第2話 第一村人

 異世界で出会った第一村人がまさか同郷の転生者だとは完全に予想外だった。


 俺は今、男が出してくれたお茶らしき物を飲みながらダイニングの椅子に座っていた。なんて言うかドクダミ茶の様な味がする。不味くは無いが癖は強めだ。

 男は何か摘めるものを出してやるといって台所で用意をしていた。


 やがて戻ってきた男は茹でた空豆のようなものが入った皿をテーブルに置きながら話しかけてきた。そう言えば少し小腹が空いている。


 ん? これは……皮を剥くのか? そのまま? ……分からないぞ。


「俺は野口裕也という、20年ほど前にこっちにやってきた」


 出会いのタイミングは意外ではあったが、見知らぬ異世界で同じ転生者、しかもこっちの事情に詳しそうな先輩だ、まだ右も左も解らない段階で会えたのは正直心強い。


 しかし、おっさん。豆に手を出さないので、食べ方が分からない。


「俺は横田省吾です。散歩中にトラックに轢かれてその時にどうやらこっちに転生してきたみたいなんです。さっき道の向こうの丘の上からこっちの方に煙が見えたので、人がいるのかと思ってここまで来たんです」

「転生してきたみたいって、女神に転生についての説明は受けてないのか?」


 やはり女神はいたのか。


「それが、死んでから目を覚ますまでの間が、もやもやして何も思い出せないんですよ」

「覚えてない? 俺は死んだと同時に目の前に女神が立っていたな。はっきりと覚えている」

「うーん。やっぱり思い出せないです」


 裕也の説明によると、この世界で起こった魔法事故が原因で、俺たちの住んでいた世界との間の次元に穴が開いたというのだ。そして、たまたまその時に死んだ裕也の魂が穴からこっちの世界に吸い込まれたということだった。そして、こっちの世界での輪廻の輪に入るには、一度生き返えらし、こちらの世界で人生を全うさせることで魂をなじませるといった話だった。


「召喚とかじゃなくて、事故で異世界と一時的に繋がったって事なんですね。僕の時も同じなんですかね……その流れだとチートで無双とかも厳しいのかなあ……」

「いや、軽いチートは貰えたぞ。まあ元々MMORPGとかでいつも生産職やってたからな、そういう話をしたら、鍛冶チートってやつを貰えた。それにそこら辺の冒険者より強さも十分あるしな」


 ううむ、やはり女神とのやり取りがあったのか無いのか解らないのが痛い。

 あるか解らないチートを手探りで探さなければならないと思うと、少し不安を感じる。


「そういえばステータスってあるんですか? 開けるか試したりはしたんですが……」

「ああ、ステータスか。よくある転生物な感じじゃないからなあ。情報的にはかなりざっくりしたものだが、見るのは解析か鑑定を使う。ややこしいんだが<解析>は魔法で<鑑定>はスキルだ、あとは魔道具ってのもあるけどあれは魔法の類かな」

「んんん? なんか複雑なシステムなんですね」


 なにやらこの世界には魔法とスキルが別個であるらしい。

 魔法だと<解析>。スキルだと<鑑定>でステータスを見ることが出来ると言う。ステータスはレベルとスキルや魔法、それから祝福や加護があるのだという。


 ただ、人間には魔法抵抗が元々備わっているため、自分で自分に向けて<解析>の魔法を使うのに比べ、他人に<解析>の魔法を使う方が情報は減ってしまうのだと。その場合加護や祝福のような神様的な存在から与えられるものはまず見れないらしい。


 基本的に見れるのはレベル、身体能力、スキルの容量、スキルだけらしいが、<魔力視>と<解析>を組み合わせることで魔法的な素養も別個でみれるらしい。



 それでもよければ見ようか? といわれる。


「そうですね、お願いしてもいいですか?」


 そう答えると、裕也はこちらをじっと見る。

 するとゾゾっと何か覗かれるような不安感が生じた……気がする。


 しばらくして紙にさらさらと何かを書いている。


 裕也さんが書いている間に、取り敢えず、机の上の豆に手を伸ばし取ってみる。ふむ……やっぱり皮っぽいのがあるな。


 皮をむいて、口に入れてみる。


 豆の味はほぼ枝豆だった。

 ビールが欲しくなるな。



 やがてステータスが書かれた紙を渡してきた。


 ショーゴ ヨコタ

 LV2

 体 小

 魔 中~大

 器 極大

 スキル 言語理解



「やはり祝福は見れなかった。ちなみの俺は鍛冶神の祝福がある。祝福は数万人に1人くらいの割合で持ってるのはいるらしいが、ほぼ自己申告だからな、どこまでホントかは解らないってのが実情だ。聞いた話だと王家や冒険者ギルドの本部には加護まで確認できる魔道具があるらしいがやはり祝福までは見れないらしい」


 スキルの書いた紙を見たがステータスが良いのか悪いのかいまいち解らない。体の小ってのはなんか残念だ。器がデカイってことは大器の素養がありそうだが、スキルも言語理解が一つあるだけだった。


 身体能力が「体」の部分らしいがレベルが上がるごとに増えていくものだから気にしなくていいと言われる。「魔」は魔力的な物らしいが、コレもレベルに従って上がっては行くが人により上がり方にムラがあるという。「器」はスキルをいくつ覚えられるかの容量で、レベルが上っても殆ど変わることが無いらしい。


