第207話 トゥルの依頼 9 ~山の集落へ~

 その夜は、神樹の枝の効果があったのか特に魔物に襲われることなく過ごせた。簡単に朝食を取り、今度は川に沿って西に進んでいく。


 この先に対岸に渡れる所があるらしい。2本の大木に綱が張ってあるということだが……端の村でも重要な場所らしく定期的に綱を張り替えて居るということで切れる心配などはいらないと聞いていた。


「ここかあ。この木ってもしかして……」

「墨樹だな」

「やっぱり。俺の弓と同じだ」


 川沿いに立つ木を眺めてモーザと話をしてるとショアラが反応する。


「あれ? ショーゴさんも弓使うんですか?」

「ん? ああ。前にエリシアさんにちょっとだけ教わったときがあってね」

「おおお、エリシア姉さんの弓半端なかったっすからね」



 真っ黒な木の幹に太めのロープが2本縛られていて、対岸の同じ様な墨樹の木に結び付けられている。川の幅は割とある、30~40mほどあるだろうか。


 とりあえず危険かもしれないし、俺からかな?


 渡る前に一応ロープの状態を見るが問題は無さそうだ。下側のロープに足を載せて、上のロープを手でつかみそろりと川を渡っていく。川の流れはなかなかに早く、落ちたら……なんて事を想像すると怖い。特に真ん中辺りまで行くと、風で揺れる揺れる。強めの風の時は思わず身を縮めて早く静まるのを祈るばかりだ。


 若干ビビりながらもなんとか渡り切る。次にみつ子が渡ってきた。


「ちょっとビビるね」

「うん。でもロープ2本あると割と安心感はあったね」


 おおう。俺より肝っ玉座ってるかもな。


 それからスティーブが渡り、その次にトゥルに渡らせる。流石にあんな所に最後に1人残すのは怖いからな。トゥルも顔面蒼白になりながらなんとか渡ってきた。


 最後のモーザが渡り切る。問題無さそうだったがやはり全員無事に渡り切るとホッとするな。



 その後再び南下だ。地図だと「巨人の皿」と書かれた場所まで南下してからようやく山の方に向かうようだ。目印として行けば分かるんだろうが、なんだろうな。皿か。



 川を渡ると微妙に魔物の生態も変わるのか、ゲネブ周辺では見慣れぬ魔物が出てくる。何処かに巣穴でもあるのだろうか、キラーアントの集団にも出会う。シザーズアントも同時に出てくるのだが心なしかスス村のダンジョンで見かけた個体より強い気がする。


 トゥルは盾を片手にひたすら俺たちの真ん中でじっとしてもらい、守りに専念してもらう。そして魔物は俺たちで処理をしていく。流石に移動スピードはかなりゆっくりになってしまうが、これだけ敵が出てくるといい感じで経験値を稼げる。いい感じだ。


 やがて草も疎らになってきて見通しが良くなってくる。太陽もだいぶ傾き始めた所で野営の準備を始めた。


「あれ……兄貴ここらへん枯れ木とか無いっすけど焚き火どうします?」

「そうだなあ。あまりそういうの想定してなかったけど。みつ子のファイヤーボールでとりあえず調理は出来そうか。魔物除けの枝はちょっと燃やせないかもな」


 みつ子が起きてる時間はファイヤーボールで神樹の枝をちょこちょこと燃やしたりはできそうだが、寝てるときはしょうがない。魔法があるからと火を付ける魔道具も用意をしていなかったしなあ。


 


「ショーゴ。起きろ」

「ん? 魔物か?」

「ああ、どうやら囲まれてる」

「まじか……」


 深夜、最初の夜番の時にみつ子のファイヤーボールで神樹の枝を燃やしたのだが、モーザたちの番の時にその効果も薄れだしたようだ。月も無いこの世界の夜はかなり暗くなる。ただ確かに俺達の周囲には魔力のモヤが点々とあるのが見えた。少しづつ包囲を狭めているのを見ると知的な魔物であるのかもしれない。


