過去の転生勇者が色々やっちまって、異世界ライフがシビアなんですが。

逆霧@ファンタジア文庫よりデビュー

第一章 転生の省吾

第1話 はじまりはじまり

 夏の真っ盛り。緑一色の草原が風を受け一斉に揺れている。天上の太陽はギラギラとしながらも心地良い暖かさを与えてくれ、頬を薙ぐ風も優しく日差しを和らげてくれる。年々深刻になる昨日までの猛暑が嘘のようだ。子供の頃に遠足で行った高原の草原がこんな感じだっただろうか。青空の中を控えめに漂う雲の間にドラゴンの黒い影が気持ちよさそうに空を舞っているのが見える。


 ドラゴンは良いな自由で……俺もあんなふうに……?


 ?


 ……ドラゴン?


 おや?


 ドラゴン???


 だと?


 思わず起き上がり周りを見渡せば、そこは見知らぬ草原だった。

 仄かに潮の香もする。湿度をまとった重めの空気が海の存在を予感させる。


 ……え?  なに??


 ワタシはダレ? ココはドコ?


 ワタシは……省吾。そう。横田省吾。大丈夫だ。ちゃんと覚えてる。O型水瓶座。バッチシだ。

 ココは……ドコ? わからん。



 えっと。なぜ真昼の様な……?


 夜……だった……よな? 


 ……ウォーキング? ……うん。ウォーキングしてた。

 で、深夜に国道沿いを歩いていて……スマホで小説投稿サイトの作品を読みながら……。

 目の前にヘッドライトが……突然。




 そうか


 思い出してきた。


 轢かれたのか?


 あの時のトラックに?


 やっぱ、ながらウォーキングは駄目だわ。危ないわ。


 ……


 いやいやいや。違うよね。


 死んだんじゃん。俺。多分間違いない。

 ヤバいじゃん。洗濯機回しっぱなしだよ。

 それに来週の歯医者の予約どうしよう。

 あの助手さん絶対俺に気が有ったのに……希望的観測ですが。


 ……うん。逃げているな俺。現実見つめろ。


 それにしても……よりによってトラックかよ。定番すぎるな。


 はあ……俺もとうとう死んだか。死んだなら異世界だな。この状況だし。

 ずっとそう思ってた。

 でも女神とかそういう定番の……逢ってないよな?

 う~ん……もやもやする。逢ったような気もしないでもないが……。

 やっぱり会ってないのか?


 ……て言うか足が痛い。


 まじ痛い。

 痛い痛い熱い痛い。


「いてーよコノヤロー!」


 足元を見ると、プルプルしたゼリー状の物体が足にまとわりついていた。


「うおおおおっ!」


 慌てて立ち上がり足を振るが取れない。痛みがどんどん増している気もする。とっさにショルダーバッグを肩から外してぶつけるように払うとようやく離れた。


 プヨプヨと揺れながら動くそいつは再びこちらに向かって来た。しかしそこまで早さもなく後ろに下がると十分に距離が取れる。ようやく気持ちを落ち着けてそいつを見るが、その特徴的に思い当たるものがある。


「こいつ、もしかしてスライムか?」


 くっそ。何か武器になりそうなもの。


 周りに落ちてる石を拾い、どんどんスライムに投げつけた。

 効いているかわからなかったが、何個目かの石がスライムの中にある黒い点に当たった瞬間に突然、スライムは力を無くしビチャっと形が崩れ地面に吸い込まれていった。


 お……倒せたのか?

