26話 迷宮ギルドとクリスの姉
「はい到着。ここが迷宮ギルドね」
「おー」
目の前には大きな建物が堂々とそびえ立っている。
俺達はアデルさんの屋敷を辞した後、クリスの案内によってこの迷宮ギルドへと足を運んでいた。
この街は『古都都市』と呼ばれているそうだ。
発見された遺跡を改修して作り上げられた街であるらしく、この迷宮ギルドの建物もかなりの年季を感じさせられる。
古ぼけたレンガが積み重なって出来た建物ではあるが、十分な手入れが為されているのだろう、汚らしい感じはまるでなく、年季を経た故の良さがはっきりと表れていた。
建物全体から時代の風格が滲み出ている。
そしてそれは街全体にも同じことが言えた。
「じゃあ入るよ」
「ん」
この建物に入り慣れているのか、一切の物怖じ無くクリスが入口の扉を開ける。
俺達は迷宮ギルドと呼ばれる施設の中に足を踏み込んだ。
中は広く、清潔であった。
受付に掲示板、広々としたラウンジに、端の方ではカフェまで併設されている。中にいる人達は体の大きいイカつい男が多いのだが、そうとは思えないほどこの建物の中は小綺麗だった。
俺とフィアはきょろきょろと周囲を見渡しているが、クリスは一切迷うことなく受付の方へと足を進めた。
俺達は彼に付いて行く。
「はい、いらっしゃいませ、こちら迷宮……ってあら。クーちゃん」
「こんにちは、ノエル姉様」
「ん?」
受付の女性がクリスに話しかける……が、なんか妙な会話が交わされる。
姉様?
「えっと、レイイチロー、フィア、紹介するよ。この人は僕の姉様で迷宮ギルドの職員、ノエル姉様だよ」
「どうもー。クーちゃんのお姉さんのノエルって言います。よろしくねー」
ノエルという女性がはにかみながら俺達に自己紹介する。
年は恐らく20歳くらい。おっとりとしており、全体的に落ち着いた雰囲気のお姉さんといった感じであった。
俺達も挨拶を返す。
「初めまして。零一郎と申します。どうぞよろしくお願い致します」
「私はフィア。よろしく」
「うんうん、話は聞いてるわよー」
「ん……?」
ノエルさんの返事に、俺達はきょとんとする。
……話は聞いている?
「クーちゃん、今日初日でこの二人に宝剣負けしちゃったんでしょー? すごいわよねー、ほんと」
「ちょ……!? 姉様!? 何で知ってるの……!?」
クリスが顔を真っ赤にして慌て始める。
かわいい。……男なのに。
「家で話を盗み聞きしていたチーちゃんがねぇー、ダッシュで駆け付けてわたしに話を教えてくれたのー。今頃色んな所を駆けまわってるんじゃないかしらー」
「何してくれてんの!? あのアホ……!?」
「チーちゃん?」
「僕の妹っ!」
クリスが頭を抱えながら俺の質問に答えてくれる。
なるほど、つまりあの家にいたクリスの妹が、兄の醜聞を色々な場所に広め歩いているというわけか。
なんだこいつの家族、愉快か。
「僕の名誉が……尊厳が……」
クリスが受付のカウンターに身を預けながらぐったりとしている。
可哀想なやつだ。
「女装して街を歩いている時点で名誉も尊厳もないんじゃないか?」
「僕の女装は生まれつきなのっ……! 別にしたくてやってるわけじゃないのっ!」
クリスがくわっと俺に牙を剥く。
「そんなわけで、レーイチロー君、フィアちゃん。こんな妹だけど、どうか今後とも仲良くしてあげてねー」
「お姉様! 僕は弟ですってば……!」
いちいちクリスが忙しなかった。
「それでー? 今日のご用はなにかなー? レーイチロー君とフィアちゃんの冒険者登録ってとこー?」
「あ、う、うん……そんな感じ……。姉様、お願い」
「はいはいー、任されましたー」
やっと本題に入る。
今日俺達がこの迷宮ギルドに足を運んだ理由。それは冒険者登録をするためだ。
俺が遺跡近くの森で手に入れた様々な素材。モンスターの毛皮や牙、骨などは迷宮ギルドで売るとお金になるらしい。
その為にはここで冒険者登録をする必要があるようで、俺達は外貨を獲得するためにクリスの案内を受けてここに来た。
「はい、じゃあ二人の『シェアリーの窓』を開いてねー」
「んー」
ノエルさんの言う通り俺達はステータスウインドウ……ここで言うところの『シェアリーの窓』を開く。
彼女もまたシェアリーの窓を開く。
俺達とは表示されている内容が違う。恐らく迷宮ギルド用のシェアリーの窓みたいなものがあるのだろう。
「はい、じゃあこっちのシェアリーの窓で必要項目を記入してねー。お姉さんはその間に二人のシェアリーの窓を操作させて貰うからー」
「……俺達、住所とか分からないのですが」