 緊迫した空気の中、指示をする。


「みんなあまり起き上がったりするなよ。まだ気がついてないふりしててな。それと、みっちゃん、モーザ。全員にバフを掛けてくれ」

「うん。わかった」

「了解」


 バフが入るとなんとも言えない万能感が出てくる。モーザの<センス>のせいか暗闇でも視界が良くなってきてる感じもある。弓を用意しながらショアラに声を掛ける。


「エルフは夜目が良いんだっけ? まず弓で近づくの減らしたいな」

「うん。バッチリ見えますよ~。ワーウルフっぽいですねえ」

「ワーウルフ? なるほど。そろそろ向こうもコッチが気がついたの分かってるかな」

「どうでしょう。匂いでコッチを判別してるだけかもしれないけど、まあ届く範囲に来たら撃ち始めますね」

「たのむ。フォルも魔法が届きそうな距離になったら頼む。殺さなくてもダメージ与えるだけでいいから」

「了解っす。あ、それと兄貴。俺もバフっぽいの行けるんスけど、どうします?」

「へ? マジか。木魔法なのか?」

「ですです」


 そう言いながらフォルが次元鞄の中を探って何本か瓶を取り出す。


「えっと、コレは眠くなるやつで……コレはハイになるやつだ……お。コレっす」


 ……なんかヤバいやつとかありそうだな。でもまあ。これだけの敵に囲まれてるんだ。バフならあるだけ有ったほうがいい。


 バフを掛け終わったみつ子が近づいてきて、<ファイヤーウォール>で相手の攻撃方向を減らしてくれると言う。うん。そんな魔法持ってるの知らなかったぜ。死角を火の壁で覆えばここを陣地にして戦えそうだ。


 その横でフォルが瓶から1つの種を取り出し、手で握りしめる。何やら手に魔力が集まりだすと、突然手の中から1本の草がニョキニョキと伸びてくる。


 おおおお。


 草はそのまま伸び続け先に花の蕾のようなものが出来始める。なんかカッコいいじゃねえか。フォル。



「ショーゴさん。そろそろ当たる距離っすよ」

「ショアラちゃん、私がファイヤーボール作り出したら撃ち始めて」

「了解っす」


 ん。そうかみつ子のファイヤーボールなら結構な範囲潰せるな……じゃあショアラと同じ方角を俺も参加して潰したほうがいいか?


 みつ子が手を天にかざし、ファイヤーボールを作ろうとした時。フォルの手のひらから伸びた蕾が花開く。それと同時に花粉のようなものがあたりに広がる。


 ファァァアアアアア………


 ……??? うん。効果は……わからん。


 ……?


「シャア! かかってこいよ!」

「ギッタギタに切り刻んでやるぜ!」

「ヒャッハー! 行くぜ兄弟!」


 はい? おいおいおい。なに叫んでるんだお前ら。突然モーザやスティーブにトゥルまでが熱く闘魂を燃やし始める。起きてるのバレまくりじゃねえか。


「みつ子姉! 撃っちゃっていいっすか? 撃っちゃっていいっすか???」


 ショアラまで目をギラギラさせて勝手に弓を撃ち始める。それを見てみつ子が慌ててファイヤーボールを作り出す。こうなったら仕方ない。俺も黒弓を引き絞り、目についたワーウルフに向けて撃ち始める。


 ワーウルフの方も突然の攻撃に驚いて居るようだが一気にこちらに向かって走ってくる。いきなり予定が狂いまくる。


 ショアラの弓は間違いなく俺より上だ。恐らく風魔法を併用しているのだろうが暗闇の中でも100発100中で敵を射抜いていく。しかも1射毎の間隔も短い。この方角はショアラに任せていいなと、違う方向を探そうとすると、モーザとスティーブとフォルとトゥルの4人が雄叫びを上げながら俺たちの攻撃をしていない方向に向かって突撃を始める。


 陣地もなにもない。めちゃくちゃじゃねえか!


 周りを見るとみつ子もファイヤーウォールをする予定だった陣地が放棄されてるのに唖然としてる。どうやらみつ子は大丈夫らしい。


 <勇者>と<聖者>の<精神異常耐性>か?


「みっちゃん。ショアラを頼む。トゥルまで突っ込んじまった。カバーしてくる」

「わかった。気をつけて」

「フォルは後でぶん殴る」

「私もご一緒しますわ」


 俺は弓を撃ちながらトゥルの駆けていった方に向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る