 レベルアップした感覚は特にない。


 ……


 ふと思い立ってつぶやいてみた。


「ステータスオープン」


 ……


 はい。何も起こらない。


 ヒリヒリする足を見てみると、ズボンに穴が空いて脛のあたりが爛れていた。

 そこまで傷が深そうでは無かったが酸的な何かで溶かされて、捕食されていたのだろうか。

 靴はベロが少し溶けていたがなんとかなりそう。よかった。定番だと中世のヨーロッパ的な時代だろうから、靴の履き心地はだいぶ悪いと予想できる。

 高ぶってたアドレナリンが落ち着き出すと、だんだん痛みが厳しくなってきた。


 だが俺は次にやることをしっかり理解していた。


「とりあえず、次は村を探せば良いんだろうな」


 と、その前に改めて持ち物を確認するとウォーキングの時の持ち物はそっくりあるようだ。

 某海外ブランドのワンショルダーバッグに財布、モバイルバッテリー、折りたたみ傘、未開封のコーラのペットボトル、のど飴、エコバック、ポケットティッシュ。これは町で配ってるのを漏れなく貰うようにしてるので六個ほど入っていた。あとは、ポケットにスマホと家の鍵。鍵には小さいLEDライトが繋がれている。案の定スマホの電波は圏外だったので、電源を落として鍵とともにバッグに押し込んでおいた。


 微妙だなあ……おい。

 もう少し大きめのリュックでも持ってて使えそうなものがもっと詰め込まれていたら良かったのだが。まあ贅沢は言ってられない。


 服装は速乾性のTシャツにアウトドアブランドのフード付きベスト。靴はビジネスマン向けのウォーキングシューズ。最近始めたウォーキングの為に買ったばかりの物なのでまだまだ履けそうだ。穴の空いたズボンは生地のしっかりとしたクライミングパンツだっただけに残念。


 この服のまま極寒の雪国とか飛ばされなくてよかった……と思おう。



 あたりを見渡すと草原の先にちょっとした丘がある。

 高いとこから周りを見れば街とか見えるんじゃないか?

 ちょっと考えたが結局行く宛が無いのでとりあえず登ってみることにした。


 ふと空を眺めてみたが、先程のドラゴンの影は見当たらない。エサを探していたとなると、遮蔽物のない草原で寝てたのは結構リスキーだったのではと今更ながらビビる。

 丘に向かいながらまたスライムが出て来るかもと、手頃な石を拾い集めてポケットに突っ込んだ。


 登りながら、今後の事などを考えた。

 無一文ではどうしようもない。お金になりそうなものは……折りたたみ傘か。お札も美術品として受け入れてもらえるだろうか。異世界のトイレ事情の定番を考えるとポケットティッシュは取っておきたいな。うん。


 そうこうしていると、足の傷の痛みが気になってきた。正直水か何かで洗いたかったが、あいにく手持ちがない。コーラも考えたが後のベタベタ感を考えると使うのを躊躇してしまう。


 とりあえず少し登った所に大きめの葉っぱの木があったのでむしって唾を付けて足に貼り付けてみた。唾の中に確かige抗体とか言うのが入っていた気がするので消毒代わりになるかなという素人考えだ。葉っぱはラップ療法の感覚だったが思ったより効果がありヒリヒリ感が和らぐ。

 気を良くしてベストのフードに内蔵されていた紐をシュルシュルと抜き、葉っぱを固定してみる。

 うん、いい感じだ。


 それから手頃な枝を折り、細かい枝を手で取り除き武器の代わりにした。子供の頃にやったRPGゲームの初期装備がヒイラギだかの棒だったと思う。だからスライムならイケルと思うんだ。

 折ったところが少し鋭角になり、槍っぽく使えそうだと微笑む。



 丘を登っていくと目の前に一匹のスライムに気がつく。

 木の棒を構えて槍のように突き出す。狙いは核のような黒い点。


 ブシュッ


 木の棒はスライムの表層を突き破ることは出来るが、核はフワフワとして上手くとらえられない。何度か突くがなかなかうまく行かない。掠る程度では壊れないようだ。それなら点より線でとばかりに棒を大きく振りかぶりスライムに叩きつける。ようやく核が割れスライムが形を崩す。