「分かるところだけでいいわよー。住所が無い子もちょくちょくいるからねー」
迷宮ギルド用のシェアリーの窓で冒険者になる為の必要項目を記入するが、俺達に書けることと言ったら名前ぐらいなものだった。
「じゃあ、二人のシェアリーの窓と迷宮ギルドのものを連携するから、オッケーだったら『OK』の項目をタッチしてねー」
「…………」
俺とフィアはそれぞれ自分のウィンドウの『OK』のボタンをタッチする。
……しかし、こうして見ると。
「……シェアリーの窓って、どんな原理で動いてるのですか?」
「んー? シェアリーの窓の原理ー?」
俺の何気ない質問に、ノエルさんが小さく首を捻った。
「人が生まれながらに持つ魔法の一種でしょー? 多分ー?」
「…………」
彼女が曖昧な返事を返してくる。
どうやらこの世界の人達にとって、『シェアリーの窓』というのはあって当たり前のもののようで、そこにあまり疑問を感じないらしい。
しかし、なんだろう……。
この『シェアリーの窓』が、俺の元の世界、地球にあったAR機能の発達版に似ていることがなんだか気掛かりだった。
「はい、おっけー。これで二人の冒険者登録の申請が終了しましたー」
「…………」
しかし、そんな考えはノエルさんのゆるりとした声によってかき消される。
「お疲れ様でしたー。申請が通るまで大体五日ほどありますのでー、それまで迷宮ギルドの機能の利用は制限されますー。そこはご了承くださいませー」
「機能の制限?」
「はいー。クエストの受注とかー、素材の売買などは登録完了まで出来ませんのでご注意くださいー」
なるほど、今は冒険者登録を申請しただけだ。
この申請が迷宮ギルドで許可されるまで、大体五日ほどあるってことか。
それまで金を稼ぐことは出来ないが、俺達にはアデルさんの支援がある。明日食うものには困らない。
やはりあそこで支援を貰っておいて良かったな。
「もちろん魔石をベースポイントに変換する機能も制限されますので、お気を付けくださいませー」
「……魔石をベースポイントに?」
その時、ノエルさんが気になることを言った。
「あれー? ご存じないー?」
「あ、そか、レイイチローは記憶喪失だから、そこも覚えてないのか」
クリスがはっとする。
俺への説明をしてくれた。
「あのね、モンスターに付いてる魔石、あるでしょ? あれを集めてここに持ってくると、ベースポイントと交換してくれるの。冒険者をやる上で大事な機能だから覚えておいて?」
「助かる」
魔石とは、モンスターに付いている宝石のようなものだ。
ヘビとイノシシには額に、スライムは体の中に。俺が出会ったモンスターには必ずこの宝石のようなものが付いていた。
フィアに集めておいてと言われて取り敢えず収集しておいたが、なるほど、この魔石に利用価値があるんだな。
ベースポイントはレベル上げに必要なポイント。とても大事な要素だ。
「色々分からないことが多くご迷惑おかけすると思いますが、どうぞご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します、ノエルさん」
「分かったわー。大丈夫よー。レーイチロー君は礼儀正しいわねぇー」
「かった」
「レイイチローはほんと堅苦しいね」
俺はノエルさんに頭を下げ、よろしくの程を伝える。
彼女はにこやかに返事をしてくれたが、他二人から野次が飛んでくる。
いいだろうが。
初対面の人に丁寧に挨拶するのは普通だろうが。
――そんな風に会話をしている時のことだった。
「よォ! クリスじゃねーかァ! 相変わらず頭のおかしー格好してんなァ……!」
「わっ……!?」
突然、乱暴な声が響き渡った。
一人の男がいきなり現れ、クリスの肩に腕を回す。クリスは驚き、体をびくりと震わせていた。
「なんだァ? 何びくついてんだよ、久しぶりの先輩との再会だぞ、喜べよ?」
「バ……バックス先輩……」
俺達の会話の輪に荒々しく乱入して来た男はクリスに対してガンを飛ばしている。
この男のことをクリスは『バックス先輩』と呼んだ。
男はクリスの肩を抱き、距離は近い。これで親しげな様子ならばなんの問題も無いのだが、明らかにクリスは恐縮している。
嫌な感じの男だった。
「そうだぜェ? お前の尊敬するバックス先輩だァ。学園の先輩ってだけじゃなく、冒険者としても、そして『宝剣の勇者』としても先輩だってことをよく頭に刻み込んで、ちゃんと敬意を示せよなァ?」
「…………」
宝剣の勇者を名乗る男が現れた。
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