第237話 年越しパーティー
休みに入ると、みつ子が台所で何やら料理を始めている。昆布巻に田造、伊達巻……そうか、毎年ちょっとづつ試していたけど、結構本格的におせち料理を始めたのか。
「へえ、やっぱおせち料理があると嬉しいよね。いっそうウーノ村のラモーンズホテルで皆で銭湯に入って望郷の念に浸るのもありだったかもね」
「それは……おせち料理食べるタイミングがないじゃない」
「そっか。チソットさんの家の鍵とか借りておけば良かったね。あそこなら台所もあるしね」
「ん~。あの人の事だから魔法で結界まで張ってそうじゃない? でもまあ、今度王都に行った時に聞いてみても良いかもね」
◇◇◇
現在チソットは王都で生活してる。チソットが作った電話的な魔道具はもともと電話会社の設立等を考えていたのだが、裕也等と相談し、戦略的にもかなり重要な魔道具ということでいきなり商売というのは危険かもしれないと、ゲネブ公に報告した。
ゲネブ公もたしかにその技術を一般に広めるのは危険かもしれないと、国王に報告することになり、そのまま電話の技術は国家の機密事項にされてしまったのだ。
ただ、チソット自体がそこまで金儲けをしたいつもりも無かったのがあるのと、国が用意した「魔法総合研究所」、略して魔総研の研究員というポストに喜んで飛びついた為、本人的には大満足のようだった。
魔総研は、魔法、魔術言語、魔道具らの研究者を集めた国の機関の1つで、国の研究費も湯水のように使えチソットのような研究マニアには天国のような勤め先らしい。その所属する研究者もほぼ王立学院卒の優秀な人材ばかりの様で、こんな事でもないと入れることは無いという。
その王立学院の魔法科等もその傘下にあるようで、教師陣も魔総研からの出向で生徒に教えながら優秀な人材を集めているという。
◇◇◇
チソットの話はさておき、材料は制限があるものの、6年以上この世界に暮らしていけばなんとなくそれっぽい食材も心得てきている。ウキウキしてくるな。
「銭湯は楽しめなくても大晦日はジローのオヤジの料理とおせちで完璧だね」
「え? おせちは正月に成ってから食べるものでしょ?」
「あいや。そうか、みっちゃんのところだと正月におせち派か……」
「ん? 省吾君ところは違うの?」
「うん。俺の住んでいたところだと、おせち料理は大晦日の夜に食べて、残りを正月につまむ感じだったなあ」
「大晦日って、蕎麦じゃないの?」
「蕎麦は日付が変わるくらいの時間に食べたなあ。あ、あと大晦日の昼飯に父親と近所の蕎麦屋に行って食べる感じか。おふくろが夜の料理の準備で大変だからってね」
「うーん」
「正月の過ごし方も日本だと土地によって違うもんな。みっちゃんの作る雑煮も俺のイメージのとぜんぜん違うしね」
「ああ、そんな事言っていたね」
同じ日本からの転生者でも微妙に文化が違う。俺のイメージだと正月にお雑煮。2日にお汁粉を食べていたが、たしか前に「お汁粉は鏡開きの時でしょ?」なんてみつ子が首を傾げていた。家は乾いてガビガビになったお餅を叩いて割って、揚げ餅にして食べていたが。きっとみつ子の鏡餅のイメージは真空パックに入って状態キープなお餅なんだろう。
やがて大晦日のパーティーの打ち合わせにやってきたジロー屋の親父もみつ子のおせち料理に興味津々で色々聞いていた。
この世界の正月料理も日本のそれと考え方は似ていて、日持ちする料理を事前に大量に作り正月はのんびりと過ごす事が想定されていたようだ。
年越しのパーティーは大いに盛り上がっていた。
スス村に行っていたフルリエ達は無事にゲネブに戻ってきてパーティーに参加している。だが実家で過ごしたり、フォル達の様に出かける用事のあった社員も居たため、会場に空きがあるからと家族や知り合いに声を掛けても良いと皆には言ってあったんだ。
だけど……。
「がははは! おいショーゴ。楽しいな! うんうん。飲んでるか?」
約一名、無駄にバカでかい声で騒ぎまくってる男が混じっていた。ザンギだ。例によって甥っ子のザックとジョグも一緒に食べ放題。飲み放題だ。
「なあ、ラスタか? ザンギを呼んだの」
「違う。俺が声を掛けたのはジョグだけだ……ザンギは……知らん」
「まあ、ジョグが来るって言えばザンギも来るか……しょうがないか」
