第31話 向き合いと誓い
自分の手を何度も見直す。
何度目を開けても、目に写るのは確かに自分の手だ。
だが、それは今までの自分の手ではなかった。
周りの景色はとても懐かしく、親しみを感じるものだった。
ネオンが彩り、俺の周囲を人が目まぐるしく通り過ぎていく。
「ここは……。
俺はあいつと話してたはず……」
ついさっきまでの状況を思い起こし、頭を捻る。
ー 君には試練を受けてもらう
「まさかッ……、これが試練だってのかっ!」
俺は今一度辺りを見回す。
もう2度と見ることのなかったであろう、景色がその瞳には映っていた。
「このガキっ!」
突然、女性の怒号が俺の立っている通りに響き渡った。
俺はその声にハッと顔を上げ、すぐさまその声のする方へと駆け寄る。
そこでは、1人の女性と男性が、若い少年に向かって怒鳴り散らしており、その脇には見覚えのある少女がギュッとその少年の服の裾を掴んでいる。
「昔の俺……?」
俺は一瞬思考が止まりかけたものの、過去の俺が演じているのだろうと思い、気を取り直す。
「お前そんなとこにいたのか……。
何やってんだよ、こんなもん見せやがって」
その昔の姿をした自分に近づき、肩を叩く。
だが、反応がない。
「おい、もう良いって。
今更こんなの見せてなんになんだよ」
俺は肩をグイッと引っ張るものの、過去の自分は何事もなかったかのように、目の前の女と男に話しかけている。
「話しかけても無駄さ。
それはもう完結してしまった過去の出来事だよ」
「お前っ……」
気がつくと、俺のすぐ後ろに過去の自分がいた。
「なんだよ。これは……」
「見ての通り、君の過去の行いさ。
普通、過去は変えることはできない。
……でも、今回ばかりは少し違くてね。
こちらから、強く干渉すれば過去を動かすことができる……」
「!?」
俺はその言葉を聞き、ピクリと眉を上に動かす。
「お前、俺に何させようとして……」
「さぁ、どうする?
君はこのままでは死んでしまう。
でもこちらから強く干渉すれば、過去の自分を救うこともできる……」
「ハッ、何を分かりきったことを。
そんなんこのままほっておくに決まってんだろ。
俺はこの行動を悔やんじゃいねえぜ」
「ふーん。それがどれだけ悲惨な現状を産んだとしても?」
「あ?」
辺りが暗闇に包まれると、まるで、映画のワンシーンかのように、突然場面が切り替わった。
「病院……?」
気がつくと、病院の一室にいた。
何人かの人が、その部屋にあるベッドを囲んでいる。
俺は、その集まっている人々の顔をみて驚愕した。
「母……さん?」
よく知っている顔だった。
母の他に、父、祖父、祖母がベッドに横たわってる俺を囲んでいた。
空気は重く、母は悲しみのあまり膝から崩れ落ちた。
それを父が慰め、傍で祖父祖母が肩を震わせている。
「さぁ。
どうだい? 君は今まで、自分が死んだ後の世界を考えたことがあったかい?」
「何が言いたい……」
過去の俺は、フッと微笑むと、目の前に広がる光景を指差し、話す。
「この君の行動のせいで一体どれだけの人が悲しんだと思う?」
「そりゃあ……。家族には悪いと思っている……」
胸が張り裂けそうだ。
言葉が出てこない。
自分の行動が間違っていたのだろうか。
赤の他人のために命を投げ出すなんて、側からみたら可笑しな話なのだろう。
俺は心が押しつぶされるような感覚に苛まされた。
だが、次の瞬間少女の顔が脳裏に浮かんだ。
俺は重い口を開けて、言葉を発した。
「……けど、あそこで俺があの子を助けなきゃ、あの子がどうなってたか!」
「少女は警察に保護される。
のち、事情聴取を受け終えた両親が釈放。
少女も、その両親の元へ返される。
両親は今回の腹いせに、より一層少女に惨たらしい虐待をした。
その結果、少女は衰弱して死亡」
「なっ!?」
俺はゾクッと肩を震わせる。
「……こんなシナリオが君が死んだ後にあったら? どうする?」
過去の俺は妙に冷たい目つきで、俺をじっと見つめる。
「それは……」
「確かに、君の行為は善だったろね。
いや……違うな……、本当に善だったのか……。エゴと言っても良いかも知れない。
まあ、今はその話は置いておこう。
でも、そうゆうことさ」
「どうゆうことだよ……」
「君は無責任だった。
その場の状況で判断し、少女を助けた。だが、その結果君は死んだ。
少女の安否を確かめることが出来ずに……」
「っ!」
「君はその場の状況から、未来を予測していなかった。それは今回のことでも同じことさ。
君が男に立ち向かうことなく、すぐに逃げればシルエ達は危険に晒されることもなく、君も深手を追うこともなかった。
全ては君の想像力の欠如によるものだ」
「さっきから聞いてりゃ好き放題言ってくれんな……。
けど……お前は正しい……と思う。
確かにそうかもな……。
……分かってるさ、分かってた。
けど、目の前で起きてることを見捨てるなんてできねえ!」
過去の俺はフッと微笑み、言葉を返す。
「例えそれで君が死んだとしても?」
「あぁ」
「ハァ……分かっているのかい?
もしかしたら、そのせいで少女が死んだってこ…」
「でも、そうはなってないんだろ?
それに、そうしないために、今俺は生きてる」
俺はやや被せ気味に答えた。
「矛盾してるよ……。君は今生死を彷徨っているんだよ?」
「だから、俺を生かしてくれ。
今、ここで死ぬわけにはいかない」
「っ?」
なんと自分勝手な考えだろうか。
自分で言っていて笑ってしまう。
たが、過去は取り戻せない。
「ハハッ! とんだ開き直りだ。
前にも言ったろ?
その自己中心的な考え方はやがて身を滅ぼすよ」
「分かってる!
自分でも勝手だってな。
けど……だからこそ、俺は今回死ぬわけには行かないんだ。
女の子を助けたことが絶対正解だったなんて言わねえ。
けど、あの瞬間を止めることができたのは俺だけだ。なら、その瞬間を精一杯いい方向に持っていきたいって思うのはそんなに間違ってることなのか?俺は、そのためなら、たとえ自分が犠牲になっても……」
「綺麗事だよ……。
それに、さっきから言ってることが支離滅裂だよ。
……まぁいいさ。
その考えは改めるべきだと思うけどね」
過去の自分はため息混じりにそう言いながらも、半ば納得したように頷いた。
「で、こっからどうすんだよ。
心眼とやらはどうやって得られるんだ?」
そう俺が問いかけると、過去の自分は一瞬あっけらかんと俺を見つめたが、すぐに目を細めて俺に言った。
「いや、心眼ってたいそうなものは実在しないよ。
ただ君の考えを知りたかっただけさ。
君の真意はよく分かったよ。
さぁ、もうそろそろいい頃合いだ」
「頃合いってなんだよ」
そう過去の自分は言うと、俺に手を向けこう言った。
「君の考えは自己犠牲もいいところだ。
……だが、それもまた面白い。
今後、どう君が運命と向かい合うのか、僕は楽しみに傍観しているよ。
ただ、今回のような無茶だけは辞めるんだ。
今回は良かったものの、次はこうはいかない」
「なんだよ、もういいのかよ。
……あぁ、約束するよ。シルエ達のためにも、俺のためにも……」
俺の言葉を聞き、過去の自分は微笑んだ。
「君の運命に幸があらんことを」
そう聞こえた瞬間、俺の目の前にまた暗闇が広がった。
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