第19話 世界へ!

ディアス様……

ディアス様……


ん?なんだ?

何処からともなく俺を呼ぶ声がする。


ディアス様!


「うわぁ!」


 俺は切羽詰まっているかのようなその声を聞き、カバッと跳び起きた。


「ディアス様!良かった!」


俺は、猫耳で尻尾を生やしている女性に抱きつかれた。

頭がぼんやりとする。

ここは?

えーっと、この子は……。

夢の記憶がまだ虚ながらも残っている。

夢と現実とが交錯して思考できなくなっていたが、徐々に頭の中のモヤが晴れてきた。

そうだ……

俺は確かサロスと戦って、それで……

思いだした……!

俺は抱きついてきた「この子シルエ」を見る。

「シルエ……」

だが、シルエの手はガッチリと俺をホールドしていて、自身の顔も俺の体にしっかりと埋めていた。

表情も読み取れず、とても離してくれそうにない。

まぁ心配かけたわけだし、しばらくこのままにしておくか。


そう……俺はサロスにコテンパンに叩きのめされたのだ。

そして、夢の中で過去の自分と対面した。

いや、あれはそもそも夢だったのだろうか?

考えだせば考えるほど疑問が頭に募る。

謎が謎を呼ぶとはまさにこのことだろう。


「っ!」


ふと腕を動かすと、ズキッと体に痛みが走った。体には包帯が綺麗に巻かれてある。

おそらくシルエが介抱してくれたのだろう。

とはいっても、多少の痛みは残っているものの、普通に体を動かすことはできる。

どうやら気絶した後、俺の部屋に運ばれてそのままベッドに寝かされたようだ。


それにしてもなんだか息苦しい。

それもそのはず、俺が真面目に色々と考えてる間もシルエは俺を離さないでいた。



「シ、シルエ……もう大丈夫ですよ。 

それより父さんは?」


そう聞くも、シルエは俺の質問に答えることはなく、その返事と言わんばかりに、若干だが先ほどよりもシルエの腕に力が入る。

どうしたもんかと頭を掻いていると、ガチャッと扉が開いてサロスとヘラが部屋に入ってきた。


「目が覚めたかいディアス」 


「父さん……」


「約束は約束だからね。シルエと一緒にここは出て行ってもらうよ」


うん。まあそうなんだけど、そんな朗らかに言うことでもないぞ父よ。

サロスはさも当然のように、やけに爽やかな笑顔で俺に言う。

鬼だ。いくら約束を交わしたとはいえ、もう少し残念そうにするのが親なのではないだろうか。しかも、目覚めて第一声がこれである。

俺は現実というものにガコンと頭を殴られた様な気がした。

過去の俺が言っていた「世界は残酷だよ」というのは、まさにこういったところなのかもしれない。

なんて冗談まじりに考えながらも、

俺は「自分から言い出した癖に少し不満」という矛盾に満ちた思考を持ちながら、心の中で口を尖らせた。


「ええ、分かっていますよ。もう体も大丈夫になったのでお暇しますね。

……あのシルエ、そろそろ離れてくれませんか?」


シルエは未だに俺に顔を寄せ、しっかりと体を密着させている。俺が知っている、前までのいたずらっけのあるシルエはどこに行ったのやら。

まるで幼い少女に戻ったかの様な変わり様だ。俺は少し胸を摘まれる感覚を覚えたが、シルエの肩を掴んでそのまま無理やり引き離した。

こんな姿を目にしては、もう従者でもなんでもない。

俺の目に映っているシルエは、何処にでもいる可愛い女の子も同然だった。

シルエは俺と顔を合わせようとはせず、ずっと下を向いている。

ここまで感情が分かりやすく表に浮き立っているシルエを見るのも初めてだった。

サロスは若干苦笑いを浮かべながらも、何も言わずにこちらを見守っている。


約1時間後。俺は最低限の荷物を1つの袋にまとめて、それを持って玄関へと向かった。

シルエはもうとっくに用意していたのだろう。1つの茶色い皮袋を手にして玄関で俺を待っていた。

サロスとヘラも俺に続いて玄関へと向かう。

シルエの側に近づくも、尚もシルエは俺から顔を背けたままだ。

しかし、なんとも気まずい空気だ。

昨日の何事もなかった日常とは打って変わって、もはや悲惨と言っても過言ではない。

何を口にすれば良いのかも分からなかったが、俺はとりあえず「じゃあ……」とだけ口にすると、扉を開けて外へと向かった。

サロスとヘラは色々な感情が混ざり合った様な微笑を浮かべながらも、俺とシルエの背中を見守っている。

俺は一歩足を踏み出す度に、胸の奥がザワザワと騒ぎ立て、今までになく重い足取りで家を後にする。

そして、一刻も早くこの家の領地から、いやもっというならこの村から立ち去りたい気持ちでいっぱいになった。

シルエも重苦しい足取りで俺の後ろに続く。

そんな時、「ディアス!シルエ!」と声をかけられた。振り返ると、ヘラがサロスよりも一歩前に出て、こちらに涙を浮かべながら見つめていた。


「体には気をつけて!

いつでも帰っていらっしゃいね!