ラスタは、元々ザンギ達と一緒にパーティーを組んでいたことがあった。覚えているだろうか。俺が冒険者の頃にエルフの集落までの護衛任務を受けたのも、元々ザンギ達と一緒だったラスタがパーティーから抜けて、その穴埋めで俺がパーティーに組み込まれた感じだったのだが。
ラスタは狩人の一家の出のため弓師としての腕前はかなりのものだ。ジョグと幼馴染ということも有り、誘われてザンギのパーティーに参加したものの、ザンギの適当さに危機感を抱きパーティーを抜けたという。
元々ザンギとも数ヶ月一緒にやっていただけで、一時的な関係だったようだし、その後は弓師を求めるパーティーに臨時で雇われたりしながら冒険者を続けていた。
その後サクラ商事の噂を聞いてやって来たというわけだ。
ザンギのパーティーを抜けたと言っても、ザンギのいい加減さに身の危機感を抱いただけでザンギと喧嘩してとかでは無いため、パーティー離脱後もある程度普通の関係では居たようだ。「一緒に仕事はしたくないけど、悪いやつじゃない」そういうラスタ評である。
確かに、悪いやつじゃないんだが……面倒くさいんだよなこいつは。
まあ、元々食堂と宿屋を兼業していた所だから食堂部分はそれなりの広さもある。適当に飲ませておけば良いだろう。貴族とか呼んでなくて良かった……ってモーザは実家で年越ししてるけど、コルムは貴族か。
そのコルムは馴染んてきた他の社員たちと楽しそうに食事を取っていた。
コルムは元々王都の貴族の子供だ。たしか18歳だったか。モーザと同じく黒目黒髪ゆえに貴族として家を継げないし親もあまり外に出さずに扱いに困っている環境だったようだ。それが例の発表で状況が変わったのだが、親としても他の兄弟に跡目を継がせる予定にして居たり、突然状況が変わって、どう自分の子と接していいか分からなくなってしまったらしい。
その相談をピケ伯爵が聞き、サクラ商事で面倒を見てやってくれないかとウチに送ってきた。伯爵としてはサクラ商事で育成をして、育ったら良い手駒として自分の近くに置いておくとか考えていそうで怖い。
今回王都に行くという事で、コルムにもたまには親に会いたいかもと声を掛けてあるのだが、まだ本人は親に会うのを躊躇しているらしく、返事はもらっていない。
「楽しんでるか?」
コルムに話しかけると、嬉しそうに「はい。食べ物も美味しいし最高です」と答える。
「それで……王都行きですが、今回はパスさせてもらってもいいですか?」
「ん? 良いよ。気にするな。まあまた王都に行く機会はあるだろうしな」
「すいません……」
「別に謝るような事じゃないだろ? 今回リル様達と王都に向かうからちょっと帰ってくるのが遅くなるしな。その間こっちで依頼を受けてくれる人員が多いほうがブルーノも喜ぶし」
「はい」
そのブルーノも結局家族を連れて参加をしていた。ブルーノは商業ギルドの人間なだけに事務処理能力にも優れ、今はうちに無くては成らない存在だ。そのうち完全に移籍させたいと思っている。<鑑定>も持っている為に、新入社員の育成に悩んだ時に役にも立ってくれるしな。
その後もパーティーは盛り上がり、俺は代わる代わる出席してくれた社員たちに声を掛けていく。そこら辺は俺も経営者っぽく成ってきたかなと、なんとなく自嘲する。
フルリエも無事に<剛力>のオーブを手に入れてきた為、コルムに覚えさせていた。コルムは嬉しそうにオーブを砕くと、周りからどんどん酒を注がれあっという間に酔いつぶれる。後で部屋まで連れてかないとな。
今回遅れたのは、10日パックでダンジョンの入場券を買ったので勿体ないと最下層まで降りてレベル上げをしていたのもあるようだ。<咆哮>のオーブも1つ出たらしく。<ノイズ>持ちの社員たちで飲み比べで勝ったやつが貰える事となり、場は次第に混沌へと傾いていった。
カラーン カラーン カラーン。
「明けましておめでとう。今年もよろしくね」
「うん。今年もよろしくおねがいします」
年越しを告げる教会の鐘が聞こえてくる頃。俺はみつ子と2人で新年の挨拶をしあう。ザンギやうちの戦闘員たちは殆どが酔いつぶれており、年越しの瞬間は割と穏やかに過ごせる。
こうしてまた新しい年を迎え、また新しい1年が始まる。
※相変わらず年末年始の忙しさで執筆がすすみません(汗
状況変化の説明ばっかで面白くならねえw がんばります!
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