第74話『腕試し大会③』

 ザルスが退場し、ドルマンが担架で処置室に運ばれていっても会場はざわめき立っていた。

 そりゃそうだろう。

 あまりにも試合があっさり終わってしまったのだから。

 しかも決め手がドロップキックである。

 ざわめき立つのも仕方ないと言えよう。


 もちろんリヨンドも困惑していた。


「ドルマンって、あんな弱かったか?」


 冒険者内でもそこそこ強いと名前が知られていた。


「いや、生き残り戦ではわりと良い動きしていたと思ったんだが」


 上から全部見ていたリヨンドと友人は二人揃って首を捻っていた。


「もしかして力みすぎたか?」

「かもしんねぇな」








 一戦目を見ていたハバナは面食らって唇をぴくぴくひきつらせた。


「えーと、ターリャさん。トキ様はああいう攻撃を良くされるのですか?」


 人間、顔面グーパンはよく見る光景だが、顔面蹴り飛ばしはそうそう見ない。

 なのにターリャは何事もないように言う。


「うん。トキは初擊が大事だって言ってた。あと、人間の顔は急所の集まりだからそこ狙うとすぐには追いかけてこられないって言ってた」

「喧嘩番長か何かですか…」


 確かに利には叶っているけれど、躊躇しないところを見ると慣れているんだと推測できる。

 トキ様は盾のような守りよりも、特効が向いていそうだなと、ハバナは思った。












 待機所。


 近くにあった椅子に腰掛けた。

 とりあえず一戦目は終わった。

 あっさり勝ってしまったから変な感じだけど。


「ここ観戦モニター無いんだな」


 待機室にあるような、現在進行形の試合の様子を写し出すモニターが無いかと探してみたけど、そんなものはなかった。

 暇だ。

 暇すぎて寝そう。












 次の相手はザルスとかいう男らしい。

 確か、開会式にゲストとして前に出されていた奴だよな。


 そんなことを思いながら、魔術師を生業としているムイは階段を上がった。


 この大会に出たのは二回目だ。

 前回は生き残り戦で敗退したけど、今回は無事に生き残って栄誉のトーナメント一回戦目を勝ち上がった。


 一年間の努力がしっかり出るのは楽しい。

 できることならこのままガンガン上がって優勝したい。


「その為にはしっかり準備しないと」


 水分補給の為に一旦待機室から観覧席に上がって水を買い、飲みながら戻ってくるとザルスが壁際で座ったまま寝ていた。


 他の参加者はそれを遠回しで見ている。


 何でこんなところで爆睡できているのこの男。

 緊張感皆無か。


「……こんな男に負けたくないわー」


 むしろこのまま起き無いように睡眠魔法でも掛けておく??


「ムイ様、こちらにお越しください」

「ちっ」


 掛け損ねた。


「命拾いしたわね」


 でもいいわ。

 試合で私の踏み台にしてやるんだから。










 第二回戦。

 ムイVSザルス。


「なんだ。ちゃんと起きちゃったのか」


 そのまま寝過ごして不戦勝が良かったけど、職員が起こすからそんなことはそうそう起こるわけもない。

 楽して勝ちたかったけど、しょうがない。


 いつも通りに、冷酷に、殺さない程度にやっつける。


 杖を取り出した。


 ムイの準備が整ったのを見て、司会が旗を構える。


『各自準備ができたかい!?それでは!第二回戦、ムイVSザルス…試合ぃぃーー……開始ッッッ!!!!!』


 杖を構えて呪文を唱えた。


「ファキ ギョー ヌチャ!!」


 杖を地面に叩き付けると、地面から氷が勢いよく飛び出してザルスへと向かっていく。

 それを盾で受け止めるザルス。

 こんな攻撃で仕留められるとは到底思わなかったムイは更に氷の塊を出すと、勢いよく回転させて速度を上げた。


「まだまだいくよ!!」


 波状攻撃で反撃の隙を与えない。

 四方八方から攻撃を加えて動きを縫い止める。

 その間にムイはもう一つの魔法を構築した。

 ザルスの足元にだ。


「ふっとんじまえ!!」

「!!?」


 ザルスの足元から巨大氷柱が空へ向かって突き出した。

 その衝撃でザルスの体は高く弾きあげられた。


 本来ならこれで終わりだけど。


「うわー、反応速度たっかいなぁー」


 ザルスは氷柱が体にぶつかる前に盾で防御していた。

 ま、盾職ならできる奴もちょいちょいいはするけど。


「でもこれはさすがに無理でしょ?」


 空中にいるザルスの背後に氷塊を複数生成。

 それを勢いよくザルスへと放った。


「ふっ!!」


 しかしこれもザルスは盾で防御した。

 よく空中であんなにも動けるなと感心したけど、さすがに氷の勢いまでは止められなかったようで。

 ザルスは氷塊の勢いも加わって、物凄い速度で地面の氷柱に激突した。

 会場から悲鳴があがる。


「あっちゃー。さすがにやりすぎちゃったな??」


 竜種装備は刃物や魔法攻撃の耐性は高いけど、打撃なんかの耐性は低い。

 ましてやあんな速度でぶつかれば、打ち所によっては即死。

 運が良くても戦闘不能は避けられない。


 とはいえ、大会中は死なないから手加減しなかったんだけどね。


 ザルスが突っ込んだ衝撃で地面の氷柱が木っ端微塵に吹き飛んで、周りは氷の粉で靄が掛かっている。

 動く気配はない。

 私の勝ちだ。


「司会者ー!ほらほら、早く勝利宣言──「……あー、ビックリした……」──を……?」


 ボコンと砕けた氷塊を持ち上げて、影が起き上がった。

 嘘でしょ??


 靄が晴れていく。


 そこには無傷のザルスの姿が。


「……化けもんかよ」


 何で無傷??攻撃が当たらなかったのか??と思念がぐるぐる回っている。

 頭は大混乱で真っ白。

 一つだけ解るのは、ザルスはヤバい奴ってことだけ。


 杖を構える手が、無意識に震えている。


 ザルスはゆっくりこちらへ歩きながら、空いた方の手を盾に添えた。


「じゃあ俺も、反撃、といたしますかね」


 スラリと、盾の上方から剣を抜いた。


「……は?」


 なにそれ。

 その場所には何もなかったじゃん。

 どこにそんな剣を収納していたの??


 見えなかった剣がギラギラとした光を放っている。


「結構な衝撃だったから、一応手加減はしておくよ」


 女の子だし。とザルスが言い終えると同時に地面に剣先を着けた瞬間、舞台が割れた。

 目の前の光景が信じられない。

 ガラガラと音を立てて舞台が軋み、凍り付いていた。

 しかも見た感じ、氷柱も生えてないか?


 ぺたんと、からだが勝手に座り込んでしまった。

 勝てない。

 私じゃどうやっても勝てない…。


 ザルスがこちらにやってきた。


 殺られる。

 ブルブル震えていると、ザルスがしゃがんで困ったような声でこんなことを言った。


「降参してくれるか?」


 その言葉に、口が勝手に動き出した。


「……降参します…」




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