第9話 紅の殺意
フィアはシルエに真っ直ぐと視線を向けている。
「くっ……」
シルエが魔導者を背中側に隠そうとしたその瞬間、フィアはシルエに向かって勢いよく杖を振りかざした。
ズバンッ!!!!
風がカマイタチとなってシルエ目掛けて放たれる。
いわゆる風魔法だ。
そして、フィアが杖を振りかざしたとほぼ同時に、シルエの手から勢いよく魔導書が弾かれた。
なんて速さだろうか。
あのシルエが反応できなかった。
ふと、俺は弾かれた魔導書に目をやる。
その魔導書はいつの間にか赤く変色していた。
ん?あんな色だったか?
そう思ったとき、俺は魔導書のすぐ傍に同じくシルエから弾かれたものであろう、もう一つのかたまりが目に入った。
俺は目を見開く。
フィアは魔導書を狙っていた様に見えたが、違った。
フィアが放ったその魔法は、シルエ本人を狙っていた。
問答無用とばかりシルエを殺すつもりで放ったのだ。
そして、魔導書はシルエの手から弾かれたように見えたが、正確にはシルエの腕ごと弾かれたのだ。
そう、シルエはしっかりと反応して魔法を避けていた。
そして、その結果……。
シルエを思わず見やる。
シルエの額からは大量の汗が滴り落ち、
そしてその左腕は風魔法によって弾かれたもうシルエの体にはない右腕を押さえていた。
シルエの右腕は肩から吹き飛んでいた。
失ったその右腕からは、俺が今まで目にしたことのないほど大量の血が流れている。
傷口を押さえている左腕などお構いなしに、ボタボタと血が地面に滴り落ちる。
「ぐっっ!! ……ぅぅう……」
目に涙を溜めながら、シルエは思わず声を漏らす。体が震えている。
そして膝から崩れ落ち「あぁぁぁぁぁぁぁっあ!!!」と断末魔の悲鳴を上げた。
俺はその光景を見て目を疑った。
まさか、あのシルエが。
俺はその光景を目にした瞬間、心の底から今まで感じたことのない嫌悪感に襲われ、そのまま地面につっぷして腹の底から上がってくる異物を勢いよく吐き出した。
「オェェェェッ……!! ゲッホッッ……! グッ……」
俺は口を必死に抑える。
全身が震え始め、歯がガチガチと音を立てる。
生前、ドラマやアニメで血しぶきの上がる、グロいシーンは何回も見たことがある。
それに、実際近所の子供が飛び降り自殺をして間もない現場も偶然目にしたことがあった。
そして何より血を流しながら生前俺はしんだのだ。今更何を恐れる必要があるんだとも思った。だが、今目にしている光景はそれらの経験とは計り知れない程の嫌悪感と恐怖を体に刻み込んだ。
自分の目の前で、人が片腕を失う。
血の耐性があるとか、そんな問題ではなかった。
だが、なんでだ?
こうも簡単に、命を奪おうとするのか??
俺はまた吐き気に襲われそうなり、出来る限りシルエが視界に入らない様にフィアを見上げる。
フィアは至って冷静だった。
眉一つ動かさず、シルエの方をじっと見据えていた。俺の方にはチラリとも目をやらず。
洞窟全体にシルエの悲鳴が反響する。
「あっ……くぅぅ……」
声をしきりに出し切ったシルエを見下げる様に、フィアはゆっくりとシルエの方に歩を進め蹲っている俺を横目に見ながら、
「ディアス様。早く魔導書を。
私はこの者を早いとこ始末します」
俺はまた体の底から押し上げてくるものを、無理矢理押さえて言葉を発する。
「フィアさん……。ちょっと待って下さい……。
何も急に殺さなくたって……」
そうだ。何もいきなり殺す必要はない。
色々と聞き出してから、殺しても遅くはないはずだ。
フィアはそれを聞いても、表情ひとつ変えずにシルエに近づいていく。
おい、待てって。
そんなことって。俺はフィアの表情を見つめる。俺は心臓が不安と恐怖で高鳴るのを感じながらも言葉を続ける。
「それにっ……サロスのっ! 父さんの命令でここまできたんですよね? だったらまず父さんに知らせた方が……」
「必要ありません」
フィアは顔色ひとつ変えずに、うずくまっているシルエの前まで近づくと、シルエの首に手をかける。
「グッ……!」
シルエは抵抗する術もなく、フィアに首を締め付けられる。
くそっ。
話す余地もないのか。
狂魔族の目的、計画、そして何より俺たちとこれまで過ごしてきた思い出すらずっと偽ってきたのかということも。
彼女自身の本心も!
俺は魔導書に向かって動いた。
だが、六巻が落ちている場所とは真逆の方向に。
そう、ひとまず今すべきことは「彼女」を助けることだ。
俺は持ってきたポーチに入っている魔導書の一巻目を取り出す。
ここに書かれているのは魔力回路を開くのに必要な呪文がある。
「ディアス様何を!?」
フィアが初めて表情を変えた。
同じくシルエも。
俺はその表情を見て言葉を放つ。
「俺は魔力回路を開きます! どう影響するのかは分からないけど、どちらにせよあなたはそっちの方が不都合になるんですよね?
それに……俺はもう一度あなたと話をしたいっ! このままじゃ、話をする間もなく殺されそうですからっ!」
俺はその彼女に目を向ける。
「殺させないし、殺さない!
それをさせないためには、今俺が魔力回路を開けばいい!」
「チッ!」
彼女は舌打ちをする。
俺はその表情を見て恐怖に押し潰されそうになりながらも、詠唱を唱える。
「やめなさいっ!!」
俺の言葉に目を光らせて過剰に反応したのはシルエではない。
初めから予想はついていた。
都合の悪い俺と彼女、2人を同時に消すためには今ここで仕掛けてくると。
彼女=フィアは、
俺に在らん限りの殺意をむき出しにし、掴んでいたシルエを乱暴に離すと、一直線にこちらへと突進してきた。
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