異世界に迷い込んだ盾職おっさんは『使えない』といわれ町ぐるみで追放されましたが、現在女の子の保護者になってます。

古嶺こいし

一章・二人が出会いまして

第1話『冒険の始まりは追放から』


「おいトキ。お前今日でクビな」

「は?」


 聞き間違いか?


 思わず「は?」と言ってしまったので慌てて訂正する。


「いやあの…。セドナ様、すみませんよく聞こえませんでした。もう一度言って──「だぁーかぁーらぁー!お前はクビだって言ってんの?なに?もう耳も遠くなったんか?おっさん」


 俺のパーティーのリーダーであるセドナ・クラフトが舌打ちしながらそう言った。


 ギルドの椅子に腰掛けてセドナは俺とは一切目を合わせずに今日討伐した妖魔の依頼達成金を数えている。

 それを細かく分別すると、俺を見ながらニヤニヤしている他の仲間に配っていく。

 俺以外に配り終えるとセドナは札束を自分の懐に仕舞いこんだ。


「だいたいお前さぁー、盾しか能がないくせに一人前に金を受け取ろうとするとか頭おかしいんじゃないの?そこは自分の活躍量に免じて自ら全額俺たちに手渡すのが普通じゃないの?」


 といってもな。


「それは、ギルドの契約金違反です。それに俺だってしっかりタンカーしているじゃないですか。今日だって全ての攻撃を引き受けて」

「はぁ?何の才能も無い荷物持ちのお前がみんなの盾であるのは当たり前。つーかさぁー、荷物持ちのお前に盾持たせてやっているんだぞ?むしろ感謝されねえ?ありがとうございますセドナ様ぁーくらいそこで土下座しながら言えよ。ほーらー」


 そこへ仲間が参戦してきた。


「そーそー、だいたい前から気にくわなかったのよねぇ。うちらのパーティーに所属しているくせになんか薄汚いし、背がでかくて威圧感あるし、あとなに?なんか見下されている感じ」

「わかるー!目付き悪いからさらにだよね!何様ですか?頭が高くね?みたいな!」

「うけるー、まじそれ!」


 ケラケラ笑う仲間達に思わず拳を握り締めた。

 荷物持ちの役職を勝手に押し付けて盾しか渡さなかったのは誰だ。

 俺がB級パーティーに所属しててもこんなそこらの村人みたいな格好をしているのはお前らが報酬金を正当に分配してないせいだ。


 確かに俺には才能のひとつである【スキル】を発現させることが出来なかった。

 けれど、それでもこんな扱いはあまりにも。


「なんだよやんのかウスノロくん?図体ばっかでかくても攻撃力カスだもんなぁ」

「あははっ!ムリだよセドナ。だぁってこいつ、唯一ステータスで高い【幸運】さえうまく使えないくらいの木偶の坊なんだよ?ねぇエリカ?」

「わかる!ちょーわかる!でもでも、エリカ的には一回徹底的にやっちゃった方が良いんじゃないかと思うんだよねー?そう思わない?アンリ?」

「まじ?やっちゃう?セドナぁー、あたし達ぃーストレス溜まっちゃったんだけどぉ、発散して良いー?」

「しょうがないなぁー」


 おもむろに立ち上がり武器を手に持った三人がゆっくりと俺を取り囲んでいく。

 もう一人の仲間、ボイドに目をやったが、ボイドは無視を決め込み本を読み始めた。

 ギルドの中にいる他の人達も完全に無視を決め込み、俺を助けようとするやつなんて誰もいない。


「こっち来いウスノロ。タンカーの訓練に付き合ってやるよ」


 訓練の名前だが、実質リンチだ。


「…はい」


 だけど、俺は唇を噛み締めながら三人のあとに付いていった。







「いって…」


 身体中が痛い。

 ギルド裏の広場で大の字になって空を眺めて何とか痛みを耐えているけど、今日はいつになく容赦がなかったな。

 財布にいれてたなけなしのお金も慰謝料と強奪されたし。


「はぁー…」


「ねぇママー。あそこに雑巾落ちてる」

「だめよルイスー。あんなものみたら不幸になるわよー」


 雑巾とは俺のことである。


 俺は北城 辰也ほくじょうときなり、今年で32になる独身男性だ。

 名前の響きからわかる通り、俺は異世界人だ。

 高校の部活で、プールへと飛び込んで水面に浮き上がったらこの世界にいた。

 訳のわからないまま必死に頑張ってたらこんなことになってた。


 転生でもなければ召喚でも無さそうだからイベントがあるわけ無いんだけど、それでも家に帰るため、もしくはここで頑張ったら何かあるんじゃないかと懸命に生きてきたが、察する通りである。


