第253話 ハヤト
ハヤトは、ただ懐かしの俺に会うために仕事を早めに休んでやって来たんだ。そんな雰囲気は漂わせているのだが。なんとなく嫌な予感がする。
ハヤトの所属している<メカヌス>と言う組織は、もともと黒目黒髪を監視するために王国内に張り巡らされたような諜報機関だ。それが現国王の時代になり、組織のトップにピケ伯爵が就任すると組織の内容を少しづつ変えていった。もともと諜報機関の様な色合いが強かったためにそのまま諜報機関としてベクトルを変え、国内外の安全保障に関わる様々なことを監視、警戒、情報収集をするような……完全にジェームズ・ボンドの世界だ。
このハヤトの正装も、裕也が日本に居た頃にジェームズ・ボンドの大ファンだったということで、普段からハヤトにそういう格好を薦めたらしい。当然、この就職に関しても超喜んだと言うから……何でも就職祝いに自分の<気配遮断>スキルをブランクオーブに吸わせてハヤトにプレゼントしたらしい。
誰よりも異世界を楽しんでるなあ。裕也は。
ちなみに、あの男が言っていた、<モドロン>というのは<メカヌス>の組織員の事を言う蔑称的な物らしい。「やべえサツだ!」みたいな物なのだろうか。
諜報機関の割に認知は高いと感じるが、ちょっと悪いような奴らにとってはそこら辺の治安部隊なんかよりもずっと恐れられているらしい。国から目をつけられて一夜で潰されたような非社会的な集団もいたりするようだ。
裕也の鍛冶仕事を見ながら、小上がりでお茶をすすり。ハヤトから学院時代の話や、今の仕事の話とかを聞く。裕也の子供だ、俺に取っちゃ甥っ子のような存在だ。久しぶりに会えてこうやって話しているだけで随分楽しい。
今回の旅でジンも連れてきた話をすると「会えるかなあ」なんて言ってる。ワイバーン倒しに行ってるから、まあタイミングが合えばなんだろうが。
裕也は裕也で段々と鍛冶に興が乗り……過ぎてるようだ。モーザの短槍の修理が終わるとなにか他のこともやり始める。俺の防御用に使ってる分厚い短剣も直してくれると言うのでメンテナンスをしてもらう。
昼飯を食いにも出なそうなので、俺とハヤトでテイクアウトの食品を買いに出かけたり、俺達は裕也のじゃまにならないように時間を潰していた。
やがて、気がつくと、炉の火じゃなく、裕也の周りに濃密な魔力がうずまいていた。
「ん? 裕也はなにやってるんだ? 大丈夫……なんか?」
「ああ、オリハルコンとかは炉の火だけじゃ溶けないからさ、雷魔法みたいなのを使って溶かすんだよ。かなりの高温になるからもうジャグも手を出せないかな?」
ジャグは裕也の助手をやってる隣の少年だ。少年は何やら溶接のときに使うようなガラスのゴーグルが付いたような仮面を被って裕也の後ろから見ていた。
……溶接??? 雷魔法??? まさか……。
プラズマアーク?
……確か裕也は日本の何処かの町工場で働いていたとか言っていたから、もしかしたらそういう技術の知識も在るのだろう。俺は良くわからないしな。作るより、いかに上手く使いこなすかだけを考えればいいのだろう。
そして裕也は放置して再びハヤトと話を始める。
……
……
夕方、日も暮れ始めるとようやく裕也も仕事の手を止め、片付けを始める。ジャグも慣れたように片付けをしていく。俺は勝手が分からないからただ見ているだけだ。
エリシアさんも予想以上に遅くまで帰ってこない俺たちに少ししびれをきらしていたようだ。
「もう、遅いんだから。珍しく夢中でやっていたのね」
「ああ。省吾が王都にいる間に作ってやれるものは作ってやろうかと思ってな。明日もちょっとやってるぞ?」
「うん。気にしないで。それにしてもハヤトも居るなんて、多めに作っておいて良かったわ」
そう。ハヤトもそのまま一緒に裕也のホテルで食事をすると付いてきていた。ぶっちゃけ食事一人前増えるのって主婦泣かせな感じがするんだが、まあ息子ってのはそういうもんなのかもしれないな。
「おおお~ ハヤトくんだいぶイケメンに育ったねえ。なんとなくエリックさんに似てるかも?」
「ははは。ありがとうございます。ミツコさんも相変わらず素敵ですよ」
「まあ~。女性の扱いまで上手になって。危険ですこと」
「そんな事、無いですよ」
ううむ……エルフの血は恐ろしいぜ。俺にも一滴くらい入っていれば人生変わっていたかもしれないな。
その後は5人で和やかに食事を楽しむ。ハヤトも既にお酒を飲める年だ。ともに葡萄酒を口にする姿に、息子と酒を酌み交わす父親を羨ましいと感じる。流石にエリシアさんは授乳中なのでアルコールは飲まないが、みつ子も少し羨ましげに裕也ファミリーを見ているように思ってしまう。
「さて、今日はそろそろお暇しようかな」
「おう、明日も工房に居るからもし良かったら顔出せ」
「鍛冶仕事は見てても良いんだけど、まあ明日は王都を散歩でもしようかな。教会にスクロールとかチェックしに行きたいし。みっちゃんはどうする?」
「私はアルストロメリアにも顔を出さないとなあ」
みつ子は転生してきて王都に居たからな、長くお世話になったアルストロメリアに顔を出したいだろう。じゃあ、明日は別々かな?
「お兄ちゃん、じゃあ明日空いているんだね?」
突然ハヤトが嬉しそうに言う……ハヤトも明日は休みなのか? いや。この笑顔は……。
「ん? ああ……まあ、空いているっちゃ空いているけど……」
「んとね、ちょっと付き合ってもらいたいんだ」
「えっと……どこに?」
「上司、的な? 久しぶりに会いたいような事を言ってたかなあ……」
「……ハヤト、まさか……」
「ははは。まさかって何かな? 全然。たまたまだよ。本当に」
「たまたまって、お前の上司ってピケ伯爵だろぉ??? 絶対たまたまじゃねえよっ」
「へへへ」
「……」
裕也も何かを察したのだろう、乾いた笑いで「行って来い」と言う。お前もか。
明日朝食後に迎えに来るというハヤトは、もはや逃がす気は無いという感じだ。かわいいハヤトのお願いを無碍に断れない俺は、諦めて付き合う約束をする。みつ子は、「私は関係ないでしょ? アルストロメリアに行く予定があるし〜」という感じで一緒に行くのを拒絶された。
まあ。しょうが無い。伯爵とだってずっと会ってないしな。きっと世間話を……したいに違いない。
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