「定番の言語理解は助かりますね。話的には祝福の方が加護より上位なんですか?」

「なんでも祝福は神が与えてくれるもので、加護は精霊が与えてくれる物らしい。精霊にも力の差があるのか下位の精霊の加護の方は見えるのもある……ところで敬語は止めてくれ、こっぱずかしいからタメ語で頼む」


 そう言われ、遠慮なく敬語をやめることにする。途中でスライムを倒したらめまいの様なものに襲われた話をした、やはりそれはレベル酔いなんだろうと言われる。レベル2になったのはやっぱその時なのか。


 裕也のレベルはどのくらいなのか聞いてみた。


「俺か? 俺は78だ。体ってのは身体能力的なものだが<解析>でオーラの様に見えるくらいだから感覚で小とか大とかしてる程度だ。レベル分俺のほうがデカイがな、よくあるゲーム的なSTRとかVITやAGIみたいなのがみんな一緒になってる感じで特性までは解らない、過去に居た勇者はレベルも100を超え身体能力は太陽のような明るさだったというが……」

「その勇者すげーな。やっぱり転生者だったりするのかな?」

「ああ……その話もした方がいいな」


 勇者について聞くと、裕也は苦々しく教えてくれた。


 200年ほど前に魔王が人間の国に攻めてきた事があったらしい。その時に黒目黒髪のおそらく異世界人と思われる1人の冒険者が立ち上がり、見事魔王を討伐し、勇者として国中から尊敬を集めたという。


 しかし、その後にそいつがとんでもないことをしでかしたというのだ。


「民衆を煽って、王家を打ち倒そうととか……しかもデモクラシー???」


 なんていうかその勇者、意識高すぎの人だったようだ。


 結局勇者の革命は失敗となり、当時勇者の主導で建造していた巨大な船で仲間たちと共に海の向こうに行ってしまったという。


「もともと黒目黒髪というのは、この世界では能力が低い者として差別的には扱われていたのだけどな。それ以来、この国では更に社会的にも生きにくくなってしまったんだ。俺がこんな辺鄙なところに住んでる理由でもある」

「まじか……いきなりキビシイ設定じゃないか」

「まあだいぶ昔の話だから、民間だと馬鹿にされる程度だと思うが、貴族や公的な機関だとまだまだ根強いと思う。王家に取り立てられて爵位を貰うとかいうのはあまり期待しない方が良いと思う。」

「そうか、いずれにしても暮らしてみないと解らないのな……」


 いやほんと迷惑な話だ。


「ところで、この器が極大ってのは良いんだろ?」

「ああ、覚えられるスキルの容量だから大きければ大きいほど良い。この世界の人間だと平均で5個分くらいな物だ、10個分もあれば優秀な冒険者に成れるって言われるくらいだから十分チートだと思うぞ。俺は戦闘タイプのチートじゃないが器が多い分スキルを大量に取れてある程度の強さを確保できてる。上位のスキルは一つで容量を10個分とか喰ったりするから、祝福を貰える転生者は割と高めに設定してあるんじゃないかなと思ってる。レベルが上がれば容量も上がることがあるというが基本的には元の器がそいつのスキルを覚えられる限界だ」


 なるほど、異世界物の主人公は大抵ずらりとスキルが並んでるもんな。

 スキル数もある意味チートに繋がるわな……


 そうこう話していると、裕也が少し言いにくそうに切り出してきた。


「そういえば、省吾はその、モバイルバッテリーとかは持ってたりするか?」

「ああ、あるよ。ただ俺のスマホはePhoneだから、humanoidのジャックは無いけど」

「それは大丈夫だ、スマホに向こうに残してきた嫁や子供の写真が入ってるから、見れるならまた見たくてな……20年も経つと嫁の顔も記憶がぼやけて来るんだ……」


 異世界で強く生きてきた男が見せる弱さに、少しウルッとしてしまう。

 それはそうだ、俺みたいになんの後腐れもなく死んだ人間のほうが珍しいだろう。


「そっか、家族が居ると余計恋しくなっちまうんだろうな。どうせこの世界じゃ電波も無いし、俺のスマホなんて食べたラーメンの写真ばっかりだ。多分もう使い道はないと思う、バッテリーはやるから思う存分見てくれ」

「ほんとか?すまねえ……甘えさせてもらう」

「20年も前だと、おそらくバッテリーは死んでるだろうから充電はしようとするなよ。勿体ないから、繋げたまま見る感じでやってくれ」

「ああ、ありがとう、同郷の人間とはいえ初対面の奴に涙ぐんでる姿なんてみっともなくて見せられないからな、後でやらせてもらうよ……」


 しんみりした空気が漂う。

 ああ……これからは俺がお前の友達になってやる。


 その時ふと裕也が首を上げた。


「……帰ってきたな。」


 ん?


 しらばらくすると、外でガタガタと音が聞こえ。ドアを開けて10歳くらいの男の子と、女性が入ってきた。


 ……俺はその女性に目が釘付けになる。モデルのようなスラリとした手足に白く透き通るような肌。小ぶりで整った顔、切れ長な目、艷やかに靡く金髪から長い耳が飛び出ている。


 まさに美しすぎるエルフがそこに居た。


「ユーヤ、ただいまっ」

「おかえり、ちょうど今オレの同郷の……


 駄目だ、何やら俺の説明をしているようだが、全く耳に入ってこない。

 やべえ、エルフだ……お人形さんみたいだ……


「省吾、嫁のエリシアと、息子のハヤトだ」


 ちょっと自慢げな顔でこっちを向いた。




「なんか知らないがコンチクショー!!」

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