43話 秘密結社・天神同盟

「あ、ちょっとお待ちください」

「ん?」


 迷宮ギルドの応接間の中。

 俺たちはグレイスさんの事情聴取を終え、この部屋から退出しようとした時のことだった。


 何かを思い出したかのようにグレイスさんが声を上げ、俺たちを引き留めた。


「バックス様は……彼はあなたたちに対して何かを口走っていませんでしたか?」

「はい?」


 彼の質問に、俺たちは首をひねる。

 奴が何かを口走る?


「どういうことですか?」

「彼が何か、犯罪組織の存在を匂わせるようなことや、闇取引に関することを言っていたら、情報を提供して頂けるとありがたいのですが……」

「闇取引……」


 バックスが何か大きな犯罪に関わっている?

 あの日の夜の会話を思い出してみる。


 そういえば、確か……、


「……私のこと、奴隷にして売り捌いてやるとか言ってた」


 考え込んでいたら、フィアが声を発した。


「そういえばそんなこと言ってたな」

「嫌なこと思い出した」


 フィアの様子が不機嫌な感じになり、いつものジトっとした目が更にジトっとする。


「奴隷売買ですか……。厳密な犯罪ではないですが、不認可だとすると……。どこのルートで売るとか、どこの業者かとかバックスは言っていましたか?」

「うんん、そういうのは言ってなかった」

「そうですか……」


 グレイスさんが顎に手を当てながら考え事をする。

 おいおい、バックスの奴はガチ犯罪者だったのか? 塀の中から出られそうにないな。


「……二本の宝剣」

「クリス?」


 その時、クリスがぼそりと呟いた。


「少しおかしいと思ってたんだ。どうしてバックスは宝剣を二本も所持できていたんだろうって」

「どういうことだ?」


 バックスは二本の宝剣を所有していた。

 一本目は他の宝剣を探し当てる『サーチ』の能力を持った宝剣。もう一本は戦闘向けの『不可視の壁』という宝剣だった。


「バックスは二本の宝剣を持っていた」

「あぁ」

「でも、彼の家柄とか現在の地位とかを考えたら、二本も宝剣を手に入れられる環境にないはずなんだ。そんな権力、彼にはない」

「え……?」


 しかし、クリスはそう証言した。


「いや、絶対ってわけじゃないんだ。ただ偶然たまたま二本目を手に入れたってこともあり得るし、相手の宝剣を鹵獲する場合だって考えられる。だから、そこまでおかしいことじゃない」

「でも、クリスは少し違和感を覚えたんだな?」

「うん」


 こくりと頷いてから、クリスがグレイスさんの方に向き直る。


「……バックスは何かの犯罪組織に関わっていた。そして、その組織のルートから二本目の宝剣を手に入れた。そういうことなんですか?」

「…………」


 彼に問いかけられ、グレイスさんはふぅと大きな息を吐いた。


「……これは我々の業務の範疇から外れたことなので、まだ何とも言えないのですが」

「…………」

「『秘密結社・天神同盟』という犯罪組織はご存知ですか、皆様?」


 『秘密結社・天神同盟』?

 当然俺は知らない。ただ、フィアとクリスの方を見ても、二人とも知っているような感じではなかった。


「そのなんとかって秘密結社にバックスは関わっていたのですか?」

「その可能性が浮かび上がっています」

「それはどういう組織なのですか?」

「……まだ詳細については、誰も」


 グレイスさんが首を小さく横に振る。


「本来『闇人対抗戦線委員会』は宝剣の戦いに関すること以外の治安維持は業務の範囲外なので、犯罪組織とかに関わったりしないのですが……どうも噂されている彼らの目的がきな臭くてですね……」

「彼らの目的……?」

「『宝剣祭』の転覆」


 『宝剣祭』の転覆?

