第11話『フライパン2号』

 

「はぁー!食った食った!」

「お腹いっぱい!」


 一日くらいなら贅沢しても良いだろうと言うことで、初めてお腹いっぱい食べたあと、ターリャはプリンを食べて感動していた。

 そうして風呂付きの宿屋に泊まることにしたのだ。


 今は借りた部屋のベッドに仰向けで転がっている。


 15年ぶりにベッドらしいベッドに横になってるよ。

 俺、涙出そう。

 実家のベッドはもう少し柔らかかった気がするけど、そんなことは大した問題じゃない。

 木の板の死ぬほど硬い“ベッド”ではなく、ちゃんとした“ベッド”に横になってる。

 これが重要。


 服も髪もきちんと整えたからか、視線がそこまで刺さらなくなった。

 服って大事だな。


 ああ、満腹で横になったら眠くなって──…、いかんいかん!!!


 慌てて飛び起きる。


 せっかく風呂付きを借りたんだ。

 使わなくてどうする。


「ターリャターリャ」

「しあわせぇー」

「眠たいのは分かるが一旦目を開けなさい」

「んんー?」

「お風呂入ろう!」

「ふろ?」


 勿論一緒に入ることはないが、ターリャが風呂というものを分かってないらしく説明がてら手伝うことにした。


 白い薄着を着たターリャがお湯を張った風呂に手を入れる。


「あったかい」

「お風呂初めて?」

「うん!」


 いつも何で体洗ってたんだろう。

 俺と同じ川か、それとも濡らした布地で拭うやつだったのか。


 そもそもお風呂はここでは贅沢品だ。

 頻繁に入れるものではない。


「まずは頭と体を洗ってからだ」


 ワシワシワシとターリャの髪から泡が立つ。

 泡たてる度に「う、う、う、う、」と変な声出すから「いたいか?」と訊ねたら「面白い!」と返された。

 何が面白いんだ。


「目をつぶれー、目に入ると痛いぞー」

「きゃー!あははははは!!」


 石鹸を流して、髪の毛に香油を塗って染み込ませる。

 この世界はシャンプーリンスがないから、女性は香油を最後に染み込ませて軽くゆすぐらしい。

 大変だな。

 しかも地味に高い。

 体洗うときに泡が付かないように髪の毛を上でまとめて結ぶ。


「はい。あとは自分で体を洗って、しっかり泡を流してからお湯に浸かるんだ。流し残しがあるとお湯が大変なことになる。出来るか?」

「できる!」


 これで俺の仕事は終わり。

 あとはターリャが出てきたら俺の番だ。

 はぁー、楽しみだなぁー!


 と思って部屋に戻ってたらすぐに呼ばれた。


「ねぇー!トキー!」

「なんだ? うわっ!おバカ!服着なさい!」


 ベランダの扉を開けたらすっぽんぽんで泡だらけのターリャがいた。

 服は無造作に泡だらけになってお風呂の近くに捨てられてた。


 泡をだらけターリャが垢擦りタオルを付き出す。


「尻尾洗って!」

「は?自分で出来るだろ?」

「洗って!」

「……」


 ターリャさん。

 あなた少しワガママになってません?


「…はいはい」


 タオルを受け取って座らせる。

 そして尻尾を手に取り、理解した。


 なるほど。

 鱗が硬いからターリャの力だと綺麗に洗えないのか。

 これは尻尾用のブラシでも買うか。


 丁寧に、かつしっかり磨き上げるとターリャは満足して湯船に浸かった。


「んふ、んふふふふふふふふふふ」


 教えた通り肩までしっかり浸かるターリャ。

 気持ち良すぎて含み笑いが止まらないらしい。

 分かるぞその気持ち。




「出たよ!」

「あいよ!」


 そしてバトンタッチ。


「はぁぁー……。みる……」


 ホコホコと湯気が立っているお湯は極上だった。

 ターリャの次だから少し温いけど十分に幸せだ。


 なんだこの幸せ。

 天国か。


 天井の隙間から見える空をしばらく呆然と眺め、ふとなんともなしに視線をずらすとターリャがドアップ。


「うおあ!!??」


 ターリャがいつの間にか隣で俺を至近距離で見ていた。


「ターリャ!?いつからそこに!!??」


 思わず股間を隠そうとして、薄着着ているの思い出した。

 けど気まずいので姿勢を変える。


「んー、さっき?」

「どうした?なんか用か??」

「別にぃ?」

「???」


 暇だったのかな。


「ターリャさん。俺の鞄にある干し葡萄食べてて良いから部屋に居よっか」

「えー、わかった」


 素直に部屋に戻っていったターリャ。

 心臓が飛び出すかと思った……。






 満足するまでお湯に浸かれて幸福感いっぱい。


「ターリャは寝てるか」


 さすがに疲れたのだろう。

 まだ夕方だけど、ターリャはベッドでスヤスヤ眠っていた。


「ふああ…。俺も寝るか…」


 ここ数日きちんと寝てなくてもう限界だった俺は、布団に入った瞬間に眠りに落ちていった。










 ── 『  北へいけ  』






「うわあああ!!!!?」


 思わず飛び起きた。

 パニックになりながら体中を確認して、……なにも無いことに安堵する。


「……夢か…」


 とんでもない夢を見た。

 こんな素晴らしい寝床であんな夢を見るとは最悪すぎる。

 もうどんな夢だったか忘れたけど。


 隣ではターリャが幸せそうに眠っている。

 良かった起こさなくて。


 再び横になる。


 夢は覚えてないけど、頭に言葉は残っていた。


「……北へか…。望んでいたものは手に入ったと思ったんだけど」


 あの白い影はまだ北へ行けと言う。

 朝になったらギルド登録しに行こうと思ったけど、先に北へ確認しに行った方が良いかもしれないな。


 用が終わるまではここを拠点にして、北をブラブラ散策すれば良い。


 窓を見ればまだ真っ暗だ。

 良い感じに微睡み始めたので、俺は二度寝した。





 朝。

 宿屋を引き払い、屋台で買った朝食を頬張る。

 塩漬け魚のフライをパンで挟んだものだ。


「今日は何するの?」


 口回りに食べかすを付けたターリャが訊ねてきた。

 壁に寄り掛かりながら手に付いたソースを舐めとると答えた。


「せっかくお金が手に入ったからな。装備を整えてもう少し北の方に進んでみる」

「バックは?」

「ちゃんと戻ってくるさ。行ったり来たりするの」

「じゃあまだお魚食べられるね」


 嬉しそうなターリャ。

 そんなに魚のフライが気に入ったか。

 なら、ここで預け先を探すのも良いかもしれないな。

 ここで暮らせば魚はずっと食べられるし。

 俺みたいな野郎といるよりはずっと良いだろう。


 腹ごしらえを済ませ、旅道具を購入した。

 といってもだいたい俺の防具と、古くなってがたついていた道具を取り替えただけだけど。


「ふむ。こんなものか」


 完全に同じとはいかなかったけど、ある程度似たもので揃えた。

 これならもう少し無茶が利く。

 あとは、盾。


 武器屋に行って盾を見てみた。


「そういえばフライパンどうしたの?」

「グレイウルフの牙で穴開いたから捨てた」

「あーあ」

「あーあだよな。上等だったのに」


 とても使いやすかった。

 でも壊れたのなら仕方がない。


 さらっと見てみての感想は微妙だった。


 格好いいと思うものはいくつかあったけど、なんでか『これじゃない』みたいな感じで体が拒絶する。


「ありがとうございましたー!」


 仕方がないので、前のフライパンと同じものを購入した。


「結局フライパンだね」

「なんだかんだで一番使いやすい」


 防げるし殴れるし焼けるし煮れる。

 もういいや俺。

 フライパン使いフライパーナーになるわ。


 そんなこんなで旅支度が完了し、北の森にやって来た。


 特に何も起こらずに黙々と薬草やキノコを採取し、夜になるとご飯を食べて寝る準備。

 今回は一定範囲内に動くものを感知すると震えて教えてくれる魔法道具の腕輪を購入したので仮眠が取れる。

 お金があるって最高だな。


「ターリャ寝るぞ~」

「はーい!」


 すっかり野宿に慣れたターリャがマントにくるまって地面に横になった。

 その横に俺も寝そべる。


 ……なんだろう。

 とても不本意だけど野宿がしっくり来るな。


 木々の間から見える星も、森の中で聞こえるフクロウの声も、だんだんボヤけて夢の中へ。






「ねぇ、トキ」


 しばらくして、突然ターリャが起き出して俺を揺すり始めた。


「トキ起きて、誰か呼んでる!」


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