それはさておき、俺は宝剣少女とおいしいものを食べて強くなる

小東のら

第1章 《深呼吸》

1話 運命視達は賽を振る

 目覚めると、そこは暗く重苦しい空気を纏った場所だった。


「ん……んぅ……?」


 暗い。

 目を開いたというのに、上手く辺りが見渡せない。

 太陽の光が入ってきていないのか、辺りは闇に包まれ、陰鬱としている。


「……んあぁ?」


 小さく声を上げながら、冷たい大理石の床から体を起こす。

 少しずつ暗闇に慣れてきた目を擦り、ゆっくりと周囲を見渡した。


「…………」


 そこは古ぼけた石造りの建物だった。

 汚れ、無数の傷が付いた壁が、この建物に年季を感じさせる。

 壁面には所々蔦が生えており、長い年月この場所に人の手が入っていないことが推察できる。


 空間は広く、無数の太い柱がこの大部屋を支えていた。

 その柱には小さな青白い明かりが付いており、その淡い光のおかげでなんとかこの部屋のなかを見渡せている。


 普通の炎のものとは思えない青白い光。

 それは頼りなく、本当に薄くしかこの大部屋を照らさないが、そこに何か幻想的な印象を受けた。


「…………」


 重厚な空気感を纏ったこの大部屋。


 ――神殿。

 なんとなく、そんな印象が俺の中で結びついた。


「……ここは、どこだ?」


 やっと回ってきた寝起きの頭で、そんなことを考える。


 なんで俺はこんな場所で寝ているのか。

 こんな神殿のような物々しい場所に見覚えが無い。


 何故自分がここにいるのか、それが分からなかった。


「……そもそも俺は何をしてたんだっけ?」


 眠る前のことも覚えていない。

 自分がどこで何をしていたのか、よく思い出せない。


 記憶喪失?

