2話 呪いの装備とサバイバル生活
「あぁ、外に出たか……」
歩き続けると、俺は遺跡の外へと出た。
先程の白い部屋の外には、遺跡と思えるボロボロの建造物が広がっていた。その中を当てもなくうろつき、外に通じる道を発見したところだった。
玄関の門を潜り抜け、外の日の光を浴びる。
遺跡の玄関はとても大きく荘厳な雰囲気を発していたが、朽ちて壊れてしまっているため通り抜けるのは容易だった。
深呼吸をし、どことも知れない土地の綺麗な空気を体の中に入れる。
「う゛ぅ゛ー……」
「…………」
この遺跡の外は森の木々と山々によって囲まれており、緑が深かった。
あまり遠くが見渡せないが、近くに人の気配がある感じはしない。
一体ここはどこなのだろうか。
その答えはまだ見当もつかないが、とりあえず周囲に人里はなさそうである。
太陽が高い空で燦々と輝いている。
今の時刻は昼の辺りのようだ。真昼の強い日差しを全身で浴びる。
何か行動を開始するには良い時間だが、あまり油断しているとすぐに時間が経過し、日が沈んでしまいそうだ。
ぐーたらしている暇はない。
森に入って、その中で夜になるような事態は避けなければ。
「う゛ぅ゛ー……う゛ー……」
「…………」
後ろを振り返ると、とてつもなく大きな遺跡が堂々とそびえ立っている。
俺が今の今まで中にいた遺跡であった。
この遺跡は単体の建築物ではなく、いくつもの建造物が連なって出来ている大きな遺跡のようだった。
5階建てか6階建てか、かなり高さのある建物が複数繋がっていて、左右にも奥の方にも続いている。しかも、地下深くに大きな空間が造られていることを既に確認している。
俺が歩いた部分なんてこの遺跡のごく一部のようで、広大な遺跡が森の中で大きな存在感を放っていた。
「う゛ー、う゛ぅ゛ー……」
「…………」
目の前に広がる森。
そびえ立つ大きな遺跡。
ただ今の俺にとって、景色とか遺跡とかよりも、もっと気にしなければいけない問題がすぐ傍にある。
……すぐ傍に引っ付いている。
敢えて無視し続けてきた問題が、俺の腰に纏わりついていた。
「う゛ぅ゛ー……う゛ぅ゛ー……う゛ー……」
「…………」
彼女だ。
フィアと名乗る、正体不明の謎の少女。
不満そうに呻き声を上げながら俺の腰にしがみついている、彼女だった。
「ばかー、ばかー……う゛ぅ゛ー……」
「…………」
彼女はあの白い部屋から俺の腰にしがみついて、ここまで付いてきた。
絶対に離れようとしてくれない。
呪いの装備のように俺にずっとしがみ付いてきた。
「う゛ぅ゛ー、う゛ぅ゛ー……」
「…………」
てきとーに無視し続けていたらいつか諦めてくれるかなと思ったが、そんな気配は全然ない。
涙目でいじらしい姿を見せているが、俺の腰に抱き着く腕には相当の力が入っている。
絶対に離すまいという意思を感じる。
……本当に呪いの装備なのではないだろうか?
