第296話 狂気のボストーク
トクトクトク……。
石の配置をしながら次元鞄から酒瓶を取り出す。一杯飲んだらもう一杯。俺ならそんな泥沼にハマることはない。ただ、この一杯だけは。ミドーと飲んだ一杯じゃねえ~。とてもじゃないが飲んだ気にも成れないしな。
ふふふ。
「まあ、そこまで旨い酒じゃないが。どことなく懐かしい味がするんだよなあ」
「へえ、お酒……ねえ」
「え!? いや……なんで???」
くっそ。やばい。酒のせいか。みつ子の接近の全く気が付かなかった。いや。そうはいってもそんな飲んでるわけじゃない。弱くなった……とでも言うのか? この俺が? いやありえない。
「最近、ゾディアックさんに気配を消す秘訣を教わったのよね」
「な……何のために!!!」
「ふふふ。お前の悪事をって……プレジウソさんがね、ミドー君が少し酒臭くなかった? って。ちょっと省吾君もなんとなく挙動が怪しかったからね。見に来たのよ」
「こ、これは俺のッスから! モーザから貰ったんだい!」
俺は動揺のあまり整合性の取れていない語尾で自衛を志す。
そんな俺を見てみつ子は、なんとも言えない微妙な表情をする。
「別のお酒が駄目って言ってるわけじゃないのよ。分かるでしょ?」
「う、うん。分かるよ」
「コソコソしているのが気になるのよ。妻としてはね。分かる?」
「は、はい」
「その一杯は良いから、後はやめておきなよ。省吾君、自分が思っているほどお酒強くないんだから」
突然みつ子が意味不明な事を言う。
「……え? いやいやいやいや。何をおっしゃって――」
「だっていつも自分はお酒が強いんだみたいな、なんかお酒が強ければ漢だ! みたいな感じ出してるけど……結構失敗してるでしょ?」
「えーと……どうだったかなあ?」
なんて事だ……俺はみつ子に酒が弱いと思われていたのか。それでいつも俺が酒を飲もうとすると警戒感を露わにするわけか。これは……マン・オブ・ザ・マンたる、省吾の底力を見せるべきじゃないのか?
愛する妻に、そんな風に思われていたとは……。
俺は愕然としながらみつ子を見つめる。
……ん?
「あれ? みっちゃん……外って、……プレジウソさん1人?」
「え? 私がこっちに向かった時はミドー君達が来ていたけど……え?」
なんだ? この嫌すぎる予感。
俺の気配感知の範囲の中に、4人の人影が入り込んできた。1人は引きずられるように無理やり連れてこられている感じだ。……プレジウソさんか? そして迷わずにこの遺跡のある空洞へ向かってくる。
「この魔力……アンデッド?」
みつ子には<魔力察知>がある。やってくる魔力で状況を掴めるのだろう。アンデッドか。どういう事だ?
!!!
