19話 スライム食
「え゛……スライム食べるの……?」
「食べられるのなら食べようと思うが……そもそも食べられるのだろうか?」
「えっと、その……、どうだろう……?」
フィアの顔は引き吊っている。
表情筋は凝り固まっており、明らかに困惑をしていた。口に出さずとも、嘘だろ……って感情がありありと表に出てしまっている。
それもそのはず。
俺は「スライムを食べよう」と提案したのである。
彼女の反応を見るに、この世界でもやはり非常識な提案だったようだ。
「いや、分かってる。俺だって自分自身で何をバカなことを、と思ってはいる」
「じゃ、じゃあ……」
「でも今の俺達って、贅沢言ってられる状態じゃないはずなんだ」
モンスターを食べれば強くなれる。
単純明快な《ホワイト・コネクト》の能力である。
スキルの獲得だけでなく、敵の能力値を一部吸収し、自分の能力値が微量上がる。
例え有用なスキルを得られなくてもステータスは少しずつ上がっていくのだ。
なるべくならたくさん食べた方がいいに決まっている。
「今の俺達ははっきり言って弱い。なんか気味が悪いから、って理由で強くなれる手段を避けてはいけないと思うんだ」
「そ、そんなにストイックにならなくても……」
俺がフィアに一歩近づくと、彼女は座りながらも後退りした。
避けられている。
ちょっと傷付く。
「ちなみに、フィアはスライムが食べられるのか知っているか?」
「し、知らない……」
「スライムを食べたことある人っていないのか?」
「いない」
「…………」
断言。
「いないと思う」ではなく「いない」とはっきり明言される。
それほどまでに常識外れなの?
ちょっと怖気付く。
「ま、まぁ、でも……物は試し。ちょっと食べてみるか……」
「なにが君をそこまで駆り立てるの……?」
自分で言って、自分で気付くというのはあるもので、確かに俺は贅沢を言ってられる立場になかった。
今、俺は生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされているのだ。
モンスターの蔓延るこの世界に何も持たずに放り出され、何の知識もないままに行動をしている。
何か小さなきっかけ一つで、無様に死んでしまってもおかしくない状況なのである。
ならば小さなことをウダウダ言っている余裕などなく、強くなれる手段を貪欲に取り入れていかないといけないのである。
そうだ、覚悟を決めろ。
スライムを腹の中に入れるぐらい、なんてことはないっ……!
「……よし、包丁を入れるぞ」
「ほ、ほんとに食べるの……?」
覚悟完了していないフィアを置いてきぼりにして、スライムの調理を始める。
まず手始めに、スライムに宝剣の刃を入れてみた。
「わっ……?」
すると、外皮のような柔らかい何かが切れ、中から液体が漏れ出てきた。
「あれ? スライムって、皮があったのか?」
「んー、えっとね、スライムは生きている時は全体が液体状のまま行動するんだけど、死ぬと外側が硬直して、柔らかい外皮のようなものになるの。で、その外皮を切ると中の液体が零れ出るって感じらしいよ」
「ふむ……」
なるほど、この世界の人達はスライムを食べはしないけど、死んだ後にどうなるかはもう研究されているらしい。
そのまま中の体液を全て外に出し、ぷるぷるとしたスライムの皮だけが残った。
「……それ、どうするの?」
「……とりあえず、輪切りにしてみるか」
木を切っただけの雑なまな板の上で、スライムの皮を切る。
ひとまず、一口サイズの食べ易い形に整えた。
「……さぁ、食べるか」
「もうっ!?」
遂に審判の時が訪れ、フィアがびくりと体を震わす。
もう、と言ってもこれ以上調理しようがない。煮ることも揚げることも出来ない。
焚火の近くで炙るくらいである。
「じゃ、じゃあ食べるか……」
「わ、分かったよ……女は度胸……」
「フィアは見てるだけでもいいんだぞ?」
「ま、まぁ、一蓮托生ってことで……」
フィアも一緒に道連れになってくれるらしい。
彼女はいい女だった。
「じゃあ……」
「せーの……」
スライムの皮を一つまみし、口の中に放った。
慎重に、もぐもぐと食む。
「…………」
「…………」
柔らかい。
噛み易く、すぐに口の中でほろほろと崩れていく。
あっさりと飲み込めてしまった。
「…………」
「…………」
