第2話『女の子の保護者になりました』

 海辺の洞窟で黄昏る。

 潮の香りが心地よい。


 ははは、まさかまたここで生活することになるとは…。

 もう。乾いた笑いしか出てこない。


「はぁーーー」


 この洞窟は異世界に来た当初、逃走の末隠れ住んでいた始まりの拠点だ。

 そして嫌なことがあった時に秘密基地的な感じで過ごす、そうだな、癒しの場みたいな?


 幸いにもここには万が一の為にと色んな物資を隠しているから、しばらく生活に困ることはないだろう。

 自慢じゃないけど、サバイバルには自信があるんだ。死にはしない。


「とはいえ、奴らがこれで嫌がらせを終わらせる保証はないんだよな…」


 全く、なんて世界だ。

 もう、この世界の人と関わるのはよそう。

 ますます人間不信になる。


「はぁ…、腹へったな…」


 ひとまずは腹拵えをしないと。


 釣竿と釣った魚が入ったバケツを手に取り洞窟へ向か──、んん?

 視界の端にチラリと見えた“人のようなもの”。


 なんだ?

 振り返ってみると、海に髪の長い女の子のようなものがプカプカと浮かんでいた。


「おおおおお!!!??」


 竿とバケツを放り投げ、すぐさま海へと飛び込んだ。


「ぶはっ!おい!大丈夫か!?」


 女の子の反応はない。どうやら気絶しているらしい。

 岸へと運び上げて呼吸、脈を調べる。

 脈はあるけど、呼吸がない。

 えーと、こういうときは……。


「…………あれしかないわな…、ちょっと失礼します!!」


 女の子の顎を軽く上げて人工呼吸。

 良かった、バイトの研修で心肺蘇生法習っててほんっと良かった。


 ふーっ!ふーっ!と数回酸素を吹き込むと、ビクンと女の子の体が跳ねて、激しく咳き込み始めた。

 横向きにしてやると水を吐き出している。

 しばらくもがいて水をたくさん飲んだのか。苦しかったろうに。


「はぁ…、げほっこほっ」

「大丈夫か?」


 女の子は頷いてこちらをみた。

 あれ?この子。


 綺麗な黒髪に、分け目から見える額に鱗。黒目は縦長で…。

 チラリとお尻の方をみると蛇みたいに長い爬虫類系の尻尾が生えてた。

 稀少種の獣人か。

 そして首輪と手錠が嵌まっている所をみると、奴隷か、ペットか見世物か。


「怪我はないか?」

「……足が痛い…」

「足?」


 見てみると、足の裏がボロボロになっていた。

 もしかしてこの子裸足のまま砂利とか森の中走ったのか。

 で、今は海水まみれと。


「足、ちょっと冷たいぞ」


 水筒の水を掛けてやる。

 これだけでも痛みは和らぐだろう。

 消毒もしないと。


「助けてくれてありがとう」

「さすがに人が浮いてたら助けるさ」

「ううん。その前」

「その前?」


 俺なんかしたっけ?その前に会ったことないと思うけど。

 頭をフル回転させてみたけど、こんな可愛らしい女の子に会ったことはない。


「私を引っ張る人を転ばせてくれた」

「……んん??」


 なんの事と思った瞬間、ハッとした。

 そういえば昨日商人とぶつかって転がしてしまっていた。あの時なにかが逃げたとかなんとか言っていた気が…。


 こいつか。


「ぶつかって良かったっぽいな」


 女の子は首をかしげる。

 可愛いなおい。


「へぷしっ」


 女の子がくしゃみをした。 

 おっといけない。まだ夜は冷えるんだ。

 かといって怪我してるから歩かせるのもな。


「暖かいところに運ぶから、ちょっと我慢してくれよ」

「…わわっ!」


 女の子を横抱きにして、洞窟に連れていく。

 できるだけ傷が砂にまみれないように布の上に座らせ、すぐにランタンを点けると火を熾した。


「今お湯作るから、それで後で体を拭きな。着替えはどうしようか…」


 俺のを貸すわけにもいかないし。

 そう思ってたら盛大なお腹の音が聞こえた。俺のではない。

 女の子は顔を真っ赤にしていた。

 なんだか可笑しくなった。


「いや、その前に腹拵えだな」


 釣った魚を焼いて、塩で味付けした。

 それだけの粗末な食事を女の子はむしゃぶりついていた。

 相当お腹すいてたんだろうな。見たところ、10歳前後。

 ちょうど成長期真っ只中だ。

 あっという間に一匹平らげた。


 でもまだお腹の虫は鳴ってるな。


 女の子は名残惜しそうに魚を刺していた木の枝を見詰めていたから、ちょうど焼けた焼き魚を女の子に差し出した。


「え」

「俺はさっき食べたからな、これ全部食べていいぞ」

「いいの?」

「遠慮するな、どんどん食え」


 女の子は顔を明るくして魚を受け取った。

 空腹の辛さは身をもって知っているからな。

 俺は食ったと嘘を吐いて魚を全部あげた。


 満足げに舌舐めずりしている女の子。

 そういえば名前を聞いてないな。


「名前は何て言うんだ?」

「名前……、ターリャって呼ばれてた」

「ターリャか。珍しい名前だな」


 この国での北の女神の名前だ。

 水の神でもある。

 あまり神様の名前を付けるのは良くないって言われているんだけど、人間じゃないなら問題なしって事なのかね?