「よいしょ」


 木を揺すって魔法で木に引っ掛けられた俺の盾を落とす。

 ボロボロで塗装が剥がれ落ちているが、それでもみんなの命を守ってきた俺の相棒。

 それを抱き締めながら帰路についた。

 今日はセドナの腹の虫の居所がとても悪かった。

 奴は気まぐれで変なことを言い出したりするし、今回もきっとそれだろう。

 明日には酒でも飲んできれいさっぱり忘れているに違いない。


 町外れの小屋に戻る。ここは俺の家、元物置小屋だったから小さいしすきま風も凄くて寒いけど、屋根があるだけマシなものだ。

 棚にあるポーションと薬草を使って手当てをする。

 残りは僅か。


「はぁ、明日はポーション作らねぇとな…」


 黒パンとチーズを少しだけ食べてから寝床に潜り込んだ。

 

 大丈夫だ。

 まだ俺は頑張れるはず。







 翌朝。

 ギルドにいくと受付の人が突然書類を手渡してきた。


「あの、これは?」

「離職届けの控えです」

「…え??」


 慌ててその書類を見ると俺の名前が署名されていた。

 しかもご丁寧に指印まで押されている。


「待ってください!俺はこんなもの書いた記憶はありません!!」

「ギルド内ではお静かに。最低限のマナーですよ」

「すみません。しかし、俺はこんなのに名前を書いた覚えもなければ指印なんて押してません。何かの間違いです!」


 受付の女性がめんどくさそうにため息をついた。


「間違いもなにも、ここに書類があって、指印まで押されている以上手続きは完了しています。それとも貴方は私の仕事をバカにしているのですか?」

「そんなつもりは…」

「とにかく、これで貴方はパーティー・ヘルラインのメンバーから正式に除隊されております。あと、冒険者登録の方も削除依頼がきておりましたので処理しておきました。こちらが手続き完了の控えです」


 目の前が真っ白になった。

 冒険者登録を削除されたら、俺はもう二度とクエストを受けることが出来なくなる。


「まだ何か言いたそうですが、データ復活は不可能です。もし再登録されるようでしたら、手数料十万ネルと、冒険者レベル1からスタートとなります」


 ……最悪だ。

 しかも十万ネルとかどんだけ水増ししているんだよ。

 誰がこんなことしたのか、いいや考えなくたってわかる。

 でも、普通ここまでするか?