 よし。スライムくらいならなんとかなりそうだ。

 もしレベルアップという概念があるのなら、少しづつ楽になるはずなのだけど。

 よくある流れだとすぐに棒術スキルとかも出てきそうなものだが……


 スライムを倒し、気を良くした俺はテンションを上げて更に丘を登る。


 お、思ったより登りがきつい……

 丘の上にたどり着くころにはだいぶバテ始めてた。息を整えつつ景色を見渡す。



「おお……」



 ちょっとした高さの丘なのだが目の前に広がる景色に息を呑む。



 しばし丘からの絶景に見とれていたが、やがて当初の目的を思い出し周りの景色のチェックを始めた。


 まず遠くの方に海が見える。海の向こうは水平線が見えるだけだった。海まではすっと草原が続き、海沿いは砂浜のようになっている。漁船や海の家などはみえない。ビーチで寝転ぶギャルたちの嬌声も聞こえない。


 丘の反対側の方を見ると、同じようにしばらく草原が続いているのだがよく見ると草の生えていない線のような所が見える、道だろうか。そんな感じがする。特に人の姿は見えないが人の生活の跡を確認できただけでも安心感はある。

 その向こうには広大な樹林帯が広がり、遥か向こうに標高の高そうな山々が連なってる。


「問題はあの道をどっちに行くかなんだよな……ん?」


 森林帯をよく見ると、道の向こう側の樹林帯の中から煙が立ち上っていた。

 しばしの逡巡のあと、煙の元へ行くことにした。



 丘を下っていく途中、草むらの中にプヨプヨと揺れるスライムを見つけ、先手必勝とばかりに棒を振り下ろす。核は壊せなかったがスライムは挙動不審な動きをしているのでパニックになっている様な気がする。2度3度と核を目掛けて棒を叩きつけた。

 やがて核の芯をとらえたのか手ごたえを感じる。

 水風船が割れるように、ゼリー状の体が液体へと変化するのを眺めていると、軽い立ちくらみのような感覚に襲われた。


「おお! もしかして、レベルアップってやつか?」


 体の動きを確かめるように軽くジャンプしたりすると、ごく微妙ではあるのだが確かに体の動きが軽くなった感じがする。


「これは、やって行けそうな気がする!」




 そのまま丘を下って行くと見えていた煙が少しづつ少なくなって来ていた。見失わないように必死に方角を確認しながら道まで降りてきた。やはり人が使う道の様だ。幅3メートルほどでその部分には草も生えず土がむき出しになってる。ある程度踏み固められてはいるが、丘の上から見ても人が歩いている姿は見当たらなかったし、そこまで往来があるような感じはしない。


 そこから林に入る道がないかと道沿いに歩いていくとやがて林に向かう獣道のような跡があったので進んでいくことにした。



 林の中では特にスライムなどに逢うことはなく、30分ほど歩いたところに一軒の丸太小屋が建っていた。今風に言うとログハウスだ。小屋の周りは少し開けており、小さな畑がある。畑は綺麗に畝が作られ、畝ごとに違う作物が植えられているようで、住人の几帳面さが窺われた。その奥には煙突の付いた少し小さめのレンガ造りの建物が見える。


 昔テレビで陶芸家の人間国宝みたいな爺さんがこんな処で仕事をしていたようなのを見た気がする。

 この感じだと山賊のねぐらとかじゃ無さそうだよな……


 小屋は幾分か高床になっており入り口と思われるドアの前に3段ほどの階段が付いている。

 意を決して階段を上ろうとしたとき、おもむろにドアが開き1人の男性が現れた。

 驚いたことにその男性は黒目黒髪、30代半ばの思いっきり日本人顔だったのだ。


「あっ……えっ?」


 突然のタイミングと予想外の相貌の男の出現に声をかけるタイミングを逸していると

 愛想のなさそうな顔が、こちらを見て驚いたように目を見開らく。


「まさかお前、日本人か?」

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