 少し、空気がざわついたような気がした。


「……まぁ、まだ分からないことだらけです。バックスも末端のようで何にも情報が入りませんし。何か『秘密結社・天神同盟』に関する情報を得たら、是非ご一報を」

「…………」

「本日は長い時間ご協力をありがとうございました。どうぞ、帰り道にお気をつけて」


 そう言ってグレイスさんが立ち上がり、品良くお辞儀をする。

 これで、今日の事情聴取は本当に終わりを迎えるのであった。




「さぁ、カマキリの時間だ!」

「うわーん!」

「イヤだー!」


 ここは俺たちの拠点とする遺跡の中。

 長年人の手が入っていなかったボロボロの古城の一部を修復し、人が住めるよう環境を整えた場所である。


 迷宮ギルドでのグレイスさんとの事情聴取を終え、俺達はここに帰ってきた。

 時刻は夕暮れ。晩飯の準備を始める時間だ。


 そんな遺跡の部屋の中で、フィアとクリスの悲鳴が響き渡っていた。


 《ホワイト・コネクト》の能力を使って強くなるためには、魔物を食べる必要がある。

 そして、今日狩ってきたメインの食材はカマキリの魔物。


 今これからカマキリパーティーが行われる予定だった。


「か、考え直さないかい、レイ? 《ホワイト・コネクト》があるからと言って、なんでもかんでも食べる必要は……」

「強くなれる道がある限り、俺はその道を歩む」

「人間性が欠如してるっ……!」


 クリスから酷い言われようを受ける。

 彼の制止を振り切って、俺はカマキリの調理を始めていた。


 といっても、カマキリの調理方法など俺は知らない。そんなものが世に広まっているのかすら、よく分からない。


 なんとなくのイメージだが、昆虫食というのは油で揚げるのが多いような気がする。

 イナゴしかり、コオロギしかり。


「というわけで、カマキリは唐揚げにしようと思う」

「……なにが、というわけなんだよ」


 カマキリの調理法が適当に決まった。

 羽と足をむしり、輪切りにして適度な大きさに整える。普通の大きさのカマキリだったら一匹丸々揚げるのだろうが、このカマキリは魔物であり大きさは約一メートルほど。


 バラバラにするしかない。


 唐揚げを作るのだから唐揚げ粉を用意しないといけない。

 しかしこの街で市販の唐揚げ粉なんて便利なものは売っていなかった。


 だから、唐揚げ粉を手作りする。


 ここは俺の目覚めた遺跡の中であるが、クリスの街と行き来できるようになってから大分環境が整っている。

 ここは厨房。料理に必要な道具は買い揃えたし、ちょっと高価な魔法道具の調理器もアデルさんの家の支援によって購入してしまった。


 ……この遺跡の調査の拠点となる場所だしな。

 ここの環境を整えることは彼らの利益にも繋がるしな。


 別に無茶を言ったわけではないのである。


 それはさておき、手作りの唐揚げ粉についてだ。


 唐揚げ粉と言ったら大体、小麦粉と片栗粉、塩に各種スパイス、そして顆粒コンソメを混ぜ合わせて作るのが一般的だろうか。


 一つ一つ用意していく。


 まず小麦粉と片栗粉。

 小麦粉はお店で普通に売っていた。片栗粉はこちらの世界の独自の品物『薄タルッコ粉』というもので代用できそうだった。


 スパイスは地球で四大スパイスと呼ばれていたものを使う。

 ブラックペッパー、ナツメグ、クローブ、シナモンだ。


 この世界、香辛料がしっかり揃っているから助かる。

 代わりに砂糖がバカ高いのだけどな。


 最後に大変なのが、顆粒コンソメだ。

 これは店に売っていなかった。というより、そもそもコンソメが存在しないらしい。


 別の味付けでアレンジしてみてもいいが……、

 どうせだからコンソメを手作りすることとする。


 そもそもコンソメというのはフランス料理のスープのことで、「完成された」という意味の単語である。

 地球では固形や顆粒タイプのものが出回り、様々な料理の味付けに役立っている。


 作るのはやや手間が掛かる。

 まずブイヨンという出汁を作るところから始まるのだ。


 鶏ガラ、玉ねぎ、にんじん、セロリ、ローリエを水に入れ、弱火で1~2時間ほど煮る。

 鶏や野菜から十分出汁が取れたら、ざるでこす。


「で、こちらが前もって用意しておいたブイヨンです」

「ほうほう」


 フィアとクリスの前に、前もって作っておいたブイヨンを出してみる。

 二人が興味深そうにブイヨンを覗き込む。


 といっても、これはまだまだただの出汁。

 これを使ってコンソメスープを作る。


 まず玉ねぎ、セロリ、にんじんを今度はみじん切りにして、それを鶏むね肉のひき肉と卵白でよく混ぜ合わせる。

 出来上がった肉だねを先ほど作ったブイヨンの中に入れ、また弱火で1~2時間ほど煮込む。


 後はスープをこして、肉だねを取り除いたらコンソメの完成である。


「で、前もって作っておいたコンソメスープがこちらです」

「……そのセリフって、何かで流行ってるの?」


 俺は二人の前に、作り置きのコンソメスープを取り出した。

 こんなこともあろうかと、時間のかかるコンソメを予め作っておいたのだ。


 時刻はもう夕方から夜に移ろうとする頃。

 今からコンソメスープを一から用意するなんて時間は最初からないのだった。


「…………」

「…………」


 目の前の琥珀色のスープを前にして、二人がごくりと唾を呑む。

 コンソメの良い香りがふわりと厨房に広がっていた。


「……ん、ねぇ、ちょっと味見していい?」

「ちょっとだけ、ちょっとだけ……」

「たくさん作っておいたから、どんどん飲んでいいぞ」


 フィアとクリスが小皿に取り分けたコンソメスープをくいと飲み込んだ。


「んんんっ……!」

「うっ、うまいっ……!」


 二人の顔がぱあぁっと輝いた。


「なにこれ! 美味しいっ! すっごく美味しい……!」

「風味! 風味がすごいよ、このスープ!」


 流石は伝統的なフランス料理である。

 地球で世界中の人々を魅了したコンソメスープは、異世界の二人をも虜にした。


「……ねぇ、今日の夕飯はこのコンソメスープでいいんじゃない?」

「この美味しいスープをカマキリ料理に使うの……?」

「さて、カマキリの唐揚げ作っていくぞー」

「あーーーっ!」


 このコンソメはあくまで唐揚げ粉の材料である。

 二人の制止をよそに、今日のメインの調理へと取り掛かっていく。


 このコンソメスープじゃ強くなれないだろうが。

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