。


 特別観覧席にいるであろうターリャに視線をやった。

 待ってろターリャ。

 必ずティアラを手に入れるからな!

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