 受付の女性は笑うのを堪えながら俺の反応を見ていた。

 ギルドはセドナとグルのようだ。

 周りの奴らも口々に「良い気味だ。化け物」と俺の事を罵倒していた。


「もう用は済んだでしょう。お引き取りください。ああ、退職届けによる退職金の辞退の書類もきちんと手続きしておきましたので」


 ギルドマスターが裏から出てきて俺に向かってそう言った。

 手にはそれらしき書類。


「こちらは控えです。どうぞお取りください」


 地面に投げられた書類を拾い、俺は茫然自失状態でギルドから出た。

 これから俺はどうすれば良いんだろう。


 頭が良いわけでもない。

 手が器用なわけもない。

 強いて言うなら力はあるけど、それだけだ。


 町中で何かとぶつかった。

 ぼーっとしていたから気が付かなかったが、振り返ると商人風の男が倒れている。


「す、すみません!大丈夫ですか!?」


 慌てて声をかけると男はすぐさま起き上がり周りを見渡した。


「ああくそったれ!!あのマリモが逃げた!!お前覚えてろよ!!」


 男がこちらに怒鳴り散らして走っていく。

 もうやだ。

 今日は散々だ。


「あっれぇー?クズでのろまなトキじゃないか!そんなところで踞って、邪魔だからさっさと出ていけよ!」

「セドナさ…」

「リーダーこいつっすか?使えない雑魚っての。ぷぷっ、情けねーかおー」


 知らない奴がパーティーにいた。

 手に持っているのは俺のものとは比較にならないほど高くて頑丈そうな盾。

 そうか、こいつが俺の後釜か。


「うっわー、まだ性懲りもなく盾持ち歩いてんの?だっさ」

「いい加減にこの街から出ていってくれないかな!正直目障りなんだよねー!」

「あ!ねぇいいこと思い付いちゃった。タゲート・シルディ・サヴトゥ・アン・マグネト」


 エリカが呪文を唱えると俺の盾が突然ベルトから外れて地面に転がった。


「セドナぁー、せっかくだし引導渡してやろぉ。自分の立場を思いしれって」

「あは!いいねぇそれ!セドナくん、思いっきり踏み抜いちゃってちょうだい」


 まさか。


「ま、待て」

「ひひっ、じゃーそうしよう。おら!!」


 バキンと目の前で盾が踏みつけられてヒビが入った。


「うえっ!なにこれ脆いっすねー!」

「うわひっど。おんぼろすぎだわ。汚いなぁ」


 ガンガン踏まれて盾はどんどんひび割れて、最後はセドナの剣で破壊された。


「はい焼却ー!フアルド」


 木っ端微塵になった盾が燃える。


「ゴミ掃除終わりー!ヤァドくんの入隊パーティー行こうぜ」

「ええー!こんな朝っぱらから飲むんですか?」

「そーよぉ、だってめでたいんだもんねぇー!」

「なんだったらゴミの除隊祝いも込めてって感じ。ちょっとなにボケッとしてんの。行くよボイド!」

「……ああ」


 ボイドは相変わらずの無表情でこちらを見ていたが、燃えている盾を踏んでみんなのもとへと行った。


 火が消えて、燃えカスになった盾の燃え残った部分を手に取った。

 熱かったけど、そのまま俺は家へと戻ることにした。

 




 しんどい。


 ボソボソと遠くから俺の悪口が聞こえる。

 自慢じゃないけど耳は良い方なんだ。

 タンカーは敵の初撃を受ける役目だから、常に周りに注意を払ってる。

 昨日はぼーっとしてたけど。


(言いたい放題だよな。まぁ、慣れてるけど)


 だてに15年異世界で生きてねーわ。


 朝からこの先どうしようか考えてもなにも浮かばない。

 試しに知り合いのパーティーに荷物持ちとして雇ってくれないかと頼んでみたが、すでにセドナが手回しをしていたのか全滅した。


 理解はできる。

 セドナはかの英雄の甥と聞いた。

 この国、アイリス国と隣のウンドラ国との戦争で活躍したとても強い人らしい。

 もちろんその話は俺だって知ってる。

 というより戦争真っ只中にここに来たからな、そのおかげで大変な目に遭ったし名前の響きがここ風じゃないから一時スパイ容疑まで掛けられたっけ。


 懐かしい。

 あの頃は食うのにも困ってたな…。


(そもそも俺がパーティーに入れたのだって奇跡みたいなものだったしな。というより、子守りを押し付けられた的な)


 もちろんセドナのだ。

 初対面からこのクソガキって感じだったけど。

 でも当時のギルド長の頼みだったからなぁ。俺を拾ってくれた恩もあったし。


 って、とりあえずは換金しないと。

 一文無しのままじゃ何もできない。


「ムリだムリだ。もううちでは引き取れない。他を当たってくれ」

「しっ!しっ!あっちに行きな!」

「分かってくれ。俺も目をつけられたくないんだ」


 バタンと目の前で扉がしまった。

 ふむ。素材の売買すら出来ないか。


「困ったな。いや、よく考えたら食べ物には困らないか」


 魚は釣りで獲れるし。鳥も罠で捕まえられる。森に行けば木の実があるし、キノコも採れる。

 長らく町で暮らしてきたけど、腕が鈍った訳じゃないから大丈夫だろう。

 ひとつ問題なのが家賃…。


 給金が少なすぎて毎回ギリギリで払えていた。

 のだが、なんということだ。

 今回からなけなしのお給金も無しときた。


「しかたない。今回は…あれを出して…。……」


 今月凌げたとしても、来月までに働き口を見つけないといけない。

 いけない、んだけど。

 俺が視線を向けると、店主や店員がすごい勢いで顔をそらす。


(厳しいかな、これは…)


 きっといくら素材を調達しても金にはならない。

 となると隣町まで行って換金するしかないけど…。


「徒歩で片道3日か…。なかなかハードだな」


 そうするとなると往復6日。狩りが出来る時間が限られてくる。


「ん?」


 家の近くで音がする。

 嫌な予感がして駆け足で向かうと家が半分解体されてた。


「ちょっと!おい何してんだ!!?」


 近くにいた解体屋の肩を掴んで問いただした。


「なんで俺の家を解体しているんだ!!」

「うおっ!なんだよ、ビックリさせんな。お前んところのリーダーがお前がこの家出ていくって言うんで更地にするところなんだよ」

「はぁ!そんなの聞いてない!」

「つってももう書類も貰ってるし、大家も了承済みだ。…あー、なるほど?」


 なにかを察した解体屋が俺の手を乱暴に払ってニヤニヤと笑った。


「こりゃー御愁傷様。ま、お前さん長らく放浪生活してたんだろ?適当に森のどっかに家でも作っちまえよ。もし森の中に家見かけても違法建築物と通報しないでやるからさ」

「……、ああそうですか。それはどうもありがとう。これで色々悩みが消えたってもんだ」


 解体の時に外に放り出されたであろう旅用に纏めていた荷物と包丁を拾い上げ、俺はある場所へと向かった。

 

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