魔法と兎

 二人は街道をノンビリと歩く。急いで故郷へ帰りたいミレだったが、道中色々なモノに興味を示し、道をそれるノクス。結果歩みはノンビリだった。


「師匠、あれを見て下さい! とても可愛らしい花が咲いています。何という名前の花でしょうか?」


「花よ」


「あっ! そちらの木に見たことのない鳥がいます! 名前は何なのでしょうか?」


「鳥よ」


 全ての質問に適当に答えるミレ。実際にフクジュ草も知らないし、ツバメも普段から鳥と呼んでいる。


「あのね、私と一緒に来たいなら真っ直ぐ歩きなさい」


 子供のように行ったり来たりするノクスを注意するミレ。一度叱ると少しの間黙って着いてくるが、時間が経つと又ソワソワと逸れ始める。 歩く⇨逸れる⇨怒られる⇨歩く⇨逸れる⇨怒られるをループしている。


「あんたねっ! 子供じゃないんだから良い加減にしなさい!!」


 割とキツめに怒られ、やっと歩くことに集中しだしたのは、もう日が沈みかける時間帯だった。


「師匠、夜移動するのは賢い選択だとは思えません。どこか野宿出来る場所を探しましょう」


 真顔で言うノクスにフツフツと怒りが湧く。急げば日が暮れるまでに、隣町に着いているはずだった。


「あなたの頭の中は、春先の花でも咲いてるの!? アッチへフラフラ、ソッチへフラフラしてたのは何処のどなたかしらね!!」


 急に手に持った荷物が重たく感じるミレ。バンっとノクスに叩きつけ持たせる。


「重たいから持って!」


(取られて困るよいなモノは持ってなかったし、最初から持たせとけば良かった!)


「ありがとうございます! 大切にお持ちします」


 師匠に頼りにされたことが嬉しいノクス。杖を取り出しミレの荷物に魔法をかける。


しゅく


 ミレの荷物はみるみる小さくなり、手のひらサイズまで小さくなる。ノクスはローブの内ポケットへ宝物のようにしまう。


「驚いた……、縮小魔法じゃない。それもあんなに短い呪文で、そんなに小さくなるなんて……。あんたが特級クラスなのは、嘘じゃなかったのね」


 あまりに理解不能なことばかり言い続けるので、『ナンパ師』の次は『詐欺師』を疑っていたミレ。


「私が師匠に嘘をつくことは一生ありません」


 疑われていたことに少しだけ悲しくなるノクス。


「そう、言葉じゃどうとでも言えますからね」


 素っ気なく返事を返すミレ。



 二人は野宿する場所を探し、街道からそれる。人目のつく場所で野宿すると何が起こるか分からなかったからだ。


「師匠、そこに小さな川があります」


 そこにはサラサラと流れる小川と、少しだけひらけた場所があった。


「そうね、良いんじゃないかしら」


「では隠密魔法は私がかけますので、師匠はゆっくりしていて下さい」


 杖を取り出すノクスをミレが止める。


「いいえ、今度は私の魔法を見せる番よ」


 何故か張り合うミレ。杖を取り出し唱え始める。若かりし頃の師匠の魔法に、期待のこもった眼差しを向けるノクス。


『防ぎなさい、睡眠を邪魔する奴らから。隠しなさい、睡眠を邪魔するアイツらから。私は安心して眠りたいの! ついでに隣の男からも見えなくしなさい!』


 少しだけ振動する杖。ミレは小さな声で付け足す。


『じゃないと折るわよ』


 杖から微妙な淡い光? が一瞬光る。ミレの姿がハッキリと見えるノクスは、魔法の失敗を確信する。


「ふふんっ、ざっとこんなもんよ!」


 腕組みし、鼻の穴を広げてドヤ顔をするミレ。


「私、隠密魔法は得意なの。王都に来る時も何事も無かったしね!」


 たまたまである。


「正直な意見、お聞かせ願おうかしら」


 ノクスはどう言えば傷付けないか、急速に脳を回転させる。


「お食事は、兎肉の香草スープでよろしいですか?」


 師匠の大好物だ。


「大賛成よ! 私水くんで来るわね!」


 小川へ駆けて行く師匠。そっと魔法をかけ直すノクス。


 

 食事を終え、焚き火で暖をとる二人。パチパチと薪のはじける音が夜の闇に消えていく。


「師匠は来年もスキエンティア魔術院の試験を受けられるのですか?」


「当然よ、あそこは私の憧れなの。一度の失敗くらいで諦めないわ」


 来年も受験することに安堵するノクス。

 

「師匠、旅のあいだ私が師匠の勉強をみましょうか? 今現在は、わずかばかり私の方が魔法に精通せいつうしているようです」


 ノクスの食事を腹一杯詰め込み、上機嫌のミレに提案する。


「嫌よ。貴方に教わるくらいなら、ウサギにでも習うわ」


 ポンポンっとお腹を叩き返事を返す。


「ですが師匠、来年もスキエンティア魔術院を目指すなら今のままでは非常に困難です」


 現状をハッキリさせる為に、あえて厳しく言う。


「ぐぅ! そんなこと言われ無くても分かってるわよ!」


 故郷にまともに勉強と魔法を教えることが出来る人間はいない。それに家庭教師をつける余裕もない。


「……貴方が優秀なのは分かってるの。そうね、一緒に居るあいだだけ貴方に習っても良いわ」


 他に頼る人もいないミレ。残った選択肢が珍生物なのが気に食わなかったが、背に腹はかえられない。渋々了承する。

 

「ありがとうございます! では今日はもう遅いので、勉強は明日から始めましょう」


 せっせとミレの寝床を準備するノクス。腰袋から小さなベットを取り出し『げん」の魔法で復元する、次に『おん』の魔法をかけ布団とその周りの空間を温める。月明かりを浴びるベットと、それを見て呆然と立ち尽くすミレ。


「私はもう少し薪の番をしますので、師匠はこちらでお休み下さい。あっ、決して襲ったりしないのでご安心ください」


 破天荒はてんこうなノクスの行動に、何か言ってやろうと考えるミレ。


「……おやすみ」


 疲れ果てた脳では気の利いたセリフが浮かばなかった。


「はい、おやすみなさい師匠」


 暖かいベットに入る。布団に吸い込まれるように眠りに落ちるミレ。




 

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