外伝・フィア編

【外伝】フィア・ローレルという少女

 私はフィア・ローレル。


幼い頃から外の世界に大きな憧れを抱いていた私は、成人するやいなや故郷を飛び出した。


これは私がまだ私であった時の物語。


*******************

フィアの生まれ故郷「オール村」

フィア10歳。


「シリア姉!」


「フィア!」


「シリア姉! もう行っちゃうの?

もう少し村にいてくれないの!?」


 私は村の入り口で人々に見送られている一人の少女のもとへ駆け寄り、シリアと呼ぶその彼女の服を掴んで顔を押し付ける。

シリアとは小さい頃からの幼馴染で、2つ年上だった。そして、私の憧れでもあった。

今日は、そのシリアが成人し村を旅立つ日だった。


「うん、ごめんねフィア。

でも大丈夫。フィアもあと2年で成人でしょ?そしたら私のことを尋ねてきて?

そして2人で世界を旅しましょ!」


シリアは目に涙を溜めている私を抱きしめて、優しく言ってくれた。


「ほんとだよ!? 絶対に約束ね!

私頑張って魔法覚えて、もっともっと強くなって必ず会いに行くから!」


「ええ、待ってるわ」


そうしてシリアは村から旅だった。

この時、私は外の世界を憎んでいた。


なんで?


なんでシリア姉も、他の友達もみんな外の世界に行くの?


ここの村でずっと過ごすだけじゃダメなの?


皆んな当たり前のように外の世界へと出たがるのが不思議で、妬ましく羨ましくもあった。


だが、そんな思いと同時に外の世界への憧れもあった。



一体どれほど楽しいのだろうか?

どんなに魅力ある世界がひろがっているのだろうか?と。


 私はシリアが旅立ってからというもの、お母さんやお父さんから外の世界について沢山の話を聞いた。

外の世界には海というでっかい池があるということ。

エルフだけではない、様々な種族がこの世界には存在するということ。

外の世界はどこまでも広がっていて、ひたすら真っ直ぐ進んでいくと、やがてはここに帰ってくるんだということ。


じゃあシリア姉もいつか帰ってくるのかな?


そんなことをお母さんに聞く。


「ええ、きっとね」


お母さんは優しく答えてくれた。



でも、怖い話も色々と聞いた。


外の世界には、魔獣という怪物や悪い大人もいるということ。

中でも、狂魔族という種族とは絶対に関わっちゃいけないということ。

もし、出会ったら全力で逃げて、助けを求めること。

龍族と狂魔族は相性が悪いらしく、龍族に知り合いができれば守ってくれるということも聞いた。

お母さんとお父さんは、実際に龍族の知り合いがいるらしく、狂魔族から狙われたとき、命を助けられたこともあるんだとか。


私はそんな話を色々と聞く度に、外の世界に対する憧れを強めていった。

そして、これまで以上に勉強し、魔法を習得した。


*******************

 

 そして時が経つこと2年。

私は無事成人を迎え、2年前のシリアとの約束を胸に故郷を旅立った。


 外の世界は初めて見るものだらけだった。

こんなに森が続いているとは思ってもいなかったし、エルフ以外の種族にも出会った。

行商人の馬車に途中まで乗せてもらったり、人族の街へ行って美味しいご飯や、服を買ったりした。

目的地は特に決めていなかったが、シリアにいつか会うという気持ちは固かった。


 そんな時、ある街を訪れると「グレイラビット」を20匹程駆除してくれという依頼を見つけた。

グレイラビットという名前は聞いたことがある。様々な種類の魔獣がいる中で、最も弱いと言われている魔獣だ。

お父さんがよくいっていた「冒険者」が受けるものだろう。報酬は銀貨10枚と書いてあり、一人の宿代5日分くらいだろうか。

とはいえ、私は冒険者を名乗っているわけはなかった。魔法は覚えていたとは言え、魔獣狩りなんてまともにしたこともなかった。それに、旅に出たいという願望はあったが、冒険者として活動したいなんて思ったことは一度もなかった。

だが、財布もここのところ寂しくなり、村を出るときに持たせてもらった資金も底をつきそうではあった。

どちらにせよ、どこかで稼がないとこの先やっていけない。

みたところ、この依頼は初心者冒険者が受けるレベルらしく、すでに上級魔術を一通り習得している私にとっては優しすぎるクエストだった。


よし!物は試しだ!


私はその依頼を受けることにし、早速街の周辺にある森の中へと足を運んだ。


 グレイラビットは基礎魔術で対処できるほど弱い。

たが、魔法の練習ばかりしていたといっても、実践的な狩りの練習はしてこなかったので、グレイラビットを見つけるのにも、魔法を当てるのにも苦労した。


やっと3匹目を討伐した時、茂みの向こうにまたグレイラビットを発見した。

風魔法を発動させようと、詠唱を言おうとしたその時だった。


シュン!


小さなナイフがどこからともなく飛んできて、見事グレイラビットの急所に刺さった。


「グレイラビットに魔法を使ってちゃすぐに消耗するし、後々マナ切れ起こして大変になるよ」


声がする方に顔を向けると、歳は私とあまり変わらない様に見える。

猫耳に長い尻尾を生やした少女が、木の上からニコリと微笑んでこちらを見ていた。

この子は多分獣人族かな?