俺達はスライムを腹の中に収めた。
「……なんか」
「大したことないね?」
喉元過ぎればなんとやら。
ビビっていた割には、別になんてことはなかった。
とりあえず、もう一口食べてみる。
「なんていうか、食感はところてんに近いかな?」
「ところてん?」
「そうか、この世界にはところてんが無いのか」
毒とかが無さそうで何よりだが、別に大したリアクションが取れず、ビミョーな空気になりながら俺達はところてん……いや、スライムを食べる。
「味は無いね」
「お酢が欲しいな」
そんなところまでスライムの皮はところてんに似ていた。
「あ、こういうのはどうだ?」
「ん?」
昨日採れた黄色いよく分からんフルーツをすり潰し、ペースト状にする。
それをところてん……いや、スライムの上にかける。
俺達はそれをつまんだ。
「あ、おいしい!」
「これはいいな」
スライムのフルーツソース添え。
単純ではあるものの、独特な食感のスライムにフルーツの味が乗り、純粋に楽しむことが出来た。
「そしてこちらが、焚火のそばで炙っておいたスライムの皮となります」
「準備がいい!」
彼女からお褒めの言葉を預かる。
先程までの抵抗感などまるでなく、俺達は火で炙ったスライムの皮を口にした。
「意外。パリッとしてる」
「水分が抜けるとこうなるのか? 面白いな」
先程までのちゅるっとした食感から一転、パリパリとしたものになっていた。
ところてんを炙ってもこうはならないだろう。
スライムという種族の妙であった。
当然、フルーツソースをかけることも試してみる。
「おいしい」
「普通に美味いな……」
俺達はスライム料理を堪能していた。
『Blade Ability《ホワイト・コネクト》発動
MP 11/13(+1)
Ability《軟体》を獲得しました』
そうこうしている内に、《ホワイト・コネクト》が発動する。
スライムの持っていた能力値の一部とアビリティを手に入れた。
「アビリティの《軟体》ってなんだ?」
早速調べてみる。
『Skill;《軟体》
体の柔軟性が上がる』
柔軟性?
その場で座り、前屈をしてみる。
「どう?」
「……若干、柔らかくなったかも?」
足の裏を手のひらで触れるくらいまで前屈が出来ていた。
でも、胸が太ももにつくほどぺたんと前屈出来たわけではない。
以前の状態を覚えてないから比較はできないが、若干の効果があったとみていいんじゃないだろうか。
「……今回も微妙?」
「いや、これはこれでやや効果ありなんじゃないか? 武闘家には柔軟性が必須だっていうしな。少なくともプラスではある」
「おぉ!」
劇的な効果があるアビリティとは言えないが、プラスであることは間違いない。
「いや、でもすまないが、今はそんなことよりスライム料理に興味があるんだ」
「そんなことって……」
フィアに呆れられる。
でも、俺はスライムに大きな可能性を感じていた。
「さっき、スライムの中の液体は捨てたが……あれも飲めたりするんじゃないか?」
「ん? ま、まぁ……分からないけど……」
「試してみるか」
分からないことはとりあえずやってみる。
俺は残っているもう一匹のスライムを手に取った。
「よ、よし……やってみるぞ……」
「だ、大丈夫? 毒とかはない……?」
「その時はその時だ」
「なにが君をそこまで駆り立てるの……?」
スライムの皮に宝剣の刃を刺し込み、傷を作る。
その傷に口を付け、中から漏れ出てくるスライムの体液を啜った。
「……ど、どう?」
「…………」
フィアが心配そうな目で俺を見ている。
俺はスライムから口を離した。
「……なんていうか、エナジードリンクみたいな味がした」
「えなじーどりんく?」
フィアが首を捻る。
毎度毎度、伝わりにくい例え方をしてしまう。
「毒状態にかかってない? ステータス画面を見てみて?」
「あぁ、そういった確認の仕方ができるのか。便利だな」
スライムの体液が毒かどうかは、自分の体調の様子を見ないと分からないものだと思っていたが、この世界ではそんな分かり易い確認方法があるとは。
楽で良いな。
ステータス画面を確認してみる。
「……毒にはかかってない。……どころか、HP回復してるぞ?」
「ん、ほんと?」
さっきと比べてHPが割かし回復している。
なんでだ。なんでこんな便利な食材を、この世界の人達は誰も利用していないんだ?
