猪突猛省

 三人が旅を始めて今日で九日目、もう少しでミュルクヴィズの森に併設する町アルクスへと辿り着く。


「見て下さい師匠、アロガンスさんの顔を」


 ノクスはミレに耳打ちする。ミレは横目でアロガンスの顔を確認した。


「鼻がコッチを向いてるのが気に入らないけど、別にいつもと変わらないわよ」


 一番左を歩くアロガンス、右に曲がった鼻がミレの方を向いていた。


「いいえ違います。いつものヘラへ……ニコニコした表情とは違い、何かを悟ったのか凛々しい顔立ちになっていますよ」


 眉間に皺を寄せ、黙って前方を注視しながら歩くアロガンス。


「あのね、アレは悟った顔じゃなくて、歩き疲れて限界が近い顔よ」


 事実アロガンスには限界が近付いていた、三日前から。だが一人で引き返すことも出来ずに気力だけで着いて来ていた。体力を温存する為に無駄な動きを一切排除し、脳を休める為にほぼ何も考えずにひたすら歩いていた。


「待って、あそこの茂みに何かいるわ!」


 ノクスとミレはサッと杖を抜き構える。茂みの中から三本の鋭い角を頭に生やした猪の魔物が出てくる。体長は三メートル程あり、その体は二トンを超える重量があった。


「あわわわわわっ!!?」


 ワンテンポ遅れて剣を抜くアロガンス。お尻をピンっと後ろに突き出し身体を九十度に曲げる。膝はブルブルと震え両手で握った剣の先まで、その振動が伝わり震えている。


「グウォオオオオオッ!!」


 猪の魔物は、ノクス達三人に気付き。三本の角を前に出し、突進してくる。


ざん!』


 咄嗟に唱えたノクスの呪文は狙いをそれ、猪の一番前にあるつのに当たる。一本目の角は横向きに切断されたが、二本目の角はヒビが入った程度だった。怯みはしたが、止まること無くミレへと向かって走る。ノクスはミレに飛びつき猪の進行方向から間一髪のタイミングで逸らす。


 そのまま後方にあった杉の木にぶつかり止まる猪。メキメキと大きな音を出し倒れる大木たいぼく


「師匠! お怪我はありませんか!?」


「んっ! 大丈夫! それより早くアイツを倒して!」


 猪は大きな頭を上下左右に振り回しながら方向転換している。ノクスは立ち上がり、しっかりと怒りの想いを乗せ詠唱する。


しずめ、切り裂け! 風の刃ウェンディウス!』


 圧縮され真空になった風のやいばが、猪の身体を左右に切り分ける。その勢いは止まらず、アロガンスの横を通り、杉の木々を易々と刻み空へと駆け上っていった。


「ワー、スゴイキレアジ……」


 放心状態で猪の死体を眺めるアロガンス。


「師匠……!?」


 ノクスはミレの手のひらから血が流れていることに気付く。ノクスが飛びついた時に手を突いて怪我を負わせたようだ。謝罪の言葉を口にしようとする。


「やめて、謝らないで。これは私が自分のドジで怪我したの」


 怪我していない方の手のひらをノクスに向け、言葉を遮ぎるミレ。


「それにノクスが助けてくれなかったら、今頃もっと大怪我してた。でもお礼は言わない、だからあなたも謝らないで」


 痛みなど全く感じさせない笑顔でミレが言う。



♦︎♦︎♦︎


 

 自己治癒能力を上げる魔法をかけていた為、ほとんど怪我は塞がっていたが、念の為にと言って薬草と包帯で処置するノクス。それからミレにひたすら保護呪文をかける。嫌がるミレに何度も何度も重ねがけした為、直視出来ないほど光輝いていた。


「あのね! 私は見せ物じゃないの、コレじゃ町に着いたらみんなから見られるじゃない! 外しなさい、この保護呪文を解除なさいーーーっ!!」


 説得できず、渋々解除するノクス。簡単な保護呪文を残して解除する。


 それから三人は猪の魔物を解体する。肉は毒があり食べられないが、角や皮は売れば良い値段になるとアロガンスが言う。アロガンスは一番値の張る角を我が物にしようと剣を振り、返り討ちにあい折れる。


「ぬあぁああっ! 俺の、俺のアロガンスソードがぁぁぁあ!!」


 剣に自分の名前をつける幼稚な子供が泣きはじめる。


「魔物がこれ程硬いとは知りませんでした」


 ノクスは魔法で残り二本の角を取り、剥いだ皮と一緒に縮小魔法で縮め、腰袋になおす。毒のある肉を動物が食べてしまわないよう大きな穴を魔法で掘り、猪の死体を埋めた。


「では出発しましょう。アルクスの町までもう少しです」


 三人は立ち上がり出発する。


「……アルクスの町? あれれ??」


 戦闘で意識がハッキリしていたアロガンス。目的地を聞いて悪い予感がし始める。



♦︎♦︎♦︎



「嫌だ嫌だ嫌だ! ぜーーーったい嫌だ!」


 門の前で駄々をこねるアロガンス。


「アルクスにある森って言ったらミュルクヴィズの森じゃないか!! 騙したなお前らっ!」


 知らない老人の足にしがみつき、離れようとしないアロガンス。


「騙してはいません。ハッキリと聞かれなかったので黙っていただけです」


 ミレは呆れ果て、ノクスは知らない老人からアロガンスを引き剥がそうと必死だ。


「それが騙すって言うんだよ! 良いか知らないだろうからよく聞け、あそこの森にはさっきみたいな魔物がいーーーーっぱいいるんだ! それにこの時期になると凶暴な羊の……」


 涙を浮かべ、ミュルクヴィズの森の危険性を話すアロガンス。旅の目的を思い出す。


「お前が言った羊ってまさか…… 、バロメッツの羊か?」


 アロガンスは否定されることを祈り質問する。


「聞かれたので答えます。はい、バロメッツの羊の角が必要です」


 あっさりと肯定するノクス。答えを聞き、老人の足にしがみついたまま失神するアロガンス。


「ありゃ、お前さんらバロメッツ狙いか?」


 アロガンスに捕まった老人が、ノクスに尋ねてくる。


「はい、そろそろ実りの時期かと思いやって来ました」


 ノクスが答える。


「そりゃ難儀なこって。取り敢えず新しい剣士を探した方が良いかもな」

 

 足にしがみつくアロガンスを見て提案する老人。


「ワシはこの町で宿屋をやっとるテクトゥムじゃ、コイツはワシが引っ張って行くから、今日はウチに泊まりなさい」


 ズルズルと引きずられるアロガンス。老人の後をついて行くノクスとミレ。

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