そう考えているとその少女はスッと木の上を跳躍して、倒れているグレイラビットの元へ移動した。


そしてそのグレイラビットを持って私の目の前までくると、そのグレイラビットを差し出した。


「はい、これ」


「え、いいの?」


「もともとあなたの獲物でしょ。横取りしちゃった様なものだしね」


「あ、ありがとう!」


「ところで狩りは初めて?」


「う、うん。今まであんまり練習してこなかったから苦手で」


「そっか。じゃあ私が教えてあげる」


「え、ほんと!? いいの??」


「うん!」


「あ、私はフィア! フィア・ローレル!よろしくね!」


「フィア……。良い名前ね。私はシルエ。

シルエ・ルーフェルト」


シルエと名乗ったその彼女は、私の手を取り森の奥へと案内してくれた。


 シルエはとても物知りだった。

狩りの仕方や、魔獣との戦い方、どうすれば体力を消耗せずに長時間の間、素早く移動できるか。

故郷では教えてもらわなかった、より実践的な知識や経験をシルエは持っていた。

 私たちは話が合った。外の世界でこんなに人と話したのは初めてだった。

そして、生まれて初めて外の世界で友達ができた瞬間でもあった。

シルエは私より4年も前に故郷を離れて世界を旅してきたのだという。


凄いなぁ。

種族が違うと外に出れる年齢も違うんだぁ。


 私はシルエのことを心から尊敬し、この子と一緒に旅をしたいなと思うようになった。

そして、恥ずかしがりながらもそのことを伝えたら、開口一番でOKしてくれた。

シルエもここ最近はずっとソロで行動していたらしく、一緒に旅をする仲間が欲しかったそうだ。

そうして、私たちはパートナーとして一緒に旅をすることになった。


********************

 

 シルエと出会って一年と半年が経った。



「フィア! そっちにビーストベアいったよ!」


「うん! 任せてシルエ!」


 森の中、私とシルエはビーストベアという魔獣を相手にしていた。

ある人族の村を訪れた時に「最近周辺の森に現れて、村人が何人も襲われているので助けて欲しい」と依頼されたからだ。


 ビーストベアは魔獣の中でもなかなか凶暴で、並大抵の冒険者では苦戦を強いられる強敵だが、シルエの的確な作戦と判断、そして私の誘導攻撃で追い詰めていく。

私はビーストベアの前に立ち塞がり、風魔法の呪文を唱え始める。


「風のマナよ、行手を阻む障害を切り刻め!風の刃アネモス・クスフィー!」


勢いよく振り下ろした手の周りの大気が、ジンワリと震えはじめ、鋭く空気を切り裂くカマイタチとなってビーストベアに放たれた。


「グワァァァッ?」


ビーストベアは反応する間もなく、胴体を真っ二つにされて絶命した。


「やったね! フィアッ!

やっぱすごいね、その風魔法!」


「へへっ」


ニヘラと笑顔を浮かべながらも、シルエの作戦のおかげだよと言う。


 私は「風魔法」、特にカマイタチの技が得意だった。エルフは基本的に風魔法が得意だが、私の作り出すカマイタチは、他の同年代のエルフと比べても、切れ味やスピードが圧倒的にまさっていた。

私はシルエから色々な知識や教養を教わる代わりに、この技を含めた色々な風魔法を教えた。

シルエは物覚えが早かった。

魔力量も並の獣人族より多く、しかも上手く扱えていたこともあってどんどん風魔法を習得していった。


3日後。


「風のマナよ、行手を阻む障害を切り刻め!風の刃アネモス・クスフィス!」


ズバッ! と勢いよく放たれたその刃は10メートルほど向こう側にある木を切り倒した。


「凄いよ、シルエ!

たった1年半でものにしちゃうなんて!

私は2年かかったよ!」


「ありがとうフィア。でもフィアのに比べたらまだまだ……」


シルエは謙遜しながらも、とても嬉しそうにする。それもそのはず、初めてこの技を見せた時はものすごい興奮して、私に「教えてほしい!」と眼を輝かせて懇願してきたものだ。


 獣人族は、魔法は一応扱いはするが、そこまで積極的には用いることがない。

敵の位置や行動を探る索敵スキルや、暗闇で使用する暗器、小型のナイフなどの武器の扱い、そして体術を得意としているため、魔法に関してはイマイチなのだ。

だが、それでもシルエの魔力は一般的な獣人族よりも多く、センスもあったので魔法にそこまで対抗することなく、いろいろな技を身につけていった。すでに上級魔術までたどり着いただろうか。



額から垂れてくる汗を拭いながら、シルエはふと何かを思い出したかのように私に話しかけてきた。


「フィア、前にビーストベアを退治したじゃない? あの後、村に戻った時に村長さんから聞いた話なんだけど......」


「うん、なに?」


「ここ最近、近くの森の奥地で遺跡みたいなのが発見されたんだって。それが見つかってから魔獣が活動的になったらしくて、もしかしたら、ビーストベアが村の周辺に現れる様になったのもそれが影響してるじゃないかって言ってたの」


「もしかしてダンジョン……!?」


私は目を輝かせた。


ダンジョン!

お父さんやお母さん、それにシリアから何回か話してもらったことがあった。

冒険者なら一度は行ってみたいと思う場所だ。


「シルエ! 行ってみようよ!

今の私とシルエなら攻略できるんじゃないかな!」


「フフ、そうだね。

そのダンジョンを攻略して、村の人たちをびっくりさせようか」


シルエはニヤリと笑みを浮かべる。


そして私たちは翌日、そのダンジョンへと向かった。


 森を抜けたその先には大きな崖が聳え立っており、その崖に面してなになら人工的で造られた、ダンジョンの入り口であろうものがあった。

どことなく不気味な雰囲気が漂い、風がその入り口に吸い込まれていく。


私とシルエは顔を見合わせると、そのダンジョンに誘われる様に、ゆっくりと足を踏み入れた。

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