「あー、えっと、そのですね……?」
「…………」
今まで頑張って彼女の存在を無視してきたが、彼女の執念深さに降伏する。
観念して、声を掛けてみた。
「えっと、何から話したらいいものか……俺の名前は零一郎と申します。よろしく」
「…………」
簡潔な挨拶をしてみる。
恨みがましいジトっとした目がこちらを向いた。
「ん……私の名前はフィア。よろしく」
「えぇ、よろしくお願い致します。とりあえず、腰から離れて頂けませんか?」
「やだ」
きっぱりとした拒否が返ってくる。
最初のコミュニケーションは微妙な結果に終わった。
「なんで逃げるの」
「なんでって……」
フィアと名乗る少女が俺へと質問をする。
俺の答えは決まっている。
「もちろん、聖剣とか、世界を救うとか、そういうことに巻き込まれるのは御免だからです」
「むー……」
フィアさんが頬をぷっくりと膨らませる。
ご不満のようだ。
「なので、俺を勇者か何かに仕立て上げるのは諦めて貰ってよいですか?」
「やだ」
明確な拒絶の二文字。話が平行線のままである。
「私はここで引く訳にはいかないの」
「…………」
フィアさんにそう言われ、俺は言葉に詰まった。
なんとなく想像は出来る。ここで彼女が聖剣としての使命を果たせない場合、世界に厄災が降りかかってしまう、とかだったら彼女は簡単に諦めるわけにはいかない。
しかし、もしそうだとしても、そんな世界の危機を俺がなんとか出来るとは思えない。
どこにでもいる一般人Aにそんな大役を押し付けないで欲しいものだ。
妙な正義感に駆られて無駄死に、なんてのは御免なのである。
俺は言う。
「……ですが、いきなり聖剣を導けだの、世界を救えだの言われても困ります。誰だって嫌がります、そのようなもの」
「そういうものなの?」
「そういうものです」
「……力が与えられるのに?」
「力が与えられてもです」
「むー……」
彼女は唇を尖らした。
「じゃあとりあえず、私の話ちゃんと聞いてくれる?」
彼女の上目遣いがこちらを向く。
「……その話、長くなりますか?」
「うん。長くなる」
「じゃあちょっと今は勘弁してください」
「なーんーでーっ……!」
「痛い痛い、ちょ、痛い痛い」
拒否したら、フィアさんの腕に込められる力が強くなった。
俺の腰がぎゅっと締め付けられる。
ちなみに、あの白い部屋の台座に突き刺さっていた聖剣らしきものは、今彼女の腰にぶら下がっている。
俺が本当に聖剣から逃げようとしているのだと悟ると、彼女は一旦聖剣の所まで戻って、自分でその剣を引き抜いて、また猛ダッシュで俺のところに戻ってきたのだ。
なんでだ。
なんで君が聖剣を引き抜いて来るのか。
そういうのって、勇者とか選ばれたものしか抜けないものではないのか。
なんか今『貴方は聖剣に選ばれた勇者なんです』とか言われて剣を差し出されても、詐欺にしか感じない。
聖剣の押し売りである。
勇者の称号の強制委託だった。
「俺には今、そんなに時間が無いのです。ここで何かを議論している暇はないのです」
「時間が無い?」
「そうです。日が沈んでしまう前に、俺は今日の飯と水と寝床を確保しなければいけません」
俺は今、サバイバルを強いられている。
この異世界……と思われる場所で、金が無ければ飯も無い。このままでは餓死の危険があるし、脱水症状で死にもする。
つまり何気なく、俺はピンチな状況に立たされていた。
「今の俺に必要なのは世界を救う聖剣ではなく、水と食料なのです」
「…………」
「大切なのは未来の平和ではなく、今日の晩飯なんだっ……!」
「…………」
俺の力説でも、彼女の眉の皺は取れなかった。
「……納得はしたけど」
「分かって頂けましたか?」
そうは言っても、彼女は不満そうだった。
見知らぬ土地に飛ばされ、まずやるべきことは世界を救う術を探すことではない。
サバイバルなのだ。
サバイバルこそ、今最も必要なことなのだ!
「そういうわけで、俺は今から食料と水を求めて森の中に入ってきます。日が沈むまでがリミットなので、今は長い話を聞けません。それでは」
「…………」
軽く会釈して、この場を辞そうとする。
あまり悠長にしている暇はなかった。
……だけど、腰にしがみついた呪いの装備は離れようとしてくれなかった。
「……放して頂けませんか?」
「やだ」
これから森に入ろうというのに、フィアさんが俺の腰から腕を離してくれない。両腕で俺の体をがっしりホールドしている。
話は平行線のまま、前へと進んでいなかった。
「私も引くことはできない。このまま付いて行く」
「…………」
上目遣いで俺を見上げながら、フィアさんがきっぱりとそう言う。
絶対に逃がしはしないという彼女の意志を感じる。
彼女という装備品を外すことが出来ない。
フィアさんはめっちゃ軽い。俺の行動に支障はない。
バッドステータスが付かないことが、普通の呪いの装備と違う点であった。
「…………」
「…………」
それから、無言のまま足を進める。とにもかくにも、森の中へと向かって歩く。
重苦しい無言が俺達の両肩に圧し掛かっていた。
こうして、聖剣――もとい呪いの装備と共に行くサバイバル生活が始まりを告げたのだった。
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