第5話 ヤバドリーマーとニヒリスティックボーイ
目が覚めたのは、室内での出来事だった。殺風景な部屋だ。天井は高く、コンクリートむき出しの壁はあちこちに亀裂が入っている。
俺は拘束器具によって壁に貼り付けられていた。両手を開いて、足は閉じて。そして、一番の問題はカルナが近くにいないということだ。
「目が覚めたようだね」
長身の男性が部屋の中に入って来た。紺のスーツを羽織り、鼻筋の通った顔には気品が溢れていた。
「
鋭い目つきで簡素な自己紹介。だが、インパクトは絶大だ。
独自の技術で作り上げた強化プラスチックを用いた再生医療の最高峰企業――PK2。もちろんメディアの露出も多いのだが、会社の顔とも言える代表取締役の軌魂怜詞は謎に包まれていた。今目の前にいる男が本当に軌魂なのかも分からない。
ただ、そんなことはどうでもよかった。
「……カルナはどこだ」
「君をここに呼んだ理由を話そう」
「どこなんだよ!」
「端的に言うと、私は最強の怪人を造りたいんだ。そして、君にはその資格がある」
「どうだっていいんだよそんなこと!」
口の中に血の味が広がる。叫んだせいで口の中が切れたらしい。
「でもまだ、君は最強の怪人にはなれない。最強の怪人は人間の理性と、強化プラスチックのでたらめな力を併せもつ存在。感情という人間の最も愚かな部分は排除しなくてはならない」
話しても無駄だ。こいつは俺の話を聞く気がない。腕を無理やり動かす。拘束器具が手首に喰い込んで、肩が鈍い音を立てた。――この際、腕が折れても構わない。軌魂を脅して、カルナの居場所を吐かせるためならば。
「ところで、さっきから君が言うカルナというのは、コレのことか?」
軌魂は手の平を下に向けて、自身の胸の高さにもってきた。その手が淡く光ったかと思えば、その光が集まって何らかの形を成す。無から何かが生み出されていく。
やがてそれは、カルナになった。
「その手を離せ!」
何がどうなっているのかなんて、考える余裕は無かった。
「心配するフリも、大変だな」
「……は?」
カルナの頭をわしづかみにしたまま、軌魂はつらつらと話を続ける。
「これと出会って、君はまだ数か月しか経っていないだろう。しかもただの恋人。それなのに、君はこんな状況下でもこれを心配するフリをしなければならない」
「なに……言ってんだよ」
「簡単な事さ。君がこれを心配するのは、君が人でありたいからだ。これは、ただのプラスチックの塊なのにね」
軌魂がカルナを持つ手に力を入れる。軽い破砕音が聞こえる。カルナは目を閉じたまま。
「最強の怪人には、まさしくその感情が要らない。感情を壊せ、人間であることに固執するな」
手刀が一薙ぎ。カルナの頭は、いとも簡単に胴体と分離した。
そこから先に起きたことは、まるで他人事のような感じがした。怒り狂う自分の中に、やけに冷静な自分がいた。
怒り狂った俺は――怒り狂わければならない気がした俺は、痛みも忘れて拘束器具から脱出した。両手首が動かなくなって、足も言うことを聞かない。二の腕と太ももの力で無理やり動いて、軌魂に殴りかかった。その時、俺は足元でプラスチックの砕ける音が聞こえたが、聞こえないふりをした。
軌魂は無様なパンチをゆるりと交わす。そして、いつの間にか持っていた試験管を俺の腹に叩き込んだ。緑色の不気味な液体が入っていたその試験管は、拳ごと体内にめり込んで破裂した。
体中にその液体が巡るのを感じる。暴れまわるような、溶け込むような、不思議な気分だった。そこから先は五感が無くなって、良くわからない。はっきりとしていることは、俺が何かを壊したということ、カルナの声が聞こえてきたこと。そして、またしても楕円のゲートに飲み込まれたという事。
混沌が闊歩する世界。自分の境界線が溶けて、自分以外のものが自分に入り込んでくる世界。
「ねぇ」
「……」
「お願いがあるんだ」
「……」
「私のことを、忘れて欲しい」
「……」
「私の分まで、幸せに生きて欲しい」
「……」
「約束だよ、私の分まで……絶対だよ?」
人間の頭部を模したプラスチックが、自分が分からなくなった奴の唇に、やさしく触れた。
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