51話 ラーメンゾンビ
「ま、魔物を食べることができる特殊体質っ……!?」
ここはダンジョンの遺跡の小部屋。
魔物を使ったラーメンを食べていたら、その場を他の冒険者に目撃されてしまったのである。
しかもその冒険者というのが、以前出会った『異界の勇士』こと武者小路 陽翔と、恐らくルルティナ姫と思われる人物。
あと顔も知らない人が3人。
金髪の少女と緑髪の大人びた女性、青髪の男性。おそらく陽翔と同じ『異界の勇士』なのだろう。
俺達は異世界から召喚された人達によるパーティーと遭遇していた。
……いや、俺も異世界人なんだけどさ。
「そ、そうです。俺達三人魔物を食べられる特殊な体質でして……。だからそこにあるイノシシを食べても大丈夫なのです……」
「いや、噓ですよねっ!? 魔物を食べられる体質とか!? そんなの聞いたことありませんよっ……!?」
「…………」
推定ルルティナ姫に即座に否定される。
確かに無理のある説明だけどさ。
……でも魔物を食べられるのは本当なんだ。
「そ、そんなことよりさ……」
「ん?」
異界の勇士の金髪少女に声を掛けられ、袖をくいっと引かれる。
年は大体16ほど。まだ名前も知らない少女だった。
「そ、そこにあるのって、ラーメンでしょ? あなたが作ったの? ね、ねぇ、ラーメンなんでしょ……?」
「は、はい、ラーメンですが……」
「ごくり……」
金髪少女が大きく喉を鳴らす。
いや、彼女だけじゃない。隣の陽翔もごくりと唾を呑んでいた。
「……ラ、ラーメン」
「ラーメン。……ラーメン!」
「ラーメン! ラーメン! ラーメン!」
「ラーメン食べさせてよっ! そこにあるラーメンあたし達にも食べさせてよっ……!」
「うおっ」
陽翔と金髪少女が俺の腰にしがみ付いてくる。
飢えている。この二人はラーメンに飢えている。
故郷の世界の飯に飢えているゾンビのようだった。
「お、落ち着いて下さい。それよりまず自己紹介をして下さいませんか。俺はあなた達のことほとんど何も知らないのですから……」
「そんなことよりラーメン! 早くラーメン食べさせてよっ……!」
「もう我慢できないっ! 目の前にラーメン出されて俺達もう我慢できないんだっ……!」
「ラーメン! ラーメン! ラーメン! あぁっ! 頭がおかしくなりそうっ……!」
「ラーーーメーン! ラーメンを恵めよぉっ……!」
「なんなんだこいつらっ……!」
地球人二人が騒ぎ立てる。
場は混沌とするのだった。
とりあえずラーメンゾンビ二人を落ち着かせるため、俺は異界の勇士の人たちにラーメンを作り始める。
スープを温め、麺を茹でる。
もちろん骸骨剣士スープではなく、普通の豚骨スープの方を用いる。イノシシの魔物の肉を入れなければ、それで普通のラーメンの出来上がりだ。
彼らに魔物を食べさせることもない。
ただ、異界の勇士の方たちは4人。
そこに推定ルルティナ姫が加わって、全員で5人。
流石にスープも麺もそこまで量は用意していない。
なので小鉢によそって、一口ラーメンの形を取った。
「ラーメン! ラーメン! いただきまーすっ……!」
「あぁっ! ラーメン……!」
ラーメンゾンビ二人が勢いよくラーメンを食べ始める。
「おかわりっ!」
「もうねぇよ」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁぁぁぁぁっ……!」
そして発狂した。
忙しい奴らだ。
「そんなことより自己紹介……」
「あ゛あ゛あ゛あああぁぁぁぁっ、ラーメンんんんんんっ……!」
「ラーメンんんんっ! ん゛ん゛ん゛ラーメンんんんんんっ……!」
「ふむ、私たちのリーダーは今使い物にならないようだな。では僭越ながら、私が代表して挨拶をさせていただこう」
床でのたうち回るラーメンゾンビ二人の代わりに、緑色の髪の女性が俺の前に向き直る。
背が高く、凛とした様子のしっかりとした女性だ。
「私の名前はココロココナココリア。ココと呼んでくれ。……ルルティナ様、我ら『異界の勇士』について、彼らに説明をしても?」
「えぇ、以前にハルト様も説明したと仰ってますし、大丈夫です」
ココロココナココリアさんが水色の髪の少女の方に振り返り、確認を取る。
やはり水色髪の少女はこの国の王女様だったか。
「信じられないかもしれないが、私たちは異世界から召喚された人間なんだ……。といっても、もう既にハルトから話は聞いているようだが」
「そうですね」
「それで、そこの床で転げ回っている黒髪の男性が私たちのリーダー、ムシャノコウジ ハルトだ。紹介は不要かな。同じく床に転げ回っている金髪の女性がエイミー・ベッカーだ。そしてそこの青髪の男性がポヨロ・ジークス……お前は自己紹介自分で出来るか」
「いやっ、このラーメンっていうのめちゃくちゃうめぇっ……! やべぇ! うめぇっ!」
「……まともなのは私とルルティナ様だけか」
「あ、あははは……」
ココさんが大きくため息を吐く。
もう彼女がリーダーを務めればいいと思うのだが。
話を整理すると、前に会った黒髪の男性が陽翔。
ラーメンゾンビの片割れの金髪少女がエイミー。
今新たにラーメンゾンビになりかけている青髪の男性がポヨロ。
