第27話 雪の世界
ウィルの町から出て、30分ほどが経過した。
ガタゴトと音を立てて揺れながら、馬車は山の奥地へと向かっている。
「仙谷の滝ってキリザント山脈にあるんですか?」
「はい、そうですよ。私も行くのは初めてですけど」
俺の質問に、隣に座っているシルエが答える。
「ルミエも行ったことはないんですか?」
「うんないねー。てゆうか、仕事中抜け出したの今回が初だし。それに1ヶ月くらい前に中央都市アテネスから派遣されたばっかだから、ここら辺の地域はよく知らないよ」
「中央都市アテネス?」
聞き覚えのない町の名前に俺は首を傾げる。
俺の疑問にシルエが答える。
「このテキア大陸で最も栄えている都市ですよ」
「へぇ、日本で言う東京みたいなもんですね」
あっ……。
思わず口が滑ってしまった。
つい生前の世界を想像してしまった。
「トウキョウ?」
「え、ディアス君そこどこー?
初めて聞いたよ!」
「あ、いえ。ほら! 前になんかの物語であったんですよ!ニッポンイントウキョウって! アハハッ」
「えー? そんな本あったかなぁー?
お姉ちゃん知ってる?」
「いえ。サロス様の書斎にそんな本が……」
まずい。これ以上詮索しないでくれ!
そう思ったその時、「すまんがここら辺でいいかのう?」と御者のおじいさんが話しかけてきた。
ナイス爺さん!
窓から顔を出すと、今までかろうじて進んでこれた道が途切れ、目の前には雄大な山脈が聳え立っている。
とても広々とした傾斜に森が広がり、確かにここからは馬車で行けそうにない。
「よし、じゃあここからは冒険者らしく歩いていこう! おじさんありがと!」
ヒョイと馬車から飛び降りたルミエは、銅貨を5枚ほどおじさんに手渡す。
俺とシルエも続けて馬車を降りると、そのまま御者のおじいさんは方向を変えて山を下っていった。
「多分この森を抜けると、ひたすら山脈の傾斜が広がっているはずです」
シルエが先を見据えて話す。
確かに遠くを見ると、森が終わって何もない更地が広がっている。少し白く見える。
「ゲッ! そういえばまだ冬の季節終わってないよね?」
突然ルミエが口を開く。
「ええ。それがとうかしたんですか?」
「あーー。多分仙谷の滝凍ってるよ……。
うっかりしてた」
「え、でももう春の季節ですし、流石に凍ってるまでは」
俺はルミエの話を聞いて言う。
「いや、キリザント山脈はほぼ一年中雪で覆われてて、唯一夏の季節だけ少しマシになって氷が溶けるって言われてるんだよ……。
雪も少し残った状態でね」
まじかよ! 夏になってやっと溶け出すってことか……。まるでアルプスだな。
ん? とゆうことはめちゃくちゃ寒いんじゃ……。
そう思った途端ビューと山から冷たい風が吹きつけ、俺は思わず身震いする。
あまり気にしていなかったが、ここに来るまで幾分か気温が下がった気がする。
とゆうか、そんな重要なことをなぜ忘れていたのだろうか。
おい、作者! じゃなくてルミエよ! しっかりせい!
「まぁ、分かってはいたことなんだけどねー」
ここでルミアが言う。
「え、そうなんですか?」
「うん。アークドラゴンもアークリザードも夏は活動しなくなるんだよ。だから依頼が来るのは必然的にこの時期だし、この時期じゃないと討伐もできないってこと」
なんだよ。てか、そうなら尚更気がつけよ! 何かしら配慮して準備してこいよ!
心の中でハリセンをひたすらルミエに叩きつける。
「まぁ、この服装なら問題はなさそうですし」
シルエが一言口を挟む。
確かにグリムの店で買った服は暖かいし、顔が唯一寒いくらいだ。
よっぽどの北極地帯じゃない限り、なんとかなりそうだ。
「そうそう! それに動き回ってれば寒さで死にゃあしないって!」
ルミエがニカっと笑みを浮かべる。
何も考えてないのか、ただただ楽観的なのか。なんだか、だんだんルミエがアホキャラに見えてきた。
「わかりました。じゃあとりあえず、この森をさっさと抜けて仙谷の滝へ向かいましょう」
「うんそうだね!」
「はい。ディアス様」
俺たちは地面を蹴り、そのまま森の中を移動していく。
シルエは相変わらずだが、ルミエもなかなかに速い。
魔力で成長していなかったら、完全にお荷物だった。それくらい、シルエもルミエも動きが洗礼されていた。彼女達より俺の魔力が上だなんて、そんなことが本当にあるのか疑いたくなる。
すると、木の影から何やら巨大な影が現れ俺とルミエの行く道を阻んだ。
「ディアス様! ルミエ!」
その影は、巨大な一本角を持ち、その硬い毛皮で覆われた体は俺の何倍もあった。
「うわっ! ビーストベアじゃん!
いきなりだねぇー。 ディアス君ちょっと先行くね!」
「え、ルミエさん!」
ルミエは力を入れて、跳躍するとそのままビーストベア目掛けて突っ込んだ。
「グワゥ!!」
ルミエに反応して、ビーストベアはその鋭い爪を向ける。
まずい、ルミエは空中にいるため身動きが取れない! やられる!
そう思った次の瞬間、ルミエは懐から透明な細い糸の様なものを出すと、ビーストベア目掛けて投げつける。
その糸はビーストベアの腕に絡まると、ルミエはその糸を引いて強制的に腕の軌道を変えた。
一瞬の出来事だ。俺じゃなきゃ見逃しちゃうね。
「ガッ!?」
腕を無理やり引っ張られた反動で、ビーストベアは耐性を崩し地面に倒れる。
ルミエはいとも簡単に着地すると、すぐさまビーストベア向けて切り返し、強烈な蹴りをお見舞いさせた。
バコッ! と鈍い音を立ててビーストベアは木を薙ぎ倒しながら吹っ飛んでいく。
ルミエさらに追い討ちで、空中は高く跳躍するとそのまま回転しながら、ビーストベアの脳天に踵落としを炸裂させた。
ドゴッ!
ズンッ!
砂埃が舞い、ビーストベアは反撃することなくルミエに叩きのめされた。
俺はその光景を目にして思わず拍手をする。
時間にして6秒程の出来事だっただろうか。
ただのギルドスタッフではなかった……。
「よし! 一丁上がり!」
「ルミエさん! 怪我はないですか?」
「ん? うん平気だよー。さすがにそこまで鈍っちゃいないよ。それに紫のディアス君をこんなところで消耗させるわけにはいかないしね!」
ん? あれ? なんか期待されてる?
俺はゆうて実践経験はないんですけど……。
期待の眼差しを向けられ、俺は思わず顔を手で覆う。
「ルミエ!」
シルエが俺とルミエの元へやってくる。
「お姉ちゃんどう? 今の蹴り!」
「相変わらずの足技ね。ルミエは私と違って肉弾戦を得意としているんです」
「へぇ、どうりで」
強いわけだ。 正直あの体術はサロスより上なんじゃないだろうか?
そのくらい、キレがあったし無駄がなかった。
「そういえばさっきの糸って?」
「ああ、魔法具だよ。絶対切らないマナの糸。格闘戦では便利だよ。使いこなせばさっきみたいに、自分が身動きできない体制の時に相手の攻撃の軌道をズラしたりできるからね」
まさか糸にそんな使い方があるとは。
「ディアス様、ルミエ先に進みましょう」
「そうだね」
「ですね」
俺たちは再び森を移動し、そしてついに森を抜けた。
森を抜けた先は白銀の世界が広がっていた。
こんなに森と平野がハッキリと分かれているとは。生前習った森林限界といった、生態系の知識はこの異世界では余り意味をなさないらしい。何があったらこんな環境になるのか知りたいが。
「それで滝みたいなものは見当たりませんけど……」
「うーん。多分あそこまで登ったら深い谷があると思うんだよね。その谷に沿っていけば、仙谷の滝に行けると思うんだけど」
ルミエは目の前の連なる山脈の一角を指さす。
あそこまで登るのか。しかも雪道だ。
骨が折れる。
俺がしぶじぶ歩を進めようとした瞬間、シルエが詠唱を始めた。
「風のマナよ。我を導き、進む力を授けたまえ。
すると風のマナが俺とルミエの周りに集まり、包み込んだ。
「おっ?」
すると、体が宙に浮きそのまま空へと飛びがった。
「うわぁー! ハハッ!」
「お姉ちゃんお得意の風魔法だね!」
「クエストの前にバテてしまっては意味ないですからね。このまま頂上まで向かいます」
さすがシルエだ。周囲の風のマナは俺をそのまま山の頂上へと進んでいく。
「到着!」
あっという間に目的の場所へ到着する。
麓と比べて、気温はさらに低くなっている。
地面には雪が広がっているものの、所々ゴツゴツした岩場が顔を覗かせている。
麓の穏やかな風景とは一変して、頂上は鋭い山々が立ち並んでいて、過酷で殺伐とした風景が広がっていた。
ふと、山々の間に大きな谷が一直線にまっすぐと続いているのを見つける。
底が見えず、そのまま見つめていると谷に吸い込まれそうだ。
「これですね」
「うん、とりあえずこれに沿って進むよ」
ルミエの言葉に合わせて、俺たちはそのまま谷を沿って移動していった。
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