やがてボストークが顔を見せる。一緒に捕縛したはずの教団員と、教団員に引きずられるように意識を失ったプレジウソもいる。
「プレジウソさん!!!」
「安心しろ。死んでは居ない。今はな」
みつ子がプレジウソに向かい声をかけると、ボストークが静かに返事をする。たしかに……まだ死んでは居なそうだ。だが……なぜこんなことに。
……なんてことだ。
改めて教団員を見ると、2人とも既に死んでいる。つまりアンデッドの状態だ。アンデッド化による力の増加を利用して無理やり拘束を解いたのだろうか。腕も半分ひしゃげかなりボロボロの状態になっている。
……そしてボストークだ。魔力を抑制する魔道具を付けていた右腕が手首から先が無くなっていた。拘束を逃れる為とはいえ……そこまでやるのか。
それでも、恐らくボストークはアンデッド化していない。ボストークのネクロマンサーのスキルで2人の教団員をアンデッド化をしたのだろうか。
「プレジウソさんを開放しろっ!」
「……ふむ。大事なんだろう。この男が。<聖刻>とやらでヨグ神の神遺物を封じたいのだろ。なんという……唾棄しすべき行為を!」
「封印と言っても、その呪いが漏れないようにするだけだろ。別に破壊するわけでもない」
「罰当たりめ。神の御力を封じようとは、人間ごときがやっていい事ではない!」
くっそ……これだから宗教者は嫌いなんだ。狂信的に独善的。他者の迷惑など神の名のもとに無視出来る。
「しかし、お前にはもう頼りのアンデッドも居ない。勝てないだろ」
「そうだ。だからこの男が生きている。お前らがおかしな真似をしなければなっ」
「くっ」
ボストークは俺達の方を向いたままジリジリと遺跡の方に向かう。何をするつもりかは分からないがプレジウソさんをなんとかしないと……しかし。3人か。失敗すればプレジウソさんが危険だ。
……そうだ。ガルの<纏雷>……使えないだろうか。あれなら奴らが反応するより早く…。
「なあ、ガル」
『止めておけ』
「な、なななんで!」
『脳に酒が残ってる状態では危険だ。あれはそういう技だ』
「く……」
ここに来て、酒が悪い方へと俺を落とし込む。
俺がこっそりガルとやり取りしていると、目ざとくボストークが気がつく。
「何を企んでいる……動くなよ。少しでも動けばコイツの命は無いぞ」
ボストークは完全に教団員のアンデッド2人をコントロールしているのだろう。俺の直線上に2人が重なるように動く。奥のアンデッドは拾ってきたらしい作業用の鎌をプレジウソさんの首筋に当てるようにする。横目でみつ子の方を見るが、みつ子も厳しい顔で首を横にふる。
ボストークはそのままジリジリと遺跡の横までやっきた。そのまま遺跡の周りに積み始めた石を蹴り崩す。
……何をするつもりだ?
「こんな汚れた石を……」
憎々しげにつぶやくと、手のひらを石柱にそえた。反対の手はぶらりと垂れ下がり、噛みちぎられたような手首からは大量の血が垂れ続けている。あれでは……長くは保たないだろう。俺たちは動けずただ、それを眺めていた。
ズズズ……。
ズズズズジズ……。
ちくしょう。
やはり何かが反応している。止めなくては、と思いつつも俺は動けずにただ成り行きを見つめる。
ズズズジジジ……。
ジジジジジジジジジ……。
そして太い振動はどんどんと細かく、音も甲高く、耳鳴りのように鼓膜を刺激する。
マズイ。この感じは絶対にやばい。ヨグ神を復活させようとでもしているのか。ボストークはすべての意識を遺跡に向け、石柱にそえた手からは今まで見たこともないようなぶっとい魔力が渦巻きはじめていた。
「省吾君……」
「遺跡が……」
見ている前で真っ黒な石柱の上端の方が白く色が抜け、サラサラと崩れ始めていた。
「馬鹿め! これは遺跡などではない。ヨグ神の神力が結晶化したもの。神の力そのものなのだ!」
ダンッ!
ダダダン!!
「今じゃ!!!」
ボストークが得意げに何かを言い終えようとした時、乾いた音と共に、プレジウソを抱えていたアンデッドの顔面がのけぞる。と同時に拘束していた腕が弾けた。ジジイか! 俺は全身に使えるスキルをすべて適応し、全力でプレジウソに向かう。
ボストークの意識は完全に石柱に向いているようだ。介入することなく、それが幸いしたのかアンデッド達の反応スピード以上の速さで俺は突っ込む。手前のアンデッドを左手でどかしながら力を入れようとする鎌とプレジウソの首の間に指をねじ入れる。全力で魔力を纏わせた指はそのまま鎌をつまみ奪い取る。
ダダンッ! ダダンッ! ダダンッ!
アンデッドは俺が始末するまでもなく、鉄弾で全身に穴を開けながら崩れていく。
ゴォォォオオオ!!!!
更に、みつ子がこしらえた殺人火球がボストークに衝突する。俺は飛び散る火の粉の中から必死にプレジウソを抱えたままそこから避難する。
くそったれ。
嫌な感覚は薄れる事なく、空間を埋め尽くしていた。
※明日はお休みします〜。明後日は未定でーす
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