第11話 ガスアニキとインテリジェンスボーイ
打撃の直後、半裸男の体からガスが噴き出す。
「……!」
息を止めながら、大きなバク転で距離を取る。ガスもさることながら、おかしいのは殴られても吹っ飛ばない半裸男の方だ。なんで耐えられんだよ。
遠巻きに見ていたなーちゃんが口を開く。
「あれは毒ガスだね。人体に影響があるタイプのやつ」
「ほう、見ただけで分析が出来るとは……」
目を閉じたまま、半裸男は小さく驚いた。
おじさんが言っていたが、人間が着けているリングには2種類ある。強力な方は身体能力底上げの他に、特殊な力が手に入るらしい。細かいことはなーちゃんに聞かないと分からない。
「殴ったら噴き出してくんの厄介じゃねェ?」
「厄介だね」
「てかアイツは何で攻撃してこねぇんだよォ!」
「分からないよ。多分、平和思想なんじゃない……って、どうしたの?」
「血が……」
殴った拳が血に濡れている。あいつの腹は無傷だから、俺の手から血が出ているのか。でも、痛みは感じない。
「おい! んだこれェ!」
「出血毒だ」
律儀にも半裸男が答えてくれる。
「セッコ! 男なら拳で殺りあえよ!」
「人間は言葉で語り合うのだ。化け物とは違う……」
「うるせぇなァ!」
話している間も、手からは血が滲み続ける。怪人化している状態でも失血死とかはあるんだろうか。あるんだろうな。血があるわけだし。じゃあ、アイツにはあんまり刺激を与えちゃだめだ。でも、ここを通るにはこいつを倒さなきゃいけなくて、こいつを倒すには殴らなきゃいけないわけで。
「どうすりゃいいんだァ!」
「全身プラスチックで覆えばいいのよ」
「あァ?」
突如現れた新しい声。振り向くと、入り口手前に白衣を着た麻里さんが居た。
「なんでアンタがいんだよ」
「朝っぱらからアンタが居ないって
「それにしちゃ早くねェ?」
俺は始発の新幹線で来たんだ。追いつかれるにしても早すぎる。
「ゲートを使って一時的に飛んできたのよ」
「不法侵入だァ!」
「私は許可証持ってますぅ!」
首にかかっているネームプレートっぽいやつを俺の方に差し出す。警備の奴はぶっ飛ばしたから許可証は要らないのにな。
「で、どうすりゃいいんだよ!」
「だから全身をプラスチックで覆いなさいって」
「俺は怪人化しているぜェ! 全身プラスチックだ!」
「違うわよ」
「違わねェ!」
「アンタの細胞を調べてたんだけど、プラスチックになる現象は最大でも7割の細胞にしか起きなかったの。だから、アンタの体は今も人間の肉体が残っているわ」
「1mmしか分からん!」
「はぁ……体の表面を意識して殴りなさい。息を止めるのも忘れないでね」
「イヤッハァァアア!」
「何……その、馬鹿みたいな叫びは」
なにやら腹立つことを言われた気がするが、とりあえず力を込める。表面とも言っていたので、皮膚に力を入れよう。あれ、皮膚ってどうやって力入れるんだ?
俺なりに試行錯誤を繰り返しているうちに、変化が起きる力の入れ方を発見した。体が一回り小さくなったような気がしたのだ。なぜかは分からないけれど、なんかこれでいい気がする。体に透明な膜が出来たような感じだ。
「歯ァ食いしばれやァ!」
「三下のセリフ……」
俺がうだうだしている時も、半裸男はずっと同じところで立ち止まっていた。勝つ気がないのか。それとも、自分の特殊能力に余程の自信があるのか。
息を止めて、ひたすらに殴る。顔、体、顔、体。殴る度にガスが噴き出して、辺りにガスが充満する。幸いなことに、俺の体から血が滲む様子はない。
床が割れそうなほどに揺れている。どのパンチも手ごたえ抜群だが、半裸男は静かに目を閉じて俺の攻撃を受けきっている。今までの敵は一撃で砕いてきたのに、なんでこいつは壊れないんだ。
息を止め続けるのにも、限界があった。
「……ッ!」
体中からまた血が出始める。慣れない箇所に力を込めながら攻撃し続けるのは無理があるようだ。
「うおっ!」
血に濡れた床のせいで踏み込んだ足が滑る。握った拳は足元を撃った。地面に大きな穴が開いて、俺と半裸男の体が宙を浮く――はずだった。
「……あァ?」
不思議な光景が広がっていた。
半裸男の足から、木の根っこのようなものが生えていたのだ。それは地面に張り巡らされており、半裸男は地面から離れることが出来ずにふらついた。
「根っこで地面に衝撃を流してたんだね」
クレータの一番深い窪みに着地したタイミングで、なーちゃんが近づいてくる。つまり、どうすればいいんだろうか。
「根っこから引きはがして殴ればいいと思うよ」
「そうすりゃ殺せるのか」
「うん。でも殺しちゃだめだよ。人殺しになっちゃうから」
「そりゃだめだなァ」
人間を殺すのはだめだ。カルナに会うときに、心まで怪人になったていたら顔向け出来ないからな。
「ま、これでようやく倒せるぜ」
近くに広がる根を掴んで、思いっきり引っ張る。半裸男はすっころんで姿勢を崩した。そのまま、俺の方へとずり落ちてくる。
足元の根を殴って千切ると、半裸男は静かに目を開いた。
「……見事だ」
「……お前もな」
疲労の溜まった肉体に力を込める。体が一回り小さくなったのを確認してから、半裸男の腹に拳を叩き込んだ――。
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