42話 六王剣
「『六王剣』、ですか?」
「はい。人類で最も強い六人の宝剣使いであり、対闇人に対する人類の切り札です」
闇人の中で最強の八人を示す集団を『八罪将』という。
それに対応して、人類の中で最強の六人のことを『六王剣』と呼ぶらしい。
グレイスさんの話が始まった。
「宝剣の戦いは勝ち進めば進むほど大きな力を手に入れることが出来ます。そして、力が大きくなればそれに伴い、地位や名誉も付加されていく」
「よく聞く話ですね」
バックスが偉そうに語っていた内容でもある。
「その頂点、その筆頭こそが『六王剣』なのです。宝剣の戦いに勝ち続け、大きな力を手にし、そしてその栄光と責任を負って人の世を導く者たち。人類全体のリーダーと言っても過言じゃない方たちのことです」
「ほー」
すごく大仰な言葉が並んでいた。
でも、全く誇張はされていないのかもしれない。
この世界における宝剣祭の重要性というのは、日々を暮らしているだけでひしひしと伝わってくる。
その頂点に位置する者たちだ。
そりゃ絶大な影響力を持っていておかしくない。
「闇人たちとの戦いにおける最大戦力ということですか」
「その通りです。ただ、まぁ、それぞれに立場があり考えがあるので、足並みが揃うということはそうないのですが」
「あぁ、そうなんですか」
考えてみれば納得だ。
『六王剣』と一括りで語られているが、宝剣祭全体で見た時はお互いがお互い近い実力を持ったライバル同士だ。
闇人に対抗するためには手を取り合う必要がある。人類のリーダー的存在なら、それを率先してやらなければならない。
しかし宝剣祭で優勝したかったら、同じ六王剣のメンバーが一番の障害となる。
自分の宝剣を聖剣に成長させるためには、自分以外の六王剣を打ち倒す必要がでてくるのだろう。多分。
『六王剣』はチームの名前ではなく、ただ世界で最も強い六人というだけの集団なのだ。
「難しい立場っぽいですね、六王剣の方々」
「というより、その中のお一人がクリス様のお父様ですよ? 六王剣が一人、雷命剣・アデル・レイオスフィード様」
「えっ……!?」
グレイスさんがしれっと重大な情報を漏らす。
俺とフィアで驚きの声を上げた。
「ま、まぁ……一応そういうことになっております……」
俺とフィアの視線を浴び、照れくさそうにクリスが答える。
頬をほんのり赤く染めるその表情が可愛らしい。
男なのに……。
「あのおじさん、そんなにすごい人だったの!?」
「……アデル様をあのおじさん呼ばわりする方、初めて見ましたよ」
「はは……」
フィアの率直な感想に、グレイスさんが恐れ多そうにする。
アデルさん。
俺とクリスが初めて会った日に少し話した、この古都都市の領主様だ。
なんとなく強そうな人だなとは感じていたが、まさか世界最高峰の六人の内の一人だとは思わなかった。
「クリスってもしかして……俺たちの思っている何百倍も偉いお嬢様だったりするのか?」
「お嬢様じゃない! 坊ちゃんだ!」
「六王剣アデル様のご子息ですので、やはり知名度は高いですね」
「女装っていう悪評が付いてね! 不当な評価が広まっているんだよ、ほんと!」
彼は悲しそうに叫んでいた。
大変だな、こいつ。
「……ん? ということは」
クリスの姉で冒険者ギルドの受付をやっていたノエルさんも、六王剣のご息女ということになる。
そんな彼女を略奪する形で自分のものにしようとしていたバックスって……、
「なぁ……、バックスってとんでもなく無謀なことに挑戦しようとしていたんじゃ……」
「ただのバカだよ、あの先輩は」
クリスがばっさりと言葉で切り捨てる。
バックス……。全く尊敬できない奴ではあったが、その無謀さはある意味勇者だったのかもしれない。
「そして『十二烈士』と呼ばれる者たちもいます。彼らは『六王剣』に次ぐ実力の持ち主の者たちとされておりますね」
「『十二烈士』……準トップみたいな立ち位置ですか?」
「はい、その通りです。六王剣がリーダーだとしたら、十二烈士は副リーダーみたいなものですね」
「それで、人類の『十二烈士』に対応する闇人の軍団が『暗軍』だよ。闇人の一族の副リーダー的存在」
「なるほど……」
人類側のトップ6人が『六王剣』で、準トップ12人が『十二烈士』。
そして闇人側のトップ8人が『八罪将』で、準トップ幾人かが『暗軍』。
整理してみるとこういう形か。
確か、さっきクリスはグレイスさんのことを十二烈士だと紹介していた。
「グレイスさんも十二烈士なのでしたっけ?」
「はい、僭越ながら」
「そうだよ、グレイスさんすっごい人なんだからね。有名人だよ、有名人」
「ご容赦を、クリス様……」
グレイスさんが少しやり辛そうにしていた。
「まぁ、六王剣の方々と違って十二烈士はそこまで大したものではありません。似たような実力者は世界にごろごろといます。ただ少し名が広まっているだけで、準トップの実力層は広いということですね」
「またまたぁ、ご謙遜を~」
