第2話 呪いが使える系聖女。



 勇者。それは伝説の存在。

 魔王と呼ばれる邪悪で強力な魔族を倒して、世界を救ったとされる最強の男。

 勇者クラスは、その伝説の強さに匹敵するのではないか。

 そう謳われる称号である。



 そんな称号を持つユーラシアンのパーティ『勇敢なる剣(つるぎ)』は、危機に陥っていた。


 ーー変だ! 何もかもが変だ!!


 リヴィアをクビにしたその日。

 前もって請け負った討伐依頼を遂行しようと、ゲレヘンラという山を登っていた。

 討伐目的は、火山鰐。

 依頼者は、その火山鰐の革をご所望。高額の報酬が約束されているゴールドランクの依頼。

 ゴールドランクであり、勇者クラスと謳われるほどのパーティ『勇敢なる剣(つるぎ)』には、ゲレヘンラの山に出てくる魔物など敵ではない。

 そう回復役すらもいなくても、簡単に遂行出来る。そう思っていた。

 だが、実際はどうだ。

 空から襲撃してきた三体の飛竜と戦うが、全員が異変を感じ取っていた。

 今までなら飛竜など、蹴散らせていたのだ。

 なのに。


 ーー飛竜の一撃が重い!


 盾役のオイスカーは、踏み留まれずによろけていた。


 ーー身体が重い! 重すぎる!


 ナイフを放つミーナだが、飛竜の風に叩き落される。


 ーー魔法の威力が、弱い!


 後方から魔法攻撃を仕掛けるナナコだが、飛竜に当たっても大してダメージを受けていない。


 ーーいつもなら、一撃で落とせる相手なのに!


 飛竜の翼が巻き起こす強風に、一同はダメージを受けた。


 ーーなにより、痛い! 痛い!!


 ダメージを受けるのは、久しぶりだが、こんなに痛いものだったのか。

 そう疑問に思う余裕はなかった。


 ーーあまりにもおかしい!!


 この飛竜達は特別強いのか?

 いや、そうではない。

 今まで戦ってきた飛竜と同等の強さのはず。

 ならば、何故こんなにも苦戦していているのだ?

 ユーラシアンは、わけがわからなかった。


「ポーションが切れた! 誰か!」


 ユーラシアンの所持していたポーションがなくなり、他の者にもらおうとする。


「無理! こっちも切れてる!」

「こっちも!!」

「ユーラシアン! もう、無理だ!!」


 今まで鉄壁の壁役だったのに、オイスカーが音を上げる。

 そう限界だった。体力を回復させるポーションはもうない。

 このまま戦いを続けても、勝てる見込みもなかった。


「撤退する!!」


 ユーラシアンの決定を聞くなり、一目散に飛竜から逃げる。


 ーーくそ! くそ!!

 なんでこのオレが、あんな飛竜ごときで!!


 ユーラシアンは悔しさで自分の唇を噛んだ。

 飛竜は冒険者が討伐するなら、シルバーランクの依頼に位置づけられる。

 つまり、格下のはずなのだ。


 ーーそれなのに、何故だ! 何故だ!!


 ユーラシアン達は、まだ気付かない。

 クビにした聖女リヴィアの存在価値にーー……。




 ◆◇◆




 嬉しさのあまり大泣きしてしまったことを、恥ずかしく思いつつ、鼻を啜る。


「ごめんなさい……こんな場所で泣いてしまって」

「ああ、いい。フェンリルがいる以上、魔物だって下手に飛び掛かってこないだろう」


 謝ることないと、アルティさんは言ってくれる。

 なんて優しいリーダーなのでしょう。

 臨時で参加しているにもかかわらず、魔物も魔獣もいるような森の中で大泣きした私を叱らないなんて。


 本当、私ってば、情けない……しゅん。


 でも、このフェンリルが一番強いらしいから、安全だったと言えば安全だったのだろう。

 必死に涙を舐めては泣き止ませようとしてくれたフェンリルの頭をなでなでしておく。


「こんなに泣くほどつらい思いをしたのね……全く。パーティ『勇敢なる剣(つるぎ)』に呪いをかけたいくらいだわ……。呪い系の魔法を学んでおくべきだったかしら」


 アイシュさんが、呪い系の魔法を学びたい。

 そう独り言のように言葉を洩らしたのを聞き取った。


「呪い系の魔法なら少々使えますが?」

「えっ!? 聖女であるリヴィア様が、闇系魔法を使えるのですか!?」


 仰天したといった顔をするアイシュさん。

 初めて会った時は、冷静沈着な美人エルフさんだと思ったけれど、表情豊かだ。


「聖女という称号を持っているのに、似合いませんよね。でも、私は大魔法使いであるお父様に、たくさんの魔法を教えてもらいましたので……全部は覚えられませんでしたけれど」


 お父様は「これも出来ないの? んー、初歩的な魔法ってなんだっけー」と困りつつも、なんとか物覚えの悪い私に教えてくれた。

 苦労させてしまったなぁと思いつつ、私は左の掌を出す。


「”ーー闇よ集えーー”」


 スッと回転しながら、漆黒の塊が出来上がる。


「闇系魔法と言えば、これですかね。相手に当てれば、ダメージを与え、視界を奪い、動きも鈍らせる効果があります」


「すげー!」と目を輝かせるバンさん。

「すごいけど、受けたくはないね」と苦笑するキリナさん。


「確かに闇系だけれど……そうではなく」

「え? じゃあ、火傷を付与する火魔法や、凍傷を付与する氷魔法とかですか?」

「呪いってそっち……?」

「ふえ!? 違うんですか!?」


 呪いが付与している系の魔法の話ではなかったの!?

 私ってば勘違いして使えるなんて見栄を張ってしまった!

 恥ずかしい!


「その話はあとにして、ホブゴブリンの討伐した証を回収するぞ」


 アルティさんが、止めた。

 仕事をしてきているのだ。話している場合ではないか。


「あれ? 私がやりますよ!」

「「へっ?」」

「……へっ?」


 いそいそと人差し指を切り落とすバンさん達に慌てていったら、キョトンとされてしまった。


 私、何か変なこと言っただろうか?


 私は常備していたナイフを、コルセットの中から抜いて、首を傾げる。


「私がやるって……一人でやる気?」

「えっ? でも、いつもユーラシアンさんのパーティでは、一番活躍しなかったメンバーが一人でやるものだって……」

「こんな群れも一人で!? 皆でやれば早いじゃん!!」


 バンさんが、とても優しいことを言ってくれた。


「バン……そういう問題ではないわ」


 アイシュさんは、鋭い眼差しで言い放つ。


「そ、そうですよね……」


 やっぱり私が一人でやるべき……。


「そう!! やはり不幸にする呪い系をユーラシアンとかいうパーティ全員にかけるべきなのです!!」

「えっ? 不幸にする呪い系!?」


 なんで?

 そう瞠目している間に、アルティさんが作業を続けた。

 私も作業をする。


「はっきり言うが、リヴィア。アンタ、雑務をいいように押し付けられただけだ」

「そ、そうなんですか?」

「当たり前だろう。パーティ組んでいるんだ、誰が活躍してないからそいつに全部押し付けるなんて……それはただのいじめだ」

「いじめ!?」


 ギョッとする私の肩を、ポンッとバンさんが叩いた。


「どんまい」


 笑顔で慰められる。


 私、いじめられていたの……?


「だいたい、リヴィア様の補助魔法や治癒魔法を受けておいて、活躍していないって……ありえないわ。ユーラシアンとかいうアホの顔を一度見てみたいわ」


 ふんっと鼻を鳴らして、アイシュさんも作業を始めた。

 皆で同じ作業をする、か。


「なんか、仲間って感じでいいですね」


 ホブゴブリンの指を切り落としているのだけれど、ついついほっこりして言ってしまった。


「リーダー!! もうだめ!! この不憫な聖女様、正式にウチの子にしよう!!」


 キリナさんが、私の頭を抱き締める。


 私よりも、ふっくらした豊満な胸が頬に押し付けられている……!


「オレっちからも頼む!! もう泣けてきた!!」


 バンさんも反対側からポンポンと肩を叩いてきた。


「やめろ!! お前達!!」

「「っ!」」


 一喝するように止めるアルティさん。

 流石に、私のせいで、たわむれがすぎたかもしれない。

 謝ろうとしたが。


「オレだって、格好よく引き取ってやりたい……だが!!」

「えっ? 私完全に捨てられた犬みたい……」


 いや実際、パーティをクビにされたから、捨てられた犬状態だけれど……。


「よく考えろ。オレ達はシルバーランクで、リヴィアはゴールドランクの冒険者だ。その上、あの大魔法使いと大聖女の娘……オレ達じゃあ宝の持ち腐れがオチだぞ!」

「様を付けなさい。アルティ」

「話の腰を折るな、アイシュ」


 アルティさんの言葉で、私は胸にしまったゴールドのプレートを思い出す。


 宝の持ち腐れ、なんて……大袈裟だ。


「ゴールドランクでいい人柄ばかりのパーティなら、いくらでもいるだろう。だが、こうして臨時でも仲間になったんだ。オレ達から、ギルドマスターに相談しよう」

「アルティさん……」


 なんて親切な人達なのだろう。

 優しくて、胸の内がポカポカする。


「ところで、リヴィア」

「はい?」

「その、フェンリル……どうする気だ? すっかり懐いているが」


 私達が、回収作業をしている間、周囲を警戒してくれていたフェンリル。

 褒めてと言わんばかりに、尻尾を振って待っている。


「どうって……どうもしませんが」

「くぅん!?」


 フェンリルがショックを受けたような声を上げた。


 え? どうしたらいいの?


「普通なら、ここまで懐かれたのなら、魔法主従契約を結ぶべきでは?」


 アイシュさんの言う魔法契約に、私は困り顔になってしまう。


「私、色んなものと魔法契約してしまったから……お父様にこれ以上はやめなさいって言われているのです」

「えっ! 魔法の主従契約、つまり魔法契約は一生結ばれるもの! それをすでに多数と契約を結んでいるのですか!?」

「ええ、お父様とお母様が叱りつけていた火炎竜に教えてもらってから、色々と」

「え? 何 ? 聞き間違いですよね? 今、火炎竜に教えてもらったと」

「火炎竜に教えてもらいました」

「火炎竜に教えてもらった!!?」


 アイシュさんがとてつもなく大きな声を出すものだから、びっくりした。


「いえ、落ち着くのよ……まさか、そんな……十年前、『妖精の古の森』を焼き尽くそうとした火炎竜とは限らな……」

「あ。その火炎竜ですよ?」

「ぐああっ!」


 アイシュさんは、頭を抱えて声を上げる。


「こんなアイシュ、オレっち初めてみた」

「いや、アタシもだよ……アルティは?」

「完全にキャラ崩壊だなこれ」


 バンさん達が冷静に見ているけれど、アイシュさんはこのままでいいのでしょうか……?


「ごめんなさい、アイシュさん! 妖精の古の森を焼いたことは、本人もとても反省しているんです。大事な森を焼かれて憤るのもわかりますが……どうか恨まないであげてくれませんか?」

「リヴィア様……わたしは憤ってなどいません……驚きのあまり取り乱しました。十年前に『妖精の古の森』を焼き尽くそうとした火炎竜は……火を噴くドラゴンの中でも上位種で、さらに三百年は生きたと言われるほどの巨大さだったと聞いています。一噴きで人を灰にするほどの火炎竜から、本当に教えてもらったのですか?」

「あ、はい。とても大きかったですね。当時は六歳だったので、もうそれはすごく大きく感じて……でも魔法契約を教えてくれて、そのまま私と契約してくれましたよ?」

「ぐああっ!」


 アイシュさんが、また頭を抱えて声を上げた!


「か、火炎竜と!? 魔法契約を!! している!?」

「ああでも。今思えば、お母様とお父様がその火炎竜をどう始末するかを相談していた隙だったので、私と契約して守ってもらいたかっただけでしょう」

「火炎竜と!? 魔法契約を!! している!?」

「あれ、それ二回目……」

「火炎竜と!? 魔法契約を!! している!?」


 三回目……。

 とても取り乱しているアイシュさん。

 やっぱり、大事な森を燃やそうとした火炎竜と魔法契約をしている私が、嫌なのでしょうか……しょぼん。


「十年前の事件に、大聖女もいたのか……そしてリヴィアも」


 アルティさんが顎をさすりながら、少々驚いた風に呟く。


「私が『妖精の古の森』に行きたいと言ったら、お父様が転移魔法で連れていってくれまして。妖精さんと楽しく森を散策していたら、騒ぎになり……あの火炎竜が来たのですよね。お父様が火を瞬時に消して、お母様が拳骨を落として、静かにさせましたけれど」

「そ、そうか……」

「流石大聖女様! 火炎竜を拳骨で!」

「やっぱりすげーんだな!!」


 アルティさんは身を引くが、キリナさんとバンさんは前のめりになる。


「さっきのリヴィアのパンチもすごかったもんな!」

「お母様と比べたら、まだまだですよ。でもありがとうございます」


 バンさんの褒め言葉が嬉しくて口が緩む。


「話を戻すが……本当にこのフェンリルをどうするんだ?」

「あ、そうでした!」


 フェンリルをどうしようって話をしていたのに、すっかり逸れてしまった。

 フェンリルを見てみれば、うるうるした青い瞳で私を見上げている。

 魔法契約をしてほしいみたい。


「ごめんなさい。お父様と約束してしまったから……こうしない? もしも、お父様から許可がもらえた時、会いに来るわ。再びここに私が来た時も気持ちが変わらなければ、その時は魔法契約を結びましょう」

「……くぅん」


 お父様との約束は大事。

 だから、私は許可をもらってから、また会いに来ると告げる。

 幻獣は賢いから、言葉は通じているはず。

 フェンリルの胸元に手を当てて、笑いかける。

 今すぐに魔法契約出来ないことを不安そうに思って鳴くから、頭を撫でてあげた。


「あおぉぉおんっ」


 フェンリルは、森の入り口までついてきたけれど、ちゃんと待つと示すようにお座りをする。

 そして、遠吠えで私達を見送ってくれた。



 

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