 まだ寝起きで上手く頭が回っていないだけなら良いのだが、これから先ずっと今までのことを思い出せないようでは困る。


 もう一度周囲を見渡してみるけれど、どれもこれもが見慣れないもので、何かを思い出す手がかりのようなものは何もなかった。


「…………」


 ここはどこで、俺に何があったのか。

 何も思い出せなかった。




――『……目が覚めましたか、異界の子よ』――


「……ん?」


 突然、頭の中に声が響いてきた。

 凛と鳴る、不思議な声。


「……なんだ?」


 何度周囲を見渡しても、ここにいるのは自分一人である。

 この暗い大部屋に、俺一人しかいない。


 だというのに、声が聞こえてきた。

 しかも、なんだか頭の中で直接響くような、普通ではない不思議な声だった。


――『力を受け取りに、ここまで来て……』――


「…………」


 また声が響く。

 幻聴ではなさそうだ。


 よく見ると、この大部屋の奥に階段があった。

 上へと続く階段のようだ。


 足に力を入れて立ち上がり、この大部屋の真ん中をゆっくりと歩く。


 この建物は一体何なのだろう。

 答えの出ない疑問を頭の中で考えながら、階段まで足を運ぶ。


 暗いこの大部屋よりも階段はさらに暗く、目をじっと凝らしながら前に進む。

 ボロボロに朽ちた階段は歩きにくく、足を踏み外さぬよう一歩一歩丁寧に階段を上っていた。


「…………」


 その階段は長かった。

 もう何段上ったのだろうか、それが分からなくなるくらい、ただひたすら階段を上り続け、息が切れ、足が震え始めた頃、

 ようやく……


 階段の先に、光が見え始めた。


「…………」


 そこは静謐な場所だった。


 真っ白な部屋だ。

 天井にあるクリスタルが白く強い光を発しており、この部屋全体を煌々と照らしている。

 それは不思議な光で、ランプの光とも、電気の光とも違う真っ白な光だった。


 床や壁は継ぎ目のない石材で出来ている。

 その素材もまた純白であり、汚れ一つない清廉とした空間が広がっている。


 ここは真っ白で、美しい場所だった。


 ……なんでだろう。

 この部屋を見て、俺とは対照的だな、って感想が頭の中に過ぎった。


「…………」


 この部屋の奥にある台座に、1本の剣が刺さっている。

 そしてその剣に寄り添うかのように、1人の少女が佇んでいた。


「ようこそいらっしゃいました、異界の子よ……」

「…………」


 少女が声を発する。

 先程頭の中に響いてきた声と同じ声だ。


 髪の色は白。長さは胸上辺りまで伸びているセミロングであり、片側を編み込んでいる。

 真っ白な服を着ており、受ける印象は清廉。


 顔立ちや身なりはこの世のものとは思えないほど整っており、まるで絵画の世界から飛び出してきたかのような印象を受ける。

 天使が実在したらこのような感じなのだろうとすら思えた。


 背はあまり高くなく、少しあどけなさが残っている。


 神秘的。

 その少女を見て、抱く印象がそれだった。


「……私の名はフィア。そこの聖剣の基となる剣に宿る精霊です」

「…………」

「貴方に力を授けましょう。そしてその力を用いて、この剣が聖剣になるために導いて欲しいのです」


 小さな口から美しい声が発せられる。


「…………」


 フィアと名乗る少女の傍にある剣を注視する。


 それは少女のように美しい白い剣だった。

 細やかな装飾が剣身と柄に施されており、壮麗な雰囲気を発している。


 鍔の部分に白く輝く美しい宝石が埋め込まれていた。

 それは小さな宝石であったのだが、どこか吸い込まれそうになるような強い存在感を放っており、その宝石から目を離せなくなる。


 普通の剣とは一味違う神秘的な雰囲気を纏っている。

 俺は小さく息を呑む。


 この聖剣を抜いた者が勇者となる。

 台座に突き刺さった美しい剣を見て、そうであると直感した。


「さぁ、こちらへ……」

「…………」

「この剣を手に取って……」


 少女フィアが俺に手を差し伸べる。


「この剣の力で、世界をお救い下さい……」


 俺は……


 俺は、



 ――俺はそんな少女と剣を無視して、出口の方へと向かい始めた。


「……え?」


 ぽかんとする白い少女を無視して、階段を更に上へと昇る。

 この部屋にはさっき昇って来た下に通じる階段の他に、上へと通じる階段があった。きっと出口へと通じる階段だろう。


 俺は少女と聖剣を見なかったことにして、とりあえず出口っぽい階段を無心で昇った。


「……んっ!? ま、待って!?」


 驚きの表情を顔に張りつけながら、聖剣少女が俺を追いかけてくる。


「ね、ねぇ!? な、なんで……!? そ、そっちは出口! 違う、聖剣はこっちだよ……!?」

「…………」

「待って待って!? ねぇなんで!? どうして聖剣を無視するのっ……!?」


 先程までの神秘的な雰囲気はどこに行ったか、聖剣少女は大慌てで俺を引き留めようとする。

 俺の服を掴み、階段を上らせまいと邪魔をする。


「…………」


 正直に言う。

 俺はこんな面倒臭そうな何かに巻き込まれるのは、ちょっとばかし御免である。


 聖剣とか、勇者とかなんかと関わり合いたくないのである。

 こちとら一般人Aだ。量産型のモブのような存在で、代わりはいくらでも作れるような、そんなちっぽけな人間だ。


 そんな自分が聖剣とか、勇者とか、阿呆かと。


 正義のヒーローなんて御免なのだ。

 義憤とか騎士道精神とか倫理観とか、そういうのは自分以外の誰かがやってくれればありがたい。


「なんでーっ!? なんでーっ……!? おかしい、こんなの絶対おかしいっ……! こんなの絶対間違ってる……!」

「…………」


 そんなことより、まずは飯の確保である。

 俺はここがどこだか分からない。目覚める前の記憶もない。一文無しの素寒貧である。


 まずは飯と水と寝床と安全の確保。

 聖剣とか世界の平和とかなんかより、俺にとってはそれが大事なのである。


 でも金も情報もないからなぁ。

 それだけでも結構大変そうだ。


「聖剣をーっ! 聖剣を手に取ってよーっ……!」

「…………」

「なんでーっ! なんでだよーっ……!」


 涙を含んだ声色が、俺のすぐ後ろで大きく響いている。

 先程までの清廉で美しい声の響きが影を潜め、何の飾り気もない魂の叫び声を発していた。


 ――今、世界は聖剣を巡る大きな戦いが起ころうとしている。

 強い力を持った者達がぶつかり合い、世界の覇権を握る為争おうとしている。


 運命が大きく動き出そうとしているのだ。


「…………」


 ……それはさておき、俺はとりあえず寝床と飯を確保したい。


 すまない。

 俺は今、自分のことで精一杯なのだ。


「な゛ん゛で゛ーっ……! な゛ーん゛ーで゛ーだ゛ーよ゛ーっ……!」

「…………」

「バカア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァァァァァァァァッ……!」


 聖剣少女は俺の腰をぎゅっと掴み、絶対離れようとしない。


 外せない装備品。

 ……もしかしたら、俺が出会ったのは聖剣ではなく、呪いの剣なのかもしれなかった。

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