「いえいえ、クリス様。世間の皆様がなんとなくそれっぽい感じで呼んでいるだけです。『六王剣』のように明確な定義があるわけではないので……」
「ん……?」
その時、彼が気になることを言った。
「六王剣に選ばれるのは、明確な定義があるのですか?」
「あぁ、えぇっと……」
『六王剣』はただ強い六人を上から選んだ枠組みではなく、何かの判断基準がある。
何かが出来るから『六王剣』、何かを持っているから『六王剣』という枠組みができた、みたいに聞こえた。
その回答をクリスが口にする。
「レイ、宝剣にはね、二回の覚醒が存在するの」
「二回の覚醒?」
「うん」
クリスがピンと指を立てる。
「覚醒をするごとに宝剣の性能はぐんと上がる。一回目の覚醒を『第一覚醒・破式』って呼んで、二回目の覚醒を『第二覚醒・極式』と呼ぶみたい」
「ふぅむ……」
「それでね、『六王剣』の人たちは人類で唯一『第二覚醒・極式』を解放した人たちなの」
「……たった六人?」
「そう、人類でたった六人。だから『六王剣』は人類の筆頭と呼ばれているんだ」
宝剣の覚醒。
『第一覚醒・破式』と『第二覚醒・極式』。
『第二覚醒・極式』にまで至った人が『六王剣』と呼ばれている。
今日は知らない単語ばっかり出てきた。
「それで、闇人の中で『第二覚醒・極式』を解放した集団が『八罪将』。たった八人。人類側の『六王剣』と対になる存在。レイ、オッケー?」
「なるほど、分かりやすい」
俺はこくんと頷いた。
「凄そうですね、覚醒っていうのも。グレイスさんも宝剣の覚醒を?」
「私は『第一覚醒・破式』までですね。ブレイドスキル『欽閃花』が『沙斬花』にパワーアップしましたよ」
「覚醒ってどうやるのですか? 何か条件が?」
「あー……、それは……明確には分かっておりませんね」
グレイスさんが苦笑しながら言葉を詰まらす。
ここで明確に返事が返ってこないということは、宝剣レベルを上げれば自然と覚醒されるものってわけでもなさそうだ。
「それっぽい指標のようなものは伝わっているのですが……。指標というか、標語というか……」
「標語?」
「すっごく曖昧なんだよ」
グレイスさんが返答に困っていると、クリスが言葉を続ける。
「『第一覚醒・破式』に至るためには宝剣を自分の体の一部と感じるまで修練するべし。『第二覚醒・極式』に至るためには宝剣と心を繋ぐまで修練をするべし」
「え……? 剣と心を繋ぐ?」
剣と……無機物と心を繋ぐ?
意味が分からんぞ?
「あ、いやいや、あくまで比喩表現みたいだよ。剣と心が繋がっていると感じられるほど、剣を振り続けるべし、みたいな? 剣と言葉を交わすかのように、剣に心を預けながら修練を積むべし、みたいな?」
「……曖昧だな。曖昧なのは苦手だ」
「私も困っております……」
グレイスさんが疲れたように項垂れていた。
第二覚醒に至るために苦労なさっているのだろう。
ふと、隣のフィアを見る。
剣と言葉を交わすかのように、ってだけなら、俺はずっとフィアと言葉を交わしている。
「なに?」
「…………」
フィアのきょとんとした顔が返ってくる。
まぁ、そういうことではないのだろう。
剣と心が通じ合うように感じられるほど、剣の達人になるべしってことなのだろう。実際に言葉を交わせと言っているわけじゃない。
フィア以外の宝剣の精霊って見たことないし。
「お父様にも聞いたことあるけど、やっぱり比喩表現だって。別に剣の声が聞こえてきたわけじゃないけど、めっちゃ修練をしてたら第二覚醒になってたって」
「アデルさん、適当だなぁ……」
「なんにしても、まずレイは『第一覚醒・破式』からでしょ。そこに至るまででもめちゃくちゃ大変だって聞くんだからね!」
「剣を自分の体の一部と感じるまで、っていうのも俺からすると曖昧なんだよなぁ……」
もっと具体的で明確な条件なら良かった。
フィーリングとかいうのは苦手なのだ。
「まぁ、以上が闇人と闇人対抗戦線委員会に関する説明といったところですね。人類側の方針としましては、『第二覚醒・極式』に至る人員を増やし『六王剣』の方々をサポートする、といった感じですね。皆様、共に頑張ってまいりましょう」
「はい」
「ん」
「はーい」
何となく返事をしてしまったが、俺はそこまで宝剣祭に関わるつもりはないのである。
そんな極めるほど宝剣を長く持つつもりはないっていうのに。
『六王剣』とか『八罪将』とか『第二覚醒・極式』とか色々な話を聞いたが、俺には関係のないことだな。
「以上で『レイイチロウ対バックス戦』の事情聴取を終了させて頂きます。皆様、ご協力ありがとうございました」
「そうだった、これ事情聴取だった」
「忘れてた……」
俺が色々質問したものだから、話がズレにズレてしまっていた。
「ははは……」
グレイスさんが困ったように笑う。
なんとも締まらない終わり方であった。
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