で、めちゃくちゃ丁寧に接してくれている緑髪の女性がココロココナココリアさんか。
「で、彼女が私たちの付き人であり仲間、この国の第二王女ルルティナ様だ」
「ご紹介に預かりました。ルルティナと申します。以後宜しくお願い致します」
それで、水色の髪の少女がルルティナ姫と。
「貴女とは以前お会いしましたね、ルルティナ様」
「ん、さすらいの風来坊さん」
「あっ、あの時のことは忘れて頂ければ……」
ルルティナ様が顔を赤くしながら目を逸らす。
俺とフィアが陽翔と会った同日、彼を追いかけていたフード姿の少女とも俺達は会った。それが彼女のようだ。
お姫様だから気軽に名乗りたくなかったという気持ちは理解できなくもないが、その時に自己紹介で自分のことを『さすらいの風来坊』と言っていたのはどうかと思う。
今はフード姿ではなく、立派な衣服に身を包んでいる。
ツーサイドアップの水色の髪がゆらりと揺れていた。
「さすらいの風来坊?」
「気にしないで下さい、ココ様」
「はぁ」
あの日の会話を掘り返されたくないルルティナ様がバッサリと会話を打ち切っていた。
「ていうか、やっぱり零一郎って地球人なんじゃないか! このラーメン! このラーメンが何よりの証拠だろっ……!」
「あんたが陽翔の言ってた『異界の勇士の最後の一人』かもしれない男ね! 零一郎! これだけ完璧なラーメン! あなた地球人でしょっ……!」
「…………」
ラーメンゾンビ二人が復活して俺に詰め寄ってくる。
「レイイチロウ様のことはわたくし達の間でも話題になっておりました。ハルト様が『異界の勇士の最後の一人』を見つけたかもしれないって」
「…………」
ルルティナ様が軽く説明して下さる。
だけど俺は自分が異世界から来たことを明かしたくない。
何故ならば、そうなってしまうと俺もこの『異界の勇士』とやらのパーティーの中に入って、『宝剣祭』に本格参戦しなければならなくなる。
何度も言うが、俺は『宝剣祭』に参加するつもりはないのだ。
やっと生活基盤が整ってきたところ。俺のような平々凡々な人間は細々と静かに暮らしたいものである。
「ち、違います。……ほ、ほら、ラーメン文化はロジュア王国にもあるじゃないですか。別に俺は異世界人じゃありませんって……」
だから俺はさっきクリスから聞いた知識をそのまま流用して言い訳をする。
「え? 本当? あるの? この世界にラーメン?」
「確かにロジュア王国の方にそういった麵料理があると聞いたことがありますね」
「な、なにーーー!?」
陽翔が驚きを露わにする。
それは俺の言い訳に正当性があるかどうかに対してではなく、この世界でもラーメンを食べられる機会がありながら、それを食べ損ねていた自分への不利益に対する驚きだった。
「もうこの際、零一郎が地球人かどうかなんてどうでもいいのよっ……!」
「わっ」
金髪の少女、エイミーさんがバンと机を叩く。
「ラーメン食わせろって言ってるのよ! あんな一口じゃ満足できないのよっ! ラーメン食わせなさいよ、ラーメン!」
「そうだっ! 異界の勇士なんてどうでもいいっ! 今、俺達にとって大切なのはラーメンなんだっ……!」
「ハルトの言う通りだぜっ……! あんな美味いもん、一口だけ食べてお預けなんて酷いったらありゃしねぇっ……!」
「ラーメン! ラーメンっ!」
「ラーメン! ラーメンっ!」
「ラーメン! ラーメンっ!」
「ラーメンゾンビが増えたっ……!」
青髪の男性、ポヨロさんという方もラーメンの魅力に堕とされてしまい、陽翔とエイミーさんに交じって俺に詰め寄ってくる。
俺はまともなルルティナ様とココさんに視線で助けを求めた。
「え、えぇっと……」
ルルティナ様は苦笑いをして困っている。
だが俺の方がもっと困っている。なんとかしてくれ、このゾンビ共を。あなた達の仲間でしょうが。
「ふむ、ではこういうのはどうでしょうか」
「ココ様?」
その時、ココさんが一つの案を出した。
「一週間後に我ら『異界の勇士』のお披露目式典がありますよね。その式典への来賓という名目で彼らを王都に招待しましょう。そうすればゆっくり時間が取れる」
「あ、あー……」
『異界の勇士』のお披露目式典?
なんだろうそれは、と思っていたところでラーメンゾンビ共が暴れ出した。
「こいつを王都に連れ込んでラーメン作らせるのねっ! それでいいじゃない!」
「よしっ! それでいこう! ラーメン! ラーメンっ!」
「ラーメン! ラーメンっ……!」
勢いに押され、反論の余地のないまま話が進む。
こうして俺達三人は王都へと向かうことが決定した。
「いえ、その……わたくしとしては、レイイチロウ様達が魔物を食べていた詳細について伺いたいのですが……」
「なんか話さなきゃいけないことを全てすっ飛ばしている様な……クリス、さっきルルティナ様に先輩って呼ばれてなかったか?」
「というより、僕たち全く自己紹介出来てないんだけど……」
「ラーメン! ラーメンっ……!」
「ラーメン! ラーメンっ……!」
ラーメンゾンビ共の勢いにただただ圧倒されるのであった。
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