202 少年は乱される


「……」


「……」


「……」


「……」


 “カチッ”


「おい! 電気消すなよ!」


「だ、だって……!」


 一度真っ暗になった部屋が、再びパッと明るくなる。

 壁際で灯りのスイッチを触っている理華の顔が、また赤くなっていた。


「……完全に盲点だった。いや、すまん」


「な、なぜ謝るんですか?」


「え、そりゃまあ……泊められなくなったし」


「ええっ⁉︎」


 理華が驚いたように叫んだ。

 その声に、思わず俺も驚いてしまう。


「ど、どうしてですか!」


「当たり前だろ! どうやって寝るんだよ!」


「……一緒に」


「無茶言うな!」


 そんなことしたらお前……!


 お前‼︎


「で、でも! じゃあどうするんですか!」


「だから、泊められないんだって!」


「い、いやです! もうそのつもりだったのに!」


「予定変更! 急遽きゅうきょ! 緊急事態!」


「見逃していただけじゃないですか!」


「とにかくダメなの!」


「……」


「……」


 “カチッ”


「消すなって!」


「い、いやですっ!」


 今度はもう、部屋は明るくならなかった。

 自分でスイッチを押しに行こうと俺が動くと、ぽすんと何かにぶつかったような衝撃がくる。


 理華だった。


 理華は抱きつくように俺にしがみついてきて、ちっとも放そうとしなかった。


「こ、こら……理華」


「お願いしますぅ……廉さぁん……」


 ふるふると甘えるように身体を振って、理華はますますくっついてくる。

 正直言って、めちゃくちゃ可愛い。

 だが、ここで折れるわけにはいかなかった。


 『同じ部屋で眠る』くらいに思っていたからこそ下した決断だったが、これが『同じベッドで寝る』になると、話はガラッと変わってくる。

 当たり前だ。


「……あのな、理華。さすがに同じ布団で寝るなんて、ダメに決まってる。わかるだろ?」


「……でも」


「でもじゃない」


「でもぉ……」


 理華はすっかり弱ってしまったようで、子供のように駄々をこねていた。

 普段のキリッとした印象とのギャップで、不覚にもグラっときてしまう。


 しかし、こればっかりはダメだ。

 いくら理華が可愛くても、意志を強く持って断固拒否しなければならない。


「ほら、理華。部屋までは送ってってやるから」


「ほ、ホントにダメなんですか……?」


「ホントだってば……」


「ひ、ひどいです! 廉さぁん……」


 ぐずる理華の頭を撫でて、背中をぽんぽんと叩いてやる。

 たぶん、理華も困っているのだとは思う。


 俺が言っていることも理解できるし、自分が無茶を言ってるのもわかる。

 でもやっぱり一人は怖くて、どうすればいいかわからない。

 要するに、そんなところだろう。


「今度から、せめて怖い映画は昼に見ような。今回はまあ、いい勉強になったと思って……」


「……」


 どうにかしてやりたいが、俺にも超えられない、超えたくないラインがある。

 今日のところは、なんとか一人で乗り越えてもらって……


「スキありです!」


「なっ!」


 突然鋭く叫んだ理華は、俺の腕をすり抜けてベッドに飛び込んだ。

 布団を被って横になり、威嚇するようにこちらを見る。


「き、強行突破です……!」


「こ、こいつ……!」


 暗さに目が慣れてきたらしく、理華の目元に涙が浮かんでいるのが見えた。

 それにしても、弱ったな……。


「も、問題ありません! ただ、同じ布団で寝るだけじゃないですか!」


「それが問題なんだよ……」


「へ、平気ですって! さあ、早くこちらへ……」


 やれやれ……。

 どうやら完全に、怯えモードに入っているらしい。


 ヒラリと布団を開けて、招くように手を動かす理華。

 だが当然ながら、そっちへ行くわけにはいかない。


 って言うか、そういう扇情的なことをするな!


「……理華。さっきはああ言ったけど、俺だって男なんだぞ。いくら俺が宣言しても、万が一の危険は消せないんだ」


「……問題ありません」


「あるだろ、問題……。はぁ……」


 しかしこうなってくると、追い返したら追い返したで、なんだか後が怖いような気もする。

 ……仕方ないか。


「……わかった。じゃあ今日は、俺が床で寝る」


「えっ」


「それが限界だ。理華はそのままベッドで寝てくれればいいから」


「そ、それでは廉さんが風邪を……!」


「大丈夫だよ、夏なんだから」


「そ……そうですか」


 理華は悩んでいるようだった。

 が、残念ながら向こうに選択の余地はない。


 俺は暗闇の中、冬用の毛布を引っ張り出してきて、テーブルを移動させた。

 これを敷けば、ある程度寝心地も良くなるだろう。

 少なくとも、床の硬さは誤魔化せる。

 まくらが無いのが、ちょっと寂しいくらいかな。


「れ、廉さん。やっぱり、私がそっちで寝るべきなのでは……」


「バカ。そんなことさせられるか。いいからそっちで、大人しくしててくれ」


 そう言って、理華が余計なことをしないうちに、俺はゴロンと横になった。

 なんとなく、頭がくる方向を理華とは逆にしておく。


 これで、状況は最初に想定していたのと同じになった。

 今度から何かを決める時は、ちゃんといろいろと考えてから決めるようにしよう。

 今回みたいなことがまたあったら、その時はどうなることか。


「……廉さん」


「ん?」


「……ありがとうございます」


「いいよ。気にせず寝とけ」


「……廉さん」


「……なんだよ」


「……好きですよ、廉さん」


 ふぐっ……!


「き、禁止だって言ったろ!」


「だって、好きなんです。本当に。いつもありがとうございます、廉さん」


「……おう」


 ……寝よう。

 頭がまともなうちに、さっさと寝てしまわないと。

 いくら度胸のない俺でも、これ以上はマジで、まずい。


「……おやすみなさい、廉さん」


「ああ、おやすみ」


「……」


「……」


「……廉さん」


「今度はなんだよぉ……」


「……寂しいので、そっちへ行っちゃダメですか?」


「ダメ! 早く寝ろ!」


 はぁ……。


 理華には今度、男という生き物がいかに愚かか、ちゃんと教え込まなきゃいけないな……。


 ……。


 ……とりあえず、一緒の布団で寝なくてよかった、マジで。

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