第53話 どん底から這い上がりました
アキトの眼鏡の奥の、紫色の瞳が燃えている。
愛しい気持ちが伝わってくる。
私は腕を伸ばして、力いっぱいアキトを抱きしめ返した。
「私の気持ち、伝わった……?」
「はい」
「よかった……」
嬉しさと安心感が込み上げてくる。
「ねえ、覚えてる? 小さいころ、毎晩私が眠るまで手を握ってくれたよね」
「はい」
アキトが頷くと、体がさらに密着した状態になった。
「私、ずっと眠るのが怖かった。寝るたびに、前世の夢を見てたから」
幸い、ほとんどが怖い夢ではなかった。
けれど、幼児の私の頭に、前世の久高芽衣としての記憶が大量に流れ込み、頭がパンクしそうだった。
幼い私には、その夢の意味も分からなかった。
他人の人生が、その膨大な情報量が、ただただ夢で再生される。
止めることはできない。
眠るのが嫌でたまらなくて、駄々をこねたことも一度や二度ではなかった。
お父様とお母様は手を焼いて、お医者様に私を何度も診せてくれたけど、誰もどうすることもできなかった。
あのままだったら私は心を病んで、自殺していたかもしれなかった。
「この方は私たちには計り知れない、何か大きなものを背負っておられる。そう思いました。前世というお話を聞いて、ようやく理解しました。どれほどお辛い思いだったかと思います。私の身では、到底耐えられなかったでしょう」
「ううん……アキトがいたから乗り越えられたの」
私は緩やかに首を振った。
「眠るのが怖くて、ノイローゼみたいになって、青ざめてガリガリに痩せ細っていた
ときも、アキトはずっと傍にいてくれたよね。ホットミルクを飲ませてくれたり、子守歌を歌ってくれたり、こんなふうに抱きしめてくれたり。私が眠るまで、絶対に先に眠らなかったし、手も離さなかった。あれがなかったら、私、今まで生きてこられなかったと思う。アキトは私を救ってくれたの」
「お嬢様……」
「何もかもなくしちゃったけど、きっと何とかなるわ。だって、私にはアキトがいる
んだもん」
心の中に、温かい色の灯火がともる。
微笑むと、アキトは「はい」と微笑み返してくれた。
「あのときも今も、傍にいてくれて本当にありがとう」
「もちろんです。この命がある限り、ティアメイ様のお傍を離れません。これは専属執事としてではなく、私の意志です」
確固たる口調でアキトは言い切り、私の手の甲に口づけた。
「約束ね」
胸の奥が温かくて、きゅんと甘くて、無限のエネルギーが湧いてくる。
もう何も怖くない。
これからきっと、どんなことでも乗り越えられるだろう。
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