なにか理由があるのか?
「とりあえず危険が無いことは確認できたが……フィアも一口飲んでみるか?」
「ん、んー……じゃ、じゃあ、一口だけ……」
なんだかんだ言って、彼女も結構好奇心旺盛だった。
フィアがスライムに口を付ける。
「……んー、分かった。ポーションみたいな味なんだね」
エナジードリンクの例えでは伝わらなかったスライムの味がフィアに伝わった。
「……しまった。間接キスしちゃった」
「む?」
フィアの顔が赤くなる。
しまった、配慮が足りなかったな。もう一か所穴を作ってから渡せば良かった。
まぁ、いいか。
「しかし、危険性はないみたいだな」
「そうだね。終わってみれば、何も問題なかったね」
残っているスライムの体液をごきゅごきゅと飲み干す。
エナジードリンクの類って、最初飲んだときは不味く感じるが、慣れると定期的に恋しくなってくるんだよな。
このスライムの体液とは長い付き合いになりそうだ。
『Blade Ability《ホワイト・コネクト》発動
MP 12/14(+1)
Ability《能力上昇(小)・攻撃力》を獲得しました』
「お! ……ん?」
「ん……?」
アビリティ《ホワイト・コネクト》が発動し、いつも通りステータスとスキルを得る。
しかし、得られたアビリティがいつもと少し違った。
「《能力上昇(小)・攻撃力》……有能アビリティじゃないか」
引き当てたのは《深呼吸》とか《興奮》と違い、戦闘能力に直結しそうなアビリティだった。
「んー、でも(小)だよ? あまり強くないんじゃない?」
「効果が積み重なればどんどん強くなるだろう。フィア、《ホワイト・コネクト》の効果で同一のスキル、アビリティを手に入れた場合どうなる?」
「そのスキルのレベルが上がるよ」
《ホワイト・コネクト》はモンスターを狩れば狩るほど何度も発動条件が整うものだから、今後アビリティ効果の積み重ねが大事になってくるだろう。
つまり俺が《能力上昇(小)・攻撃力》を引き当てる度に、俺の攻撃力はどんどん高まっていくわけである。
「凄いな、《ホワイト・コネクト》アビリティ」
「だから最初からそう言ってるでしょーーーっ!」
「すまないすまない」
フィアが大きな声で怒る。
そうだった。彼女は最初からそう主張していた。
でも今まで微妙なスキルしか得られていなかったのが悪いのだと、俺は責任転嫁する。
しかし、《ホワイト・コネクト》アビリティ……。
分かっていたことだが、これは使えば使うほど大きく自分の能力を高めるアビリティだ。
「そうなってくると、試すしかないな……」
「なにが?」
俺は、とある方向に視線を向ける。
俺達は今日幾体かのモンスターを狩った。
しかしその中で、まだ手を付けていない食材が残っているのだ。
俺の視線の先……、
そこには、アリジゴクの死骸があった。
「……昆虫食だ」
「それだけはヤダあああああああああぁぁぁぁぁぁぁっ……!」
赤く美しく染め上がる夕暮れの空。
その広い空に、今日も今日とてフィアの叫び声が轟いていくのであった。
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