第306話 帰港
船は、特に密室殺人も起こることなく順調に航海を続けていた。
夜は結構明るめに<光源>を上げたりして、なんとか迷子にならないようにと2隻で進んでいく。近すぎても危険だし。離れていても見失いそうで、海上での併走の難しさを実感した。
それでも、お互いの船で海図等の確認は取れているし、メイセスは星からの位置の割り出しは俺の知ってる誰よりも優れていそうなのでどうにか大陸へは着くと思うのだが。それでも見えるというのは安心だ。
航海を初めてしばらくすると俺の頭上に黒い珠が現れた。やはり、ガルと比べるとだいぶ小さく感じる事からガルの成長を感じる。
「ナンカー・フェルジ」
そう名付けられた黒い珠は、ナンカーと略して呼ぶことにした。まあ、しゃべるようになるのはだいぶ先になりそうだが、扱いやすいやつだと助かるんだな。
みつ子からは、メラから仕入れた俺の転生時の「何故記憶が無いか」についての回答が伝えられた。
通常、転生者は死と再生の女神であるモイラが管理をしているのだが、モイラがみつ子の転生の手続きをしている間に、龍神アレスが龍たちを蘇らせるためにこっそり俺に龍珠の種を仕込んでお願いしたというのだ。初めての転生業務と言うか畑違いの業務のせいで、言ってみれば神界での記憶を保存するやり方を知らなかったという……なんとも無責任な話だった。
「その死と再生の女神ってのがみつ子の?」
「うん。そうだよ。いい感じの子だったよ。死と再生っていうだけあって転生してきた人の担当をしてるんだろうね」
「いい感じって……まあ。でも、話的には覚えていないけど。俺もその時に龍神のお願いにOKしたって事だろうな。どんな感じだったか分からねえけど」
「そうだと思うよ。メラが省吾君が転生したときの事覚えていないって話たら、結構慌ててたみたいだから。こんな事になってるなんて知らなかったんだろうね」
「まあ、裕也と同じタイミングで死んで、20年のタイムラグが有るからなあ。時間の流れもぜんぜん違うんだろうな」
実際、ふと鼻くそほじくっていたら10年くらい経ってましたとかありそうだぜ。でもまあ、なんか不安だったのが原因解ってよかったかもしれねえな。
「ガルもそういうの龍神に聞いてくれれば良かったのに」
『……ん? なんか言ったか?』
「……いや。なんでも」
軽くガルに愚痴ると、俺に寄りかかっていたみつ子が体を起こし、目玉をまん丸にしてこっちを見つめている。
「ん? どうしたの?」
「今の……ガルちゃんの声??? 聞こえた! 聞こえたよっ!」
「ま、マジか……いやでも。そうか。みつ子も龍の代理的な存在になったんだもんな」
「うんうん。へえ。っそっか。ナンちゃんはどんな子に育つのかね。楽しみ~」
「ナンちゃん??? なんかお笑い芸人みたいだな……でも黒だけに、ブラックジョークしか言わなかったりな」
「面白くない」
「そ、そう?」
そうか。みつ子もガルの声が分かるのか。隣りにいて聞こえるっていうのは何かしらの電波的なのが飛んでいたのか。そう考えたのだが、メラの声は俺には聞こえない。なんか優先的なラインがあったと思っていたのだが。
その後試してみると、さっきはみつ子は俺に寄りかかっていた。俺と体が触れているとなんとなくガルの声が聞こえるようだ。手を離している時は声が聞こえないという。それでも、メラの声は俺がみつ子に触れていても聞こえない。接続が更に密になっているのかもしれないな。
横を向けば相変わらず、ゾディアックとジンが釣れない魚を釣ろうとしている。こんな遠洋で「世界を釣る」みたいな大物釣れても対応できる竿とかじゃないのに。
確か日本からアメリカへ行くときも偏西風だかの影響で行きと帰りの時間がだいぶ違った気がするが、やっぱりこの世界でもそういう影響はあるのだろうか。行きと比べてだいぶ船の帆が受ける風が元気な気がする。
実際、島に向かったときより数日早く俺たちは海の向こうに大陸の影を見つけることができた。
「肉だな」
「ああ。間違いない」
「肉っすね」
「肉じゃな」
「肉ね」
ビョークの街は魚介類が有名なのだが、今は肉が食いたい。島にいる間は魚ばかりだったし、船の中では肉が出たが、島で仕入れた魚率が高かったからな。
「良いなあ……兄ちゃんも領主の館に付き合ってよ」
「却下だよ。エージェントハヤト」
残念ながらハヤト達、王国の公務員達は帰港したらしたで仕事が溜まっている。子爵とともに早速ビョークの街の領主の所に赴く。今回一緒にやってきた島民達の扱い等の相談も必要なのだろう。
だが、俺達はもうフリーだ。きっと。いや。絶対にな。
「やっぱ船の上ってのは落ち着きませんな」
ミドーも久々に土に足をつけホッとしている。あのゾディアックですら。やれやれと言った感じだ。
「あ、ハーレーどうするか」
「休眠モードだろ? 出発まで寝かせておけよ。起こしたってどうせ邪魔だし」
「邪魔とか言うなよっ!」
ハーレーは行きの時と同じ様にまるで冬眠するかのように船の倉庫で寝ていた。相変わらずの燃費の良さが助かる。そのハーレーだが、みつ子が龍と同化したことにすぐに気がついたようで、みつ子が近づくと半分ビビったような、服従するように腹を出してゴロゴロと喉を鳴らすレベルだ。それはそれで可愛いと感じるらしくしばらくみつ子がハーレーを構いまくっていた。
それでも俺たちだってあんまりノンビリはしていられない。ハヤト達の様にまだまだ仕事が終わってないということは無いのだが、そろそろゲネブに帰らないとブルーノもやばい気がする。残ってるメンツである程度仕事はこなせるとは思うのだが、ギッチギチだろう。
「今晩一泊のんびりしたら、明日朝からハーレーで飛ばすか」
「一泊だけか?」
流石にモーザもくたびれているんだろう。不満げな顔をする。
「ブルーノが真っ白い顔して仕事捌いていそうじゃね?」
「……そ、そうだな」
「まあ、ハーレーが飛ばしたとしても、ここからだと10日とかはかかるんだ。途中の街でちょっといいホテル泊まってそのたびにゆっくりすれば良いじゃん」
「……そう、だな」
ホントだったら裕也の所も寄って色々話したいけどな。まあ、それは電話ででも話せれば良いだろう。王都までの往復だけの予定だった旅行も、とんだ道草をくってしまった。
こうして俺たちはすぐに現実の生活へと走り始める。
俺たちが龍を引き連れて、巨人と戦うなんて話だって。神話のレベルの時間の中でまだまだ数百年は先の話だ。全然実感なんて沸かない。そもそもみつ子をそんな危険な所に連れて行くなんて、ちょっと悩むだろ?
まあ、それでも巨人がどんな強いかなんて分からないが。少しづつレベル上げは続けていくつもりだ。山椒は小粒でもぴりりと辛い。ちっぽけな人間なりに働けるように。
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