第241話 王都に向けて 3

 ラーダの街で朝を迎え、再び王都へ向け出発する。

 モーザは朝市でハーレーの為に果物を大量購入し、例によって妙に力持ちのメイドがリル様をお姫様だっこをしたまま獣車にリル様を乗せていた。リル様の朝の弱さが半端ない、全く目を覚ます気配がない。


 ここまで来るともうリル様のサイクルは決定している。午前は獣車の中。午後にハーレーの背中。野営時や道中に取る昼食はリル様とエドワールのメイドが2人で協力して用意をしてくれる。商人の護衛時は基本的に飯は自分持ちになるのだが、そこはいい感じだ。

 リル様は俺にも何か用意してよと期待の目を向けてくるが、まあなかなか出来るものではない。


 ラーダの街から村を3つほど経由するとブントの街につく。ここから北へは龍脈が二股に別れる。ゲネブ近郊に住んでいると、龍脈は一本の幹にたまに枝分かれしている様なイメージなのだが、実は大陸には幾筋もの龍脈が別れている。たまたまゲネブが大陸の端になるため1本線にまとまっているだけなのだ。

 更に北へ行くとどちらかと言うと龍脈は網の目の様に成ってくるそうだ。


 いずれにしてもここは3つの太い龍脈のラインが集まる街で、交通の要所となる。そのため龍脈溜まりの広さはゲネブよりは小さいが、商人たちの流通も多く、かなりの賑わいのある街となっている。


 ちなみに俺は一度だけここまでは来たことがあるんだ。その時はかなり強行軍ですぐにとんぼ返りだったが。そして王都までの道のりで行けば、ここが半分くらいになる。



 ブントの街は大公領ということだが、ブント大公はゲネブ公とは割と近い親族になるらしい。そんな訳でリル様はブントの街では大公の館で泊まらせてもらうという話だった。ついでにエドワールもご一緒するらしい。

 2人は大公との付き合いもあるようで、ここで2泊することになる。護衛騎士と共に貴族街の方へ歩いていった。


 ということで1日休みになる。


 俺達もとりあえずその1日の休みは自由行動にした。ゲネブ公のお金でラモーンズホテルに泊まれるし、1日まったりホテルで過ごしてもいいし。と。



 まあ、俺達はあまり来ることのない街に来たら色々歩いてみたい。


 ブントの街は歴史も古く大公の領主の住まう街として、古くから発展していた街だ。近くにダンジョンが無いため、ゲネブと比べると城壁はそこまでの高さがあるものではないが、ゲネブと同じ様に城壁の中には露店などの開設は禁止されているようだ。

 その代わり街を囲む城壁の外もしっかりとした外壁で囲まれており、それなりに賑わっている。そちらの方には露店なども立ち並び庶民向けな感じだ。

 もしかしたら、ゲネブの外周を囲む作りは、こんなブントの街の作りを意識しているのかもしれない。


「で、ブントの名物ってなんだろう?」

「うーん……。確かつけ麺みたいなのが有名な所があったような」

「おお、つけ麺か? タイショーケン系かなあ?」

「ん~と。前来た時に聞いて食べたんだけど、どっちかと言うとパスタだったよ。トマトベースのつけダレに付ける感じで」

「うぉ。そっちか。つけナポリタンみたいな感じかなあ。うん。とりあえず食べてみたいな。前に行ったお店って覚えてる?」

「もう5年以上前だからねえ……どこだったかなあ……」


 昔から地図を読めない女という言葉があった? 気がするが。みつ子の方向感覚はだいぶ怪しい。やはりというかなんというか、どんどん裏道の方に迷い込んでいく。


「みっちゃん。もう諦めて大通りで誰かに聞こうよ」

「ちょっとまって、うん。そうそうこんな道だったかもしれない」

「さっきから同じ様な道ばっかりじゃん」

「しっ! 今必死に記憶の糸を手繰り寄せているのっ! 集中乱さないで」


 うん。望み薄いな。


 それでも歩いたことのない道を歩くのって楽しい。この裏通り感も最高だ。必死に店を探して歩いてるみつ子は余所に、俺は歴史を感じさせる街並みを純粋に楽しんで歩くことにした。


 しばらく裏道をさまよっていると、感知に気になるものが引っかかる。


 この先の道で倒れているような人がいる。まあ生きてるっぽいがこの大きさは、子供か?


「みっちゃん。この先に誰か倒れてるかも」

「え? 食い倒れ?」

「いや。食い倒れでは無いと思うけど」


 そちらの方に向かうと、石畳の細い路地の隅に壁に半分もたれかかってうつむいている人影が見えた。子供では無いな、多分老人か……。


 みつ子が慌てたように老人に駆け寄り様子を見る。特に怪我をしているわけでもなく寝ているようだ。酒の香りもしないから酔っぱらいという訳でも無さそうだ。


「おじいちゃん! おじいちゃん! 大丈夫?」


 みつ子がそっと老人を揺すると、老人は目を覚まししばらくみつ子の事をボーっと見つめる。


「あ、良かった。おじいちゃんこんな所でどうしたの? 何処か調子悪いの?」

「ああ……ここは天国か?」

「しっかりして、おじいちゃん。ここはブントの街ですよ」

「おお……エリーが若返っておる。やはり儂は死んだのか……」

「え、エリー? 違うよ。私はみつ子ですよ。ほら。おじいちゃん立てる?」


 なんだろう。徘徊老人か? 完全にボケていそうな予感もする。


「みつ子さんかい? ……はて……天国でも腹は減るんじゃな……」

「おじいちゃん、お腹すいてるの?」

「もう3日もまともに食っておらんからなぁ」


 立とうとするが、おじいちゃんは腰が抜けているようで立てなそうな感じだ。


「おじいちゃん、おぶってあげようか」

「おお。孫におぶってもらうのが儂の夢だったんじゃ……」


 みつ子が老人をおぶろうとすると、なんとなく嬉しそうにしている。それを見てちょっと嫌な直感が……湧いた。


「あ、みっちゃん。そういうのは男の俺がやるよ。さ、爺さんどうぞ」


 そう言いながら老人に背中を向ける。


「チッ」


 え? 舌打ち?


 驚いて老人を振り向くが、老人は「悪いのう」と好々爺の様な笑みをしながら俺の背中にしがみついてきた。

 俺は気のせいだったかと、老人をおぶって立ち上がる。


「そこの棒も持ってもらってええか? 杖がないと歩けんでな」


 老人の横に木の棒が立て掛けてあり、そこに風呂敷のように荷物をまとめた布が結び付けられていた。みつ子がその棒を持つと、とりあえず老人に食事をさせてあげようと、大通りを探して歩き始めた。

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