ゴブリンダンジョン-3

 3人が辿り着いたのは大きく開けた空間。半球型のドーム状のその空間はやけに明るく、壁や天井には小さな粒がキラキラと光を放っている。

 その空間の最奥ーー突き当たりには大きな岩を削って作られたかのような、人間のものにしては遥かに大きすぎる椅子がそこにはあった。その椅子に、高さ5mばかりの巨大な石像が腰掛けている。


「なんだあれは……?」


 ケモ丸がそう呟くと、「キーキー!」と甲高い声が何処からか聞こえてきた。

 その声に3人は辺りを見渡すと、壁際の暗闇に300を越えるゴブリンが蠢いている。


 そのゴブリンたちは突然、しんと静まると、石像の両側にある大きな穴から、何やら巨大な存在がゾロゾロと出てくる。

 それを見たツキミは、目を見開いてその存在の名を口にする。


「あれは……小鬼の統率者ゴブリン・ロード……!」

「そうかあれが……」


 それはゴブリンに姿形は似ているものの、体躯の大きさが遥かに違う。体長は3m程だろうか。

 石像よりもやや小さいくらいだが、その迫力はゴブリンとは比べ物にならない。

 しかも、それは一体だけでなく、合計六体も穴から出てきた。


「おかしい……」


 それを見て、ツキミは違和感を覚える。


「なにがだ?」

「小鬼の統率者ゴブリン・ロードってさ、ゴブリンの群れにつき一体だけのはずなんだよ。だけどこの群れにいるのは六体……」

「つまり……?」

「つまり……」


 ツキミがこの本来であれば不可解な状況を説明しうるだけの、とある説を言おうとしたその時ーー。


 GIAAAAAAAAAAA!!!!!!!!!!!


 ゴブリン・ロードの一体が咆哮をあげると、六体のゴブリン・ロードは一斉に走り出す。

 3人はそれぞれ戦闘態勢に入ると、ケモ丸はツキミとこびとんに向かって指示をだす。


「こびとん! お前さんは遅れている左右端の2体に集中! ツキミは状況を見て援護を! 残りの4体は儂が抑える!」

「りょーかいっ!」

「仰せのままに!」


 ケモ丸は木刀の柄を強く握りしめると、体勢を低くして、4体のゴブリン・ロードを真っ直ぐと睨む。


「いざ! 勝負!」


 ケモ丸は僅かに濡れた地面を擦るようにして右脚を下げると、地面を強く蹴る。蹴られた地面はボゴッと鈍い音を立てると、そこは僅かに凹んだ。


 こびとんは光と共に現れた弓を構えると、両端の2体に照準を合わせる。


「我が誘うは封縛への祭壇。汝に捧げるは宇宙樹の抱擁なり。【ユグドラシル・カース】」


 弦を離すと光の矢は二手に別れ、それは両端のゴブリン・ロードへと誘われるようにして放たれる。その光の矢は標的にぶつかると、ゴブリン・ロードの胴体を意図も容易く貫いた。

 貫かれたゴブリン・ロードはその場にピタリと止まる。その足元から樹の根が現れ、それは死したゴブリン・ロードを包み込んだ。

 しばらくして樹の根は地面に戻ると、そこにゴブリン・ロードの姿はなかった。


 それを見てツキミは、え、樹の養分になったとかそういうこと? 土に帰った的な? こっわ! なにそれ怖すぎるんですけど!と思う。


「さ、さぁて、それじゃあ俺も頑張りますか!」


 ツキミはそう言って腰の短剣を抜くと、ケモ丸の援護へと走る。

 流石のケモ丸も四体を同時に相手にするのはキツイようで、少し苦戦しているように見えた。


 ケモ丸はゴブリンロード・ロードの太い拳を、木刀で真正面から受け止める。ケモ丸の身体は後ろに押し込まれる。


「くっ……」


 ケモ丸は足に力を入れる。数メートル後ろまで押し込まれると、そこでケモ丸の身体は止まる。


「せぃやぁぁぁぁあああ!!!」


 ケモ丸は雄叫びを上げると、体重差のあるゴブリン・ロードを力技で押し返した。それに驚いたゴブリン・ロードは少し体勢を崩す。

 その隙をケモ丸が見逃す訳もなく、ケモ丸は1度飛び上がって、地面に膝を着くゴブリン・ロードに斬り掛かる。

 そこで、別のゴブリン・ロードが大きな棍棒を振り上げていることにケモ丸は気づいた。


 しま……っ!


