第286話 アンデッドは夜に蠢く 2

 おそらく一番ヤバそうな存在。まあ、ゾディアックの奥さんもヤバいっちゃヤバいがあっちはヤバいのは隠密技術。戦闘技術で言えば、きっとこの中年の綺羅びやかな鎧をつけたアンデッドだろう。

 こいつも血色は悪いが、生きていたときはかなりの偉丈夫だったのだろうと感じさせる雰囲気を持っている。ガツガツと切りつけてくるのをミドーが必死に防いでいる。


「変わろう。面白そうだ」


 そう言いながら近寄ると、中年アンデッドは攻撃の手を止め嬉しそうに笑う。


「ほう。君も美味しそうじゃないか。彼の硬い防御の先にある肉も美味そうだとと思ったが……」

「かなりの名のある方ですかね。お名前を聞かせていただいても?」

「ふむ。ヴァシェロニア教国、オーヴァ・ルーブと言う。あまり外に出ることはなかったが、死後にこんな楽しい出会いがあるとはね。神に感謝しなくてはね」

「教国……。聖騎士とかですかね」

「そうだな。まさにそう呼ばれていたよ」


 ガタッ。と俺達の後ろで状況に付いてこれていなかったプレジウソが目を見開く。


「オーヴァ卿……だと!? まさか……そんな」

「ほう。私を知っているか。まあ司祭なら不思議なことでは無いか」

「そうか、有名人……まあその抜け殻だな」

「ふふふ。言ってくれる。だが強ち間違ってはいないかもっな!」


 オーヴァは俺を敵とみなしたのか、切りかかってくる。装備は片手剣に片手盾というスタンダードな物。おそらく聖騎士の剣と盾なのだろう。もともと純白だったと思われるそれらの装備は今では薄汚れている。意識はあるようなのだが、そこら辺の事は気にならなくなってしまっているのだろうか。


 バチィン!


 対人戦でのこの片手剣と片手盾というのは思いの外やりにくい。片手用と言えども丸い盾を前に出されるとそれだけ攻撃する隙間も見つけにくい。剣聖の剣技を持ってしても簡単なことじゃない。

 

 だが、不可能じゃなさそうだ。先程ミドーの防御を破るのを楽しんでいたと言うが、まあこういう気分だったのだろう。


 ふぁぁああ。


 攻め方をシミュレートしていると後ろからみつ子のバフがかかる。淡い光とともにモリモリと力が湧いてくる。

 みつ子は魔法でアンデッド達を減らしつつも、次々に戦う仲間たちにバフを掛けていく。みつ子の持つバフは力を増す物と、魔法抵抗を付けるものがあるが、今は筋力の増強だけのようだ。そのみつ子は何も言わずにすぐに他のアンデッドに向かっていく。

 これは……遊んでいないで急げということか。今の俺に筋力バフがかかれば、一方的になってしまうんじゃないか。残念。


 <剛力>も足し、力が増せばスピードも上がる。俺の全力のスゥイングがオーヴァの盾を襲う。裕也の切れ味抜群の剣は、風切り音を響かせ遮蔽物を物ともせずに通過していく。


「な……なんだと?」


 力任せの攻撃で、盾は切り裂かれ、削られていく。愕然としながらもオーヴァは意味をなしていない盾を捨て、剣を両手に持ち攻撃に切り替える。そこら辺の見極めはやはり一廉の騎士だったのだろう。だがスピード域の違う世界で、オーヴァの対応が功を奏する事は無かった。切り下ろす聖騎士の剣のスピードより速く、俺は連撃で刻みを入れていく。


「お前の名は?」

「省吾だ」

「変な名前だな……」


 ……って。最期の言葉がそれかよっ。



 基本的に俺たちはプレジウソを守りながらの戦いになる。ジンは魔法での攻撃力は十分にあるが、いかんせんまだ前衛的な特訓は未熟だ。プレジウソと共に俺たちの真ん中あたりで後衛としての仕事に励んでもらう。


 ん?


「モーザ! ハーレーはどこ行った?」

「ワイバーン落とすって追いかけてった」

「マジか……」


 こういう時に個人行動は駄目だっちゅうに。あいつには何度言っても無駄だな。しかも飛べねえのに、空を飛ぶ敵を追いかけて――。


 ドゴーーーーン。


 おっふ……。

 しかも……また勝手にブレス使いやがった……。うまく行けば明日には遺跡に着くっちゅうのに。魔力は戻るのかよ。



 オーヴァの他にもヤバそうなのが居たと思ったが、モーザとみつ子が始末してくれたようだ。そこら辺は何者かの指示の通りに動くだけなのだろう。完全に劣勢になってもアンデッド達は構わず向かってくる。ヤバいと言っても、あの剣聖レベルの人間なんてそう居ないだろう、そこそこ名のある人間のアンデッドも揃っていただろうが、今の俺達にはそこまで問題にはならないようだ。



 ただ、ゾディアックだけは未だに戦闘を続けていた。


「一度は陥落したブルガリスで、ワシ等とは別にゲリラ活動をしている団体がいるってな、ロイドが嬉しそうに情報をしいれてきてのう」

「ロイドかっ! とっととクタバッた奴じゃな。あんな太ってゲリラだなんて無理だったんじゃよ、今考えれば脂が乗って美味そうじゃけどな」

「でも、ロイドのおかげでお前と会えたんじゃよ。大事な思い出じゃよ」

「国の独立を見れずに死んだんだ。本人は満足してるとは思えんぞ」

「それでも……やつは満足して死んでったさ」


 アンデッド化して、指示に従って俺たちを殺しに来ていても。死んだと思っていた嫁と話せるというのは随分嬉しいことなのだろうか。2人は切り合いながらも、ぶっきらぼうに会話を重ねていた。


「2人で剣聖を退けた時の話は覚えてるか?」

「忘れるもんかい。あんたがビビるもんだから、ケツをひっぱたくのに忙しかったさ」

「お前を探してる時にの。現剣聖とも戦ったんじゃよ。ワシラの世代の剣聖より幾分か強そうじゃったぞ」

「剣聖なんぞ、帝国の威を知らしめるための象徴さ。当たり外れはあるだろうよ」


 俺たちの分からない古い思い出なのだろう。ゾディアックはまるでアリステとの記憶を確かめるように、そんな話を続けていた。ゾディアックの剣に手心がかけられているようだが、アリステの剣はすべてがゾディアックの命を狩ろうと鋭くえぐり続けていた。



「ブルガリスのあの夜は寒かったのう」

「……どの夜じゃい!」

「お前が死んだ日の夜じゃ……ずっと側に居てやりたかったが、国葬にしたいと王が聞かなくてな……」

「……そりゃアタシが死んだんだ。国葬は当たり前じゃろが、豪勢に美味いものをくいたいじゃないか」

「……ワシが側に居たら、こんなにならんかったのにな……申し訳ない」

「ふん……あんたのせいじゃないさ」


 やがて2人は止まり、いつしか会話も終わろうとしていた。四肢を切り落とされかろうじて口を開いていたアリステをゾディアックはじっと見下ろしていた。


「プレジウソ司祭。アリステを清めてもらってもよいかの?」


 ゾディアックがそう頼むと、プレジウソは事情を察し、アリステに近づいていく。そして<ホーリー>の魔法でアリステを浄化していった。





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