「ん」


 ターリャが俺を指差した。


「名前教えて」

「俺か?俺は北城辰也っていうんだ。トキでいいぞ」

「トキ。いいね、響きがいい」

「そんな褒められたの初めてだから照れるな」


 ここにいる人には、変な名前と不評だったけど。


「さて、お湯も沸いた事だし、俺はすぐそこで傷に効く薬草を採ってくるから体を拭いておきな」

「すぐ戻る?」

「戻るとも」

「ん、わかった」

「着替えは、悪いけど俺の上着を置いておくから今晩はそれで我慢してくれ。じゃ、行ってくる」


 できるだけ綺麗な布を渡すと、ランタンを持って洞窟を出た。





「……む?」

 

 何かの気配を察してランタンの灯りを消した。

 即座に身を屈めて草むらに身を潜める。

 目をつぶって耳に集中すると人の声と草を掻き分け踏みつける音が聞こえた。

 

「…………やつ…、ぜっ………まだ近く…って」

「……だな。…トキのや……てってー的に………」

 

 セドナと、仲間とは違う取り巻きの声だ。

 トキって聞こえたからきっと俺を探してるんだろう。

 

「…ちっ、暇人め…」

 

 俺の事嫌がらせしている暇があったら仕事しろよボンボンめ。

 なーにが英雄の甥だよ。おまえなんかなんもしてないだろうが。

 

「……行ったか」

 

 足音が遠ざかっていった。

 暗闇に慣れた目で薬草を探り当て、いくつか採取する。

 

 ここも安全じゃなさそうだな。

 見付かったら何をされることやら。

 

「明日には出ていこう」

 

 そうだ。別に無理してこの町にいなくてもいいんだ。

 こうなったら隣街にいって新しい生活を始めよう。

 なんの仕事にありつけるかわからないけど、きっとここよりは良い生活になるはず。

 

 洞窟に戻ると、ターリャが俺の上着を羽織っているところだった。

 背中が一瞬見えた。

 背中全体に甲羅のような不思議な模様があった。

 聞いたこともない特徴だ。

 なんの種族なんだろう。

 

「ただいま」

「あ、おかえりなさい」

 

 やっぱりでかかったか。

 上着がダボダボ過ぎてワンピースになってしまってる。

 袖を折ってみたけど、動きにくそう。

 

 服を買ってやらないと。

 いや、その前にやることがたくさんある。

 

「足だして」

「ん!」

 

 ターリャが足を伸ばして座る。

 

「ちょっと染みるぞ」

 

 オトギリソウを揉んで足の裏に張り付けていく。

 本当なら家に置いていた紫雲膏とか、安物だけど回復ポーションあったんだけど……、破壊されたしな。

 売られたのかも。

 どっちにしても無いものは仕方ない。

 

 布をあてがって包帯を巻いて、完成。

 

「キツくないか?」

「うん」

「しばらくは安静にだな」

 

 この状態で歩かせるわけにはいかない。

 必然的に移動中はおんぶだな。

 まぁ大丈夫だろ。いつもアホみたいに重い荷物運んでたから慣れてる慣れてる。

 

「あとは…。手を出して」

「手?」

 

 針金を二本取り出して鍵穴に差し込む。

 このくらいならすぐに外せる。

 

「はい、解除」

 

 ガチャンと音を立てて手枷が外れて地面に落ちた。

 

「手が軽い…!」

「次は首だ。動くなよー」

 

 首輪も、ものの数秒で外す。

 ふ…、とんだガラクタだぜ。

 

「凄い!トキ凄い!」

「良い子は真似しちゃダメだぜ」

「トキは悪い子なの?」

「………俺は大人だからいいの」

「そうなの?」

「そうなんです」

 

 外した手枷と首輪は海に投げ捨てた。

 証拠隠滅。ここには奴隷はいなかった。オーケー?

 

 洞窟に戻るとターリャはスヤスヤと寝息を立てていた。

 猫みたいに丸くなってる。

 

 さて、俺も服を洗ったら寝るか。




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