 ケモ丸は咄嗟に空中で反転すると、顔の前で腕を交叉させる。ゴブリン・ロードは振り上げた棍棒を勢いより振り下ろした。

 そこへ、力を使って身体強化したツキミが、棍棒を振るうゴブリン・ロードに突進する。


「うぉらぁぁぁぁあ!!!」


 ツキミの猛タックルにゴブリン・ロードは変に体勢を歪めると、5m先まで吹っ飛んだ。

 そのゴブリン・ロードは地面に転がると、そのまま動き出す様子はなく、横腹には短剣が深く突き刺さっている。


「ごめん! 遅くなった!」

「いや、助太刀感謝する!」


 ツキミは短剣を取りに行くことなく、その場に留まると、胸元から御札を数枚取り出す。

 ケモ丸は木刀を構えると、さっき体勢を崩したゴブリン・ロードを見る。そいつは既に起き上がっており、地面に転がっている棍棒を拾うと、強く握りしめる。


「グァァァァアアアア!!!!」


 そのゴブリン・ロードが咆哮をあげると同時に、残りの2体のゴブリン・ロードは大剣を振り上げて走り出す。ツキミは手に持っている2枚の御札を剣を持ったゴブリン・ロードの足元に投げると、そこに五芒星が描かれ、二体の動きを止める。


「ナイスだ! ツキミ!!」


 そう叫ぶのは、遠くで弓を構えていたこびとんだった。

 こびとんは弦を離すと、動くことの出来ないゴブリン・ロード二体に向けて光の矢を放ち。それは二体の脳天を見事に穿いた。頭が消し飛んだ二体のゴブリン・ロードは、剣を持ったまま地面に倒れ伏す。

 残った一体のゴブリン・ロードはそれを見て、走っていた脚を止めると。死という名の恐怖のあまり、逃げ出した。そいつが逃げる先は椅子に座る石像の方。


「待ちやがれ……!」

「待て、ツキミ」


 ツキミは逃げ出したそのゴブリン・ロードを逃がすまいと、走り出そうとするが、それをケモ丸に止められる。


「なんだよ」

「あれを見ろ」

「ん? ……!」


 ツキミはケモ丸が指さした先の光景を見て、驚愕を露にする。


 なんと、石像の腕がゆっくりと上に向かって動いているのだ。その腕の先には、石像の背丈よりも大きい剣が握られている。

 ゴブリン・ロードが石像の目の前まで来ると、天井に掲げられた石像の腕は物凄い勢いで振り下ろされた。

 巨大な剣が地面にぶつかると、耳を劈くような轟音と共に暴風が吹き荒れ、舞い上がった土煙は空間全体を覆った。

 再び、石像は大剣を上に振り上げると、それに巻き上げられるようにして土煙は掻き消える。

 そこに、ゴブリン・ロードの姿は無くなっており、代わりに大きな赤いの水溜まりができていた。

 石像は剣先を地面に突き刺す。硬い地面が鋭利な金属によって裂かれる音が、空間中に木霊する。


「なんだあれは……」

「石像じゃなかったんだね……」


 ケモ丸とこびとんは呆然としながら呟く。

 その目の前で起こった光景に、ツキミは目を点にしながらも口を動かす。


「まさかあれは……」


 ツキミが何かを言いかけたその時。3人の脳内に、非常に聞き覚えのある声が響き渡る。


 "貴様ら聞こえるか"


「「「コバルト……!?」」」


 3人は声を揃えて声の持ち主の名を呼ぶ。


 "喧しい! 同時に喋るでないわ! それより今の音、貴様ら大丈夫か?"


 どうやら、石像が剣を叩きつけた音は洞窟の外まで響いていたようだ。

 ケモ丸は目の前で起こった出来事を説明したーー。


 "ーーなるほど"


 ケモ丸の説明を聞いたコバルトは落ち着いた様子でそう言うと、淡々と話し始める。


 "良いか貴様ら。その石像がこの洞窟の主であり、ゴブリン共の真の統率者だ"


「「……!?」」


 ケモ丸とこびとんは驚いた様子で目を見開くと、ツキミの方を見る。その視線にツキミは真剣な表情で、深い頷きを返答とする。


 "よく聞け、その存在ものの名はーー"


 その時、石像だと思っていた存在はその巨体に相応しい速度で動き出した。

 周りのゴブリンたちはまるで、その存在を崇め奉るかのように地面にひれ伏す。

 その存在は地面に刺した剣を抜くと、石の玉座から立ち上がる。


 "ーー《Goblin・Emperor》。またの名を『小鬼の帝王』。我と同じく、【帝王】の名を持つ存在である"


【帝王】の名を持つ。それがこの世界ではどんな意味を持つのかは分からない。

 だが、前の世界でも【帝王】がつく存在というのは、人類の中でも最も位の高い存在であった。

 この世界の自然界は地球よりも遥かに生き残ることが難しい弱肉強食の世界。そんな世界で【帝王】と呼ばれる程の実力を持つとなると、自然界でもかなり上位の存在であることに違いない。


 "だが案ずるな。奴は帝王と言っても大した実力は持っていない"


「「「……は?」」」


 コバルトの発言に、3人は0.1秒たりともずれることなく同タイミングで声を漏らす。


 "だがまぁ、貴様らにとっては強敵であることに違いない。下手をすれば"死ぬ"かもしれんな"


 そう言っているコバルトの表情が目に浮かぶようだ。

 恐らく、コバルトは楽しんでいるのだろう。それも不敵な笑みを浮かべながら。


 "さぁ、異世界からの来訪者たちよ。この世界が貴様らに送る最初の試練だ。存分に楽しむといい"


 コバルトは最後にそう言い残すと、プツッと何かが切れる音が3人の脳内に響いたのだった。

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