シルエー!ディアスを頼んだわよ!」


ハハッ、この雰囲気で帰れるかよ……。

そう思ったが、おそらく本心から出た言葉なのだろう。ヘラの言葉は表も裏もなく、ただ純粋に母として息子に、従者に言葉を投げかけたのだ。

俺は無言で腕を高く上げてそれに答えた。

そして、再び向きを変えて進もうとしたその時、「ディアス!」とまた呼ばれた。

その声は力強く、でも優しさに溢れた声だった。

振り返るとサロスが俺に向かって一本の剣を投げ渡してきた。


「っ!」


俺はその重く赤い刀身を帯びた剣を受け取ると、サロスを見る。

サロスは何も言わなかったが、言いたいことはヘラと変わらない様だった。

なんだよ父さん……。

俺も声には出さなかったものの、サロスの表情とこの剣の重みを受けて、その想いを体に刻む様にして肩に背負った。

一本の剣を渡されただけだというのに、とても重く感じた。物理的にではない、何か大切なものの重さだ。

俺はもう一度腕を高く掲げてサロスとヘラに答えた。

そうだ。どう足掻いても俺は息子で、サロスとヘラが親なのは変わらない。

重苦しく泥沼の様な雰囲気になったものの、2人の想いはこれらの行為を見れば分かることだった。

母は言葉で語り、父は背中で語る。

不器用な親だとは思うが、先程の重苦しくて気持ちの悪い感覚は幾分かマシになり、俺は領地を出た。

シルエはサロスとヘラにもう一度深々と頭を下げ、再び俺の後に続いた。


「ディアス様……本当にすみませんでした」


道行く中、シルエが重々しくもやっと俺に口を開いた。

よっぽど後悔しているのだろう。

俺より年上とはいえまだ18歳の女の子だ。そりゃあへこむのはわかる。ただあの件以来、シルエはずっとこんな調子で謝りっぱなしだ。

せっかくこれから2人で旅をするというのに、このままではシルエとの関係も悪化しそうだ。

ん?せっかく?

何を言ってるんだい我。

喜んでいるんですか?

よく分からない自問自答をして、シルエに向きなおる。

シルエと目があったが、その瞬間すぐに目を背けられた。

ハァーと俺は深くため息をつく。


「そんなに俺のこと嫌いなんですか……」


「!?そんなわけないじゃないですかっ!」


俺の言葉を聞いた瞬間、シルエは少し怒った様な口調で俺の目を見た。


「あ、やっと目が合った」


「っ!?」


シルエはカァッと顔を赤くしながらも、再び俺から目を背けようとする。

させるものかと俺はシルエの顔をグッと掴み、引き寄せて言う。


「シルエは俺のこと好きじゃないんですか?」


「だから……そんなことは……」


「じゃあ、なんでさっきから目を背けてばかりいるんですか?」


「それは……私のせいでディアス様に……」


俺に聞かれる度にシルエの声はどんどん弱くなり、目線も泳ぎまくっている。

別に聞かなくても、そんなことは分かっていたし理解していた。

でもこのままではシルエ自身が追い込まれて潰れてしまう。

俺はシルエに言う。


「俺はシルエのことが好きですよ。

でもなぁ〜、そんなにシルエが俺の顔を見たくないって言うなら仕方がないですよね。

俺もシルエのこと嫌いになっちゃいます」


「なっ!」


俺は実に白々しい演技をしながらも、シルエに向かって言う。

なんつー大根役者だろうか。だが、シルエには効果的面だった様だ。


「それは嫌です!」


シルエの声は力強さを増した。

そこまで嫌だったのか……。

そう思いながらも、俺はシルエに小指を差し出す。


「じゃあ、約束して下さい。

もう自分を責めないって。俺も自ら望んで魔法を得たわけですし、父さんと決闘したのだって俺が望んでやったものです。シルエが思い詰めることなんて何もないんですよ?」


「でも……私は……」


また声が弱くなった。

昨日までの凛とした立ち振る舞いはもう見る影もない。


「なら、俺もシルエとは今後一切口を聞きません」


「そんなっ!……分かりました。ディアス様な言う通り、もう落ち込みません。自分のことも責めません」


「本当に?」


「はい……」


「絶対?」


「はい……」


「神に誓っ……いや、俺に誓って?」


「はい」


おう。この返答は早かった。間が一切あくことなく、若干食い気味でシルエは答えた。

これなら大丈夫かと俺はシルエに微笑む。


「ディアス様……ありがとうございます」


やっとだ。やっと謝罪ではない言葉が聞けた。


「ええ。シルエもありがとございます」


俺も言葉を返し、シルエは久しぶりに微笑んだ。うん、シルエにはこの笑顔が1番似合う。

やっぱ可愛いんだよなぁ。

従者にしておくのは勿体無いとも思う。

もう2人きりなわけだし、その関係性は解いても良いとは思うが、シルエはこのままの関係を望むだろう。


まぁ、成るようになるか。


そう思いながら、俺とシルエは先ほどよりも軽い足取りで村の道を進んでいった。



俺とシルエは家を追い出された。

いや、俺の場合は自分から飛び出したと言って良いだろうか。

今までの日常は終わった。

急すぎた。それは唐突に訪れた。

それは幸か不幸なのか……それは分からない。

 だが、これは俺自身がこの世界で一歩を踏み出すチャンスであり、試練でもあるのだ。

ここからは俺自身が作り出し、歩んでいく第二の人生が始まるんだ。1人の従者、シルエと共に。


やってやろうじゃないか世界!


そしてそう思うのと同時に、俺は夢で見た自らの過去に宣戦布告する。

この世界で、俺の成すべきこと……

それはまだ分からない。

けど、今を精一杯生きてやる。

この世界で!だから黙って見てろ!


そう心に誓い、俺とシルエはムルンの村